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統合報告と企業価値創造(2)~統合報告の狙いと「長期投資家」の支持の獲得に向けて

2013年06月25日 創発戦略センター ESGリサーチセンター 林寿和


はじめに
 本シリーズは、統合報告の取り組みに向けた検討をこれから始めようとしている、あるいは既に検討を開始した国内上場企業の経営者・担当者に向けて、取り組みの視点を提供することを目的としたシリーズである。第1回目では、2013年4月にIIRC(International Integrated Reporting Council、国際統合報告評議会)から公表されたコンサルテーション・ドラフト(以下、「草案」という)の内容を確認するとともに代替案を提起した。
 第2回目の今回は、統合報告の取り組みに向けた社内での議論の出発点として、統合報告の狙いをどう定めるべきか、統合報告に取り組むことによりどんな効果が期待されるかについて述べる。なお、統合報告のガイドラインは現在も策定の過程にあり、ここで述べる内容が、現在および今後のIIRCの考え方を正確に反映していない可能性があることにはご留意いただきたい。

統合報告の狙いとは
 統合報告の本当の狙いとは一体何なのか。これを正しく理解し、社内の関係者で共有することから、取り組みに向けた議論を開始することが不可欠である。正しい理解無くしては、社内関係者の努力も徒労に終わってしまう可能性がある。統合報告は、その名の通り「財務情報と非財務情報を統合して報告する」ことを意味しているが、これまで毎年発行してきた財務報告(アニュアルレポート)とCSR報告書を“どうやって結合させるか”というところから議論をスタートさせてしまうと、統合報告が本来意図する姿を実現することができない可能性がある。
 もちろん、財務情報と非財務情報が結びつく形で報告書として開示されることが最終的な成果物として期待されており、その名称に偽りはないのだが、あくまで“結果として統合される”と理解した方がよさそうであると筆者は考える。ここで、あえて「CSR報告書(あるいはサステナビリティレポート)」ではなく、「非財務情報」と財務情報の統合という言葉を使っているのは、これまで発行してきたCSR報告書の延長線上にあるもの、という意識で議論をスタートさせてしまうとうまくいかない、という点に真意がある。さらに言えば、非財務情報とは、CSRに関する情報だけでなく、知的財産報告書として開示されることの多い知的資産経営に関する情報も含む、より広い概念であることにも留意が必要である。
 前回の「統合報告と企業価値創造(1)」では、2013年4月にIIRCが公表した草案において、統合報告の目的がどのように記述されているかを述べた。端的に言えば、草案では、統合報告は「長期投資家」のために行う情報開示であるとされている。これは、他の非財務情報の報告に関するガイドラインや指針類には見られなかった統合報告の極めて重要な特徴の一つである。
 「長期投資家」のための情報開示、という議論が注目を集めるに至った背景として、欧州、中でもイギリスを中心として、投資家のショート・ターミズム(Short-termism)が、経済社会の健全な発展を阻害しているという認識が拡大していることが挙げられる(※1)。投資家のショート・ターミズムとは、短期的なリターンの追求のみを至上命題とし、四半期決算において市場の業績予想を上回るか・下回るかといった短期的な動向に過剰に反応する一方で、企業の中長期的なキャッシュフロー生成能力(中長期的な将来にかけて本業によるキャッシュフローを生み出していく力)を過小評価する、あるいはまったく評価しようとはしない姿勢のことを指す。株式市場にショート・ターミズムが蔓延することによって、株式市場が本来持つべき「価値発見機能」が不全に陥っているのではないかという見方が広がっている。ここでいう「価値発見機能」とは、企業本来の価値が株価水準に適切に反映される機能のことである。すなわち、中長期的に成長しようとする企業には投資家の支持が集まり、ファンダメンタルズを適切に反映した株価が形成される一方、そうでない企業は株式市場参加者の評価が得られず、ゆくゆくは退場が促されていくことを意味する。しかし、中長期的な視野を持たない投資家が増加することによって、こうした機能がうまく働かず、株式市場がマネーゲームの場へと変貌し、取引の対象となる上場企業に対しては何ら便益をもたらさないものになっているのではないか、という問題意識が背景にある。
 草案そのものには、ショート・ターミズムという単語は一度も登場しない。しかし、IIRCのCEOを務めるポール・ドラックマン氏も公式の場で幾度となくショート・ターミズムの問題に言及している。ショート・ターミズム是正が統合報告の根底に流れる思想であるということをまず理解することが必要であろう。投資家のショート・ターミズムを促している要因の一つとして四半期報告制度を問題視する声が強まっているように(※2)、企業による情報開示は投資家の行動に影響を及ぼすのである。
 四半期報告制度を巡っては、企業からの四半期毎に開示される財務情報が、逆に投資家の時間軸を短期的なものへと誘導する結果を導いているという主張が行われている。上場企業の中にも、例えばネスレ社のように、四半期報告義務が課される証券取引所への上場をあえて避けていると明言する企業がある。同社はその理由について、「過度に短期的なビジネス思考へと陥る可能性があるから」としている(同社『共通価値の創造報告書2007』による)。こうした主張を逆に見れば、企業側から長期目線での投資判断に必要な情報を積極的に提供していくことによって、「長期投資家」の便益に資するのはもちろんのこと、投資家の時間軸を短期から長期へとシフトさせることにもつながるという発想が成立する。
 このような問題意識が背景にあることを踏まえれば、今までの財務報告とCSR報告書をいかに統合すればよいか、ということが議論の出発点として適切ではないことが見えてくる。それは、CSRに関する情報を網羅的に幅広く開示することを目的とするCSR報告書とは目的が大きく異なるものである(ただし、前回の「統合報告と企業価値創造(1)」で述べたように、投資家以外のマルチステークホルダー向けに透明性を確保することは引き続き重要であり、マルチステークホルダーを読者として想定する従来のCSR報告書の重要性が失われる訳ではない)。
 むしろ、統合報告の趣旨に照らせば、中長期的なビジョンや経営戦略から議論をスタートさせ、中長期的なキャッシュフロー生成能力に関係する情報を分かりやすく簡潔に整理する必要がある。どのようなビジネスを行っているかによって差はあるが、中長期的な視点に立てば、財務情報だけでなく、ヒト、モノ、知的財産や情報などの無形資産、社会との良好な関係構築、あるいは環境面の持続可能性といった非財務情報が、中長期的なキャッシュフロー生成能力に影響することは間違いない。つまり、中長期的なキャッシュフロー生成能力を投資家に説明するためには非財務情報を合わせて開示することが不可欠であり、これが、統合報告は“結果として統合される”ものであると冒頭で表現した理由である。

