オピニオン
CSRを巡る動き(出所;日本総合研究所):「短期偏重に決別する統合報告」
2012年12月05日 ESGリサーチセンター
企業開示の新たな枠組み「統合報告(Integrated Reporting)」の議論が進展しています。統合報告とは、既存の財務報告と、CSR報告やコーポレート・ガバナンスに関する報告などの非財務に関する報告を統合したものを意味します。現在、企業、投資家、会計士、証券取引所、市民社会など、あらゆるステークホルダーがメンバーに連なる国際統合報告委員会(The International Integrated Reporting Council:IIRC)の元で、フレームワーク策定作業が進められています。幅広く意見を募ることを目的として、IIRCは2011年9月に統合報告に関するディスカッションペーパーを開示しました。そして、2012年10月には、フレームワークのたたき台となるプロトタイプ「Working Draft of Prototype Framework」を開示し、同月末には東京でフォーラムが開催されました。2013年末までには、統合報告のフレームワークVersion1が公開される予定で作業が進められています。
10月の東京フォーラムには、IIRCの事務局長やワーキンググループのメンバーがスピーカーとして英国より来日しました。彼らが指摘していたのは、「リーマンショックに端を発した金融危機の背景にあったのは行き過ぎた短期偏重であり、これを是正していく必要がある。ただし、現在の企業の情報開示は長期的な企業の価値を十分に示すものではないため、統合報告は長期的な企業の価値を十分に示すことのできるフレームワーク目指す」という点でした。
フォーラムで焦点が当てられていた通り、10月に公開されたプロトタイプの中でも、統合報告のターゲットとする主要読者は長期的な視点を持つ投資家であることが強調されています。顧客・サプライヤー・従業員・規制当局なども統合報告の読者になり得るとしつつも、長期的な視点を持つ投資家以外のステークホルダーの情報開示ニーズに応えるのには、統合報告以外の、例えばサステナビリティレポートなどで代用可能かもしれない、としています。
企業が長期的な価値に関する情報を開示し、長期的な視点を持つ投資家がそれらを評価した場合には、3つのメリットがあると主張しています。1つ目は、リスクプレミアムの情報を得ることや、短期的な戦略に紐づくコストを回避することで、投資家がより良いリターンが得られる可能性があること、2つ目は、多くの初期投資を必要とする長期的な戦略を、企業が実践することが可能となること、3つ目は金融市場の安定化がもたらされることです。
長期的な投資家を主要なターゲットとしていることもあり、統合報告は、企業の価値を、金額で表される将来キャッシュフローの現在価値といった概念を超え、金額換算できない価値をも含めたより広い視野で捉えています。その捉え方は、「資本」「ビジネスモデル」といったキーワードによって説明されるのが特徴です。企業は、その価値の創造もしくは維持を行うために、さまざまな「資本」を用い、同時に様々な「資本」にも影響を与えます。そしてそのプロセス全体を、「ビジネスモデル」としています。組織の価値は「資本」の中に保持され、その価値は企業行動によって創造もされ、また破壊もされます。ここでの様々な「資本」は、例えば「財務的資本」「製造資本」「人的資本」「知的資本」「自然資本」「社会資本」のことを指します。
以上はやや難解な説明ですが、長期的な価値を評価するには、事業活動を実践する上で重要な「資本」をどのように効率良く用いているかという視点だけでなく、その「資本」の価値を毀損させずにどのように向上させるか、また「資本」間のトレードオフをどのように回避するのか、という視点も大事だ、というのが統合報告の重要なメッセージなのだと思います。例えば、労働搾取(人的資本の毀損)の上に成り立つ利益最大化(金融資本の最大化)は、長期的な価値の最大化にはならないように、ある特定の「資本」価値毀損の上に成り立つ財務価値向上は持続可能ではないということでしょう。
統合報告では、人的・自然・社会・知的なども含む「資本」および「ビジネスモデル」で表される企業の価値を、長期的な投資家が評価し、短期偏重から脱することを目指しています。それを達成するには、企業側の開示の改善と同時に、“長期的な投資家”の存在も鍵となります。企業が長期的な視点に基づく経営を実践し、その価値を統合報告で開示したとしても、それを評価する投資家の存在抜きにしては、短期偏重のループからは脱することはできません。
2010年6月に日本証券アナリストが実施した調査(日本アナリスト協会「企業価値分析におけるESG要因」)では、証券アナリストが企業評価に用いるスパンは1から3年が最も多く、回答者のうちの51%を占めていました。しかしながら、統合報告の想定する“長期”とは、目先1年から3年ではなく、数十年単位であることが想像されます。統合報告の議論の進展に合わせ、投資家がより長期的な視点に立った企業評価を実践するように、投資家を啓発していくことが必要になるでしょう。