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アジア・マンスリー 2013年5月号

【トピックス】
タイ政府、大型インフラ開発計画発表

2013年05月01日 大泉啓一郎


2013年3月、タイ政府は総額4兆2,000億バーツ(約13兆円)のインフラ開発計画を発表した。これ
をテコに高所得国への移行を加速させたい意向。巨額な資金をいかに調達するかが今後の課題となる。

■総額4兆バーツ超のインフラ開発計画を発表
2013年3月8日、タイ運輸省と財務省は共同で、「タイ2020年、未来への懸け橋」というタイトルのセミナーを開催し、2013~2020年にわたる総額4兆2,000億バーツの大型インフラ開発計画を発表した(右表)。

これは、バンコクと地方を結ぶ高速鉄道の建設、鉄道の複線化、首都圏内の鉄道網の拡充、港湾・堤防の整備、国境の都市開発などを中心とするものである。タイでは、国内運輸の8割以上が自動車(道路)を利用したものであり、鉄道はわずか9%に過ぎない。インフラ開発計画の狙いは、バンコク周辺と地域都市(17カ所)、国境都市(8カ所)、その他(24カ所)を有機的に結合させ、輸送コストを引き下げることである。

同セミナーにおいて、キティラット副首相は、これまで、スワナプーム空港と東部臨海開発を除いて、大型なインフラ整備が実施されず、このことが持続的な成長の阻害要因になっていると指摘した。とはいえ、タイに将来を見据えた大型インフラ計画がなかったわけではない。2005年にタクシン元首相は「メガプロジェクト」(1兆5,000億バーツ)と称した大規模インフラ計画を発表したが、その後、軍のクーデターによりタクシン政権が崩壊したため、実現しなかったという経緯がある。その後の政権もインフラ整備の必要性を認識し、同様の計画を作成したが、政局不安のなかで具体化しなかった。いずれの計画にも灌漑施設の強化が含まれており、その実施の遅れが2011年の大洪水の被害を拡大させたとの指摘もある。インラック政権は、発足直後こそ洪水対策に追われてきたが、2012年に入って政局も安定し、ようやく大型インフラの計画の具体化にこぎつけたというのが実情である。

■中所得国の罠を回避し、インドシナ半島の中心地に
インラック政権が、インフラ整備を急ぐ背景には、タイが「中所得国の罠」に陥ることへの危機感がある。中所得国の罠とは、「中所得国になった途上国が、それまでの成功した開発戦略に固執し続ければ、やがて成長は鈍化し、高所得国に移行することが困難になる」というものであり、タイの場合には、外資依存の投資構造、輸出依存の成長戦略、労働集約的産業が中心の産業構造からの脱却が課題となる。

「第11次5カ年計画(2012-2016年)」では、外資主導の自動車、電子電機、石油化学を中心とした「タイ経済3.0(Thailand3.0)」から、知識集約産業、グリーン産業、再生エネルギー、医療、運輸などを中心とした「タイ経済4.0(Thailand 4.0)」への移行が目標として示された。その具体策として、2013年1月にBOI(タイ投資委員会)は、「投資奨励5カ年戦略(案)」を発表し、①基本インフラの開発に資する分野、②タイの産業のレベルアップに寄与する分野、③タイの資源や独自性を強化する分野、④グローバル・サプライチェーンで重要な位置を占める分野、計10業種への投資を奨励する姿勢を示した(右上表)。この投資戦略自体は、労働集約的産業への優遇措置の停止や発展の遅れた地域への投資優遇措置の停止を含んでいるため、内外企業から強い反発を招き、見直しを余儀なくされた。しかしながら、インラック政権が、産業構造の高度化により、中所得国の罠を回避したいとする腹積もりは明らかであり、今回の大型インフラ開発は、その基盤整備と位置づけられている。

加えて、輸送インフラの強化には、ASEAN経済共同体(AEC)の実現により、タイをインドシナ地域の中心にしたいという期待も込められている。バンコクを中心に地方へと広がる鉄道網と国境都市の開発は、ラオス、カンボジア、ミャンマーとの経済関係強化が想定されている。さらに、インドやバングラデシュなどの南アジア市場へのアクセスを改善するため、ミャンマーのダウェー港の開発にも、ミャンマー政府と協力して取り組む予定である。政府は、インフラ整備をテコに、2020年には一人当たりGDPを10,000ドルに引き上げたいとした。

■厳しい資金調達と求められる財政改革
インフラ整備の加速は、タイの持続的発展に不可欠であるが、その資金調達は容易ではない。2013年1月の時点で公的債務は、5兆403億バーツ、対GDP比で44.1%と低い水準にあるものの、2012年以降上昇傾向にある。

4兆バーツを超えるプロジェクトの遂行に向け、財政から2兆バーツをねん出する一方で、残る2兆バーツは借り入れる予定である(3月19日閣議決定)。現在、国会で審議中であり、予定通り進めば6月にも借入可能となる。借入は、プロジェクトの進展に合わせ、計画期間中(2013年10月~2020年9月の7年間)にわたって随時行う予定で、返済期間は50年を想定している。

ただし、主として国営企業が借り入れるため、公的債務残高には反映されない。これに対し、野党は「予算外支出」であり、プロジェクト遂行には、籾米担保制度(実質的コメの高価買取制度)などの「ばらまき政策」の廃止と合わせて行うべきと批判した。加えて、タイの歳入は対GDP比率で20%に満たず、他の国に比較して低水準にあることを踏まえると、税制改革による税収増加策も必要であり、付加価値税を7%から10%に引き上げるべきだとの意見も出始めた。

中所得国の罠を回避するのが困難な原因の一つに、民意への配慮がより一層求められるため、政府が以前のような思い切った政策や改革を断行しにくくなっているという政治環境の変化がある。今回の大型インフラ計画や新しい投資戦略について、国内の合意をどのように取り付けるのか、インラック政権の政治手腕が試される。
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