「長期投資家」の支持を得ることにより期待される効果とは
 前節で統合報告には、ショート・ターミズムの是正と長期投資の促進という狙いが込められていることを述べた。従来のCSR報告書と財務報告を単に“統合する”ことが目的ではないことも確認した。むしろ、統合報告は、経営戦略とも密接に関係する情報開示となることから、社内でも相応のレベルでの議論と意思決定が必要になることは間違いなく、その作成には相応の手間とコストがかかることもまた事実であろう。
 そこまでして統合報告に取り組む意義があるのか、と疑問に思う読者もいるかもしれない。しかし、統合報告がターゲットとする「長期投資家」を惹きつけることによって、企業側にもいくつかのメリットが生まれると考えられる。
 その一つは、「長期投資家」が安定株主になることによって、長期目線での経営のかじ取りがやりやすくなるという効果が挙げられる。企業競争力の源泉はいったい何なのか、については様々な議論があるが、企業が持つ人材や技術といった経営資源が重要な要素であるということは多くの企業経営者の納得するところだろう(※3)。そしてこういった経営資源は、社内での蓄積するために先行投資が不可欠であるが、短期志向な株主からのプレッシャーの下では、企業経営者がこうした投資への支出を削減してしまう傾向が指摘されている。こうした短期的なプレッシャーが緩和されるというメリットが考えられる。
 投資家の投資環境もグローバル化している。日本において、現状では非財務情報を重視した投資判断を行う投資家の割合は限定的であるのは事実だが、例えば欧州では実に49%が社会・環境・ガバナンスといった非財務情報を考慮した投資判断を行っている(※4)。世界的に見ても日本の上場企業はCSRに関する情報開示に積極的であり、非財務情報を活用する欧米の機関投資家も日本の上場企業を評価しその株式を一定割合保有しているが、統合報告の取り組み状況やその開示内容が、欧米の「長期投資家」における重要な判断材料として位置付けられることも近い将来予想される。かつて、ある日本企業に浮上した国外でのステークホルダーへの配慮不足の問題を巡り、欧州の年金基金が対話に応じないとしてその企業を投資対象から除外したことがある。こうした事実はウェブ上でも公表され、企業のレピュテーションにも一定の影響を与えたと推測される。逆に、世界の「長期投資家」からの支持を獲得するために、非財務情報も含めて積極的にアピールし、「長期投資家」とのコミュニケーション(IR活動)を推進する企業も国内で出始めている。その企業は、日本企業を重要視しなくなりつつあった海外の「長期投資家」との面談の実現や、企業価値の向上という双方共通の目標に向けた建設的な対話の実現などの効果があったと述べている。今後、「長期投資家」の支持を得ていくためには、統合報告に取り組み、長期的な投資判断に資する情報開示を積極的に行っていく必要があるだろう。
 さらに、株式市場参加者全体における「長期投資家」の割合が一定規模以上に拡大し、「長期投資家」が株価水準の決定に大きな影響を及ぼすようになれば、先に述べた株式市場の「価値発見機能」が向上し、株式市場全体にも望むべき効果が発現すると期待される。わが国の株式市場は長期低迷を長らく経験し、先進国の株式市場と比較しても水準の低さが際立っているが(※5)、わが国企業の多くが本来持っている長期的なキャッシュフロー生成能力が正しく評価され、そうでない企業の退場が促され新陳代謝が活発化することは、株式相場の長期低迷を抜け出す一つの原動力にもなり得ると考えられる。企業業績は、企業単体の努力ではどうにもならない景気変動にも左右されるが、株式相場全体の上昇は、企業や個人が持つ資産価値上昇等を通じて経済全体にも良い影響を与えるとされる。「長期投資家」の増加が経済全体を明るくすることにつながれば、それは最終的に各企業にも便益をもたらすものとなることから、一社でも多くの企業による前向きな対応が、強く求められているといえる。

