オピニオン
CSRを巡る動き:人権委員会と企業の社会的責任
2012年11月01日 ESGリサーチセンター
9月19日に内閣は、次期国会に提出することを前提として、人権委員会設置法案及び人権擁護委員法の一部を改正する法律案の内容を確認する閣議決定を行いました。仮に今後法案が成立すれば、人権侵害を救済するための「人権委員会」が設置される運びとなります。具体的には、法務省の外局となり、公正取引委員会と同様、 政府から独立した権限を持つ「三条委員会」で委員長や委員は国会の同意を得て首相が任命する見通しです。
諸外国では、立法府・行政府・司法府から直接コントロールされない「政府から独立した国内人権機関」が1970年代後半から、設立されてきました。これは、国が個人や集団の人権を阻害することも実際にありうるからです。また、人権行政が縦割りでは、各省庁が連携をとって十分な行政救済を提供できない状況も問題視されてきました。
1993年12月、国連は「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」を採択し、(1)人権政策提言、(2)人権相談・救済、(3)人権情報収集・発信、(4)、人権教育・広報、(5)国連人権関係機関等との国際協力の機能といった国内人権機関のあるべき姿を示したのでした。
今日、人権保障のため機能する既存の行政または司法機関とは別個の国家機関で、憲法または法律を設置根拠とし、人権保障に関する法定された独自の権限をもち、いかなる外部勢力からも干渉されない独立性をもつ国内人権機関は、世界120以上の国で設置されています。一方、設置の動きに必ずしも熱心でなかった日本政府は、国連人権理事会や人権諸条約の条約体から、パリ原則に準拠した国内人権機関の設置について、たびたび勧告を受けてきたのでした。
企業の社会的責任を考えるうえで、今回の人権委員会の設置をどう捉えたらよいでしょうか。最も直接的には、企業の活動や意思決定において、人権侵害行為による被害を受け、又は受けるおそれがあるときは、人権委員会に対し、人権救済の申出がなされるケースが生まれてくるということになるでしょう。人権委員会は、こうした申出があった場合で相当と認めるときは、遅滞なく必要な調査をしなければならないとされています。
これまでも、働く人の人権侵害では、総合労働相談コーナーでの相談・助言・指導の仕組みや労働審判委員会での紛争調停の仕組みがありました。消費者の被害では、消費生活総合センター等の相談機関が消費生活に著しく影響を及ぼし、又は及ぼすおそれのある紛争について「あっせん」や「調停」を行う仕組みもありました。
ただし、今回の人権委員会の設置によって、より広範なイシューについて、人権救済の申出がなされるというケースが出てくるでしょう。例えば、企業のサプライチェーン上にある原材料生産者が人権侵害を生じさせていることが懸念されるケースでも、人権救済の申出がなされる可能性は否定できません。また、これまで倫理規定などで企業の自主行動規範にとどまっていた広告宣伝などの不適切な表現が、救済の申出の対象となることが出てくるかもしれません。
この法案の作成過程では、(1)人権侵害の定義があいまいなこと、(2)表現の自由が制限されることなどの懸念が示されてきました。さらに、「人権の権利主張が濫用される」ことを危惧する声も、多く聞かれました。企業の社会的責任との関連でも、同様の危惧は、企業に幅広く存在しているといえるでしょう。
ただ、設置法案の「人権侵害行為」とは、法令に抵触する違法な行為のことと解説されています。また、人権委員会は、人権侵害行為をした人を処罰する機関ではないとされています。被害者に対して助言などを行う「援助」や当事者間の関係の改善を図る「調整」、当事者の話合いによる解決を促進するための「調停」などの措置がとられるとされていますが、その調査、判断、措置等に不満がある場合に、人権侵害に関する紛争については、司法的救済を求めることが可能になっています。さらに、人権委員会が家宅捜索をしたり、証拠の差押えをしたりすることはなく、調査を拒否したとしても罰則等の制裁はないとされているのです。
今後、法案が成立するのか、どのタイミングで人権委員会が発足するのかが大きな焦点です。「人権配慮」はすでに、ISO26000や国連のラギー報告のような黒船を通じて日本企業にも対応を迫っていますが、国内でも新たなプレシャーを与える仕組みが、いずれは生まれることになるでしょう。