アジア・マンスリー 2013年8月号
【トピックス】
インドシナ経済とタイプラスワン
2013年08月02日 大泉啓一郎
近年、ASEAN後発国への注目度が高まっている。高成長を持続するなか、周辺国に比べて賃金コストが低いことがその要因であり、タイプラスワンと呼ばれるサプライチェーンが現実化しつつある。
■高い成長率を維持
近年、カンボジア、ラオス、ミャンマー(CLM)は、「東南アジアの最後のニューフロンティア」として注目を集めている。これら3カ国は、ベトナムと合わせて「後発ASEAN」と呼ばれることが多い。これらの国々が1990年代以降にASEANに加盟したことに起因するが、先発ASEAN(シンガポール、ブルネイ、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン)に比べて、所得水準が低いという意味も含んでいる。2011年の一人当たりGDPは先発ASEANの平均が4,446ドルであったのに対して、後発ASEANは923ドルに過ぎない。このような所得格差を考慮して、先発ASEANでは関税自由化が2010年に実現したが、CLMV(CLMとベトナム)については2015年まで先送りすることが認められてきた。しかし、実質GDP成長率の推移をみると、近年は先発ASEANを上回る伸びになっており、今後5年間も同様の動きを持続する見込みである。
このような高成長を実現した原動力は直接投資を含む外国資本である。これまでCLMVのような低所得国の経済が離陸する(高成長を維持する)ためには、国内貯蓄率を引き上げることが前提とされてきた。しかし、21世紀に入って経済のグローバル化がますます進展するなかで、巨額の外国資本が低所得国にも流入するようになり、戦略さえ明確であれば、資金不足は成長抑制の要因にならなくなっている。たとえば、カンボジアの外国直接投資受入額は、2011年に8億4,600万ドルと同国のGDPの6.5%に達する。
■タイプラスワンの実現可能性が広がる
さらに、中国や先発ASEAN諸国の賃金が上昇傾向にあることから、労働集約的な生産拠点の移転先として注目が集まっている。右下図は、JETROの調査によるワーカーの賃金水準の各国比較であるが、中国や先発ASEANに比べ後発ASEANのそれが一段と低いことがわかる。
こうした状況下、アジア開発銀行(ADB)が事務局となって進めてきたGMS(大メコン圏)開発プロジェクトによる輸送インフラ整備が、CLMの安価な労働力とタイにある産業集積地を結び付けることによって、「タイプラスワン」という新しいビジネスモデルを創設する可能性が高まっている。
GMS開発プロジェクトは、1992年にスタートし、2011年9月までに55件、総額140億ドルの案件が実施されてきた。なかでも国境をまたぐ経済回廊(南北経済回廊、東西経済回廊、南部経済回廊)の整備はほぼ完了している。タイで操業する日系自動車部品メーカーや電子部品メーカー、消費財メーカーのなかには、その労働集約的な生産工程をラオス(サバナケット)やカンボジア(コッコン、ポイペト)の国境付近に移転する動きが出てきた。ミャンマーについては、政治民主化や対外開放政策が遅れてきたため、ラオスやカンボジア国境のような動きは、まだみられないが、今後、経済回廊に位置するタイとの国境付近に工業団地が建設されるにつれて、こうした動きはミャンマーでも加速するものと考えられる。カンボジアとラオスは人口規模が小さいため、近い将来、労働力不足や賃金上昇が危惧されるものの、ミャンマーは膨大な若年労働力を有しており、その潜在力は見逃せない。国連の人口統計によれば、2010年時点の15~29歳人口は、タイの1,406万人に対して、カンボジアとラオスは、それぞれ467万人、211万人と少ないものの、ミャンマーは1,443万人とタイに匹敵する。
今後、2015年のASEAN経済共同体の実現とともにCLMの関税が撤廃され、輸出入の手続きが一回で済む「ワン・ストップ・サービス」が実施されれば、物流コストはさらに引き下げられるであろう。このようなタイと近隣諸国を結ぶ輸送経路の整備に、タイ政府も2020年までに2兆バーツ(約7兆円)を超える資金を投入する計画を明らかにしている。
■ダウェー港の開発
さらに、中長期的な観点では、ミャンマーのダウェー港開発の行方もタイプラスワンの競争力に影響を及ぼすものとして注目される。ダウェーでは大規模な工業団地と港湾の建設が計画されている。このダウェーが、バンコクと幹線道路で結ばれれば、現在のマラッカ海峡を迂回する既存ルートを使わずに、インドや中東・アフリカへ直接輸出できることになる。
ダウェーとバンコクを結ぶ道路は、GMSプログラムの「メコン第2南部経済回廊」の延長線上に位置し、ベトナムのホーチミン、カンボジアのプノンペンとも連結することで、新しい経済圏を形成する可能性を有する。安倍首相は5月にミャンマーを訪問し、900億円を超える支援を約束した。その使途は明らかではないが、日系企業が集まるタイの産業集積地の競争力が高まるようなインフラ整備に向けられることを期待したい。