おわりに
 本稿は、わが国上場企業の経営者や担当者に一つの視座を提供することを目的とし、統合報告の本当の狙いと、「長期投資家」の支持の獲得がもたらす効果について論じた。統合報告に取り組むにあたっては、社内でも様々な関係者の努力が必要であり、相応のコストがかかるのは間違いないだろう。しかし、統合報告は、投資家の投資行動に良い影響を与え、企業と投資家の双方に便益をもたらす可能性を秘めている。こうした統合報告の趣旨に賛同し、統合報告の持つ可能性を評価して、統合報告に正面から取り組もうとする企業が、わが国企業の中から多数現れることを期待したい。


※1 例えば、英国ではビジネス・イノベーション・技能省(日本の経済産業省にあたる)のヴィンス・ケーブル大臣の諮問を受けて、ロンドン大学(LSE)教授のジョン・ケイ氏が2012年に「The Kay Review of UK Equity Markets and Long-Term Decision Making」(通称「ケイ・レビュー」という)を取りまとめ、ショート・ターミズムの克服に向けた政策提言を行っている。また、英国イングランド銀行のアンドリュー・ホールデン氏らは、米国・英国の上場企業の株価水準に着目したショート・ターミズムの実証分析を行っており、90年代半ば以降、市場にショート・ターミズムが拡大していると結論付けている。ホールデン氏らによる分析は、統合報告関係者からも引用されるなど注目を集めている(「Haldane, A.G. and R. Davis, 2011, “The Short Long.” )。

※2 「ケイ・レビュー」は、ショート・ターミズムの克服に向けて17の政策提言を行っているが、企業に対する四半期報告義務の廃止、良質かつ簡潔なナラティブ(Narrative)な報告制度の導入が含まれている。提言を受けて、英国のビジネス・イノベーション・技能省は、政府としての回答「Ensuring Equity Markets Support Long-Term Growth」を発表し、ナラティブ(Narrative)な報告制度については2013年10月の導入を予定するとともに、四半期報告義務についてはEU透明性指令の改正に伴い廃止の検討を行うと述べている。

※3 経営学においては、リソース・ベースド・ビュー(Resource-based view)と呼ばれる考え方であり、オハイオ州立大学のバーニー教授が提唱した言葉である。技術や人材があるからといって必ずしも企業が競争優位性を獲得する訳ではないが、企業の成長に不可欠な要素の一つであると一般的に考えられている。

※4 Global Sustainable Investment Alliance, 2012, “Global Sustainable Investment Review 2012.”

※5 例えば株価の割高・割安を表す指標の一つである株価純資産倍率(PBR)でみると、日本は長らく1倍割れの状態が続いていた。足元の2013年5月時点では1.4倍となっているが、米国2.5倍、先進国平均2倍であり、依然として低い水準にある。
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