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CSRを巡る動き:非財務情報開示の国際動向

2013年07月01日 ESGリサーチセンター


 企業情報開示に新たな動きが出ています。日本企業はこれまで、財務情報は有価証券報告書、年次報告書、決算短信など、非財務情報は、サステナビリティレポート(CSR報告書)やコーポレートガバナンス報告書など、法令が要求するものから自主的なものまで、様々な媒体を通じて開示を行ってきました。ただし、サステナビリティレポートの大半は、様々なステークホルダーが要求する課題への対応が記述の中心であり、ビジネス戦略との整合が読み取りにくい、企業の将来価値や業績にどのような影響を及ぼすのかが分かりづらいなどの理由から、投資家にはあまり利用されていません。一方、欧州などでは、企業情報開示制度における非財務情報開示の要請や、開示の促進に向けた議論が活発化しています。

 EUでは、第4号会社法指令(※1)によって域内企業による開示の基本的枠組みが規定されています。この指令は2003年に会計法現代化指令(※2)により改正され、非財務情報の開示が規定されました。具体的には、「年次報告書において、会社の成長、業績、状況を理解するのに必要な範囲で、財務および、適切な場合には、環境と従業員に関する情報を含む、非財務の主要業績指標(KPI)を含めなければならない」と規定されています。英国では、2006年会社法(*3)により取締役報告書(director’s report)の作成を義務付けていますが、取締役報告書の記載事項のうち、「事業報告(business review)」において、環境や社会に関する非財務情報の開示を要請しています。さらに2010年から、事業報告の内容を強化した「Strategic Report(*4)」を別途作成する新たな報告枠組みについて検討が開始され、2012年10月には制度化に向けた改正案が公表されました。その中で、企業は、重要なリスクや将来見通しの分析を含め、戦略、ビジネスモデル、環境、社会、コミュニティと人権に関する情報、組織統治に関する重要情報を開示することが求められています。改正案が成立した場合、2013年10月に施行される予定となっており、2013年10月以降に報告年度が終わる企業から適用される見通しです。従来に比べてより将来志向が重視され、長期的な企業業績に影響を与える内容を開示することが求められていると言えます。

 制度的動向に加えて、任意に非財務情報の開示を促す議論も進展しています。その一つとして、企業等による長期的な価値創造についての新たな報告モデルを開発することを目的に設立されたIIRC(International Integrated Reporting Council、国際統合報告評議会)の動きに注目が集まっています。IIRCでは、2013年4月に財務情報と非財務情報を一体化させた統合報告フレームワークの草案を公開しました。意見募集期間を経て、2013年12月に第1版を公表する予定です。草案によると、統合報告の一義的な読み手は、財務資本の提供者のなかでも、特に「長期的な視点を持つ」投資家とされています。長期視点の投資家の一番の関心事は、企業の将来価値と成長性に関するものですから、企業は統合報告の中で、長期にわたる価値創造のストーリーを説明しなければなりません。草案では、企業活動において「財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本」の6つの資本をどのように利用し、相互に影響を及ぼしながら長期にわたる価値を創出していくかを開示すべきとされています。また、企業の将来的な価値は「財務資本の変化に直接的に関連付けられるものだけでなく、より広範な資本、相互関係、活動、原因と影響、関係性に依存するものである」とも書かれています。つまり、財務資本だけでなく、その他も含めた資本の増減が、企業の長期にわたる価値創造能力に影響を与えるという考えが根幹にあると考えられます。

 非財務情報の開示フレームとしては、Global Reporting Initiative(GRI)が開発するサステナビリティレポーティングガイドラインが多くの組織に利用され、実務的な拡がりをみせてきました。GRIは、既存のガイドラインを7年ぶりに全面改定し、新たなガイドライン「G4」を2013年5月に発表したのです。G4における改定ポイントの一つは、「インパクト」の概念が明確に示された点です。組織はサプライチェーンを含め、経営、環境、社会に対して重大なインパクトを与える重要な側面(material aspects)を特定し、その側面に関連したパフォーマンス情報を報告すべきとされています。また、報告内容の確定に関する原則として、持続可能性に関する話題が、長期的な組織の戦略、リスクおよび機会にどのように関係するかという点について、サプライチェーンの範囲を含めて記載することが求められます。GRIガイドラインは、組織が関連する多様なステークホルダーを読み手とし、ステークホルダーに対する説明責任を果たすことを目的としている点で、「長期視点の投資家」を一義的な読み手としている統合報告と異なりますが、「長期視点の投資家」とその他のステークホルダーはいずれも、企業の長期的な価値創造能力に期待している点で共通しています。

 海外での非財務情報開示要請や、IIRC、GRIの動きに共通するのは、企業評価の視点として「長期的な視点」が重視されていることです。リーマンショック等の金融危機の背景には、行き過ぎた短期主義があったとも指摘されています。長期的な視点をもってリスクを回避する、あるいは事業機会を的確に捉えて対応できるか否かが、将来の企業業績を大きく左右します。こうしたリスクや事業機会を見据えた対応は財務情報のみから見るのは難しく、非財務情報からも汲み取っていかなければなりません。企業の長期的な成長性・収益性を見極めるための材料として、非財務情報も包括的に見ようとする傾向は今後さらに強まるでしょう。既に海外の投資家の間では「長期的な企業価値を示す指標」として、非財務情報を捉えることが定着しつつあると言えます。海外市場に上場する日本企業はもちろんですが、海外に子会社を持つ日本企業や外国人持ち株比率の高い日本企業にとっても、無視できない影響が出ることが予想されます。「長期的な企業価値を示す指標」という新たな視点で、非財務情報の開示意義を捉え直すことが必要です。

(※1) European Commission, “Fourth Council Directive 78/660/EEC of 25 July 1978 based on Article 54 (3) (g) of the Treaty on the annual accounts of certain types of companies”, 1978
(※2) European Commission, “Directive 2003/51/EC of the European Parliament and of the Council of 18 June 2003 amending Directives 78/660/EEC, 83/349/EEC, 86/635/EEC and 91/674/EEC on the annual and consolidated accounts of certain types of companies, banks and other financial institutions and insurance undertakings”, 2003
(※3)Companies Act 2006(http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2006/46/contents)
(※4)英国のビジネス・イノベーション・職業技能省が、会社法の改正により新たに報告を義務付けようとしているもので、「事業報告(business review)」の内容を強化した戦略レポートのこと
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