・2つのソーシャルファイナンス
「ソーシャルファイナンス」と聞いて、まず思い浮かべるのはどのような金融だろう。環境、人権、労働、消費者課題等の社会的な課題の解決に対して金融がどのように貢献するのか、という観点から「ソーシャル」を用いているのが、現在の主流だ。例えば株式投資は、投資判断基準に企業の社会的責任の遂行度合いを反映させていれば「Socially responsible investment 社会的責任投資」と呼ばれるが、この「社会的」に相当する。この意味での「ソーシャルファイナンス」の定義で一般的なものには、「金銭収益と同様に社会的収益もしくは社会的配当を追求する機関によって提供される金融活動」※1が挙げられる。
ソーシャルファイナンス機関としてよく知られているのは、オランダのトリオドス銀行、イタリアの倫理銀行、イギリスのコーポラティブグループなどである。日本では、欧米と比べて規模が小さく法制度的な基盤も弱いものの、NPOバンクが該当する。なお、定義にあるようにソーシャルファイナンスは専業機関によって提供されていると整理できるが、「社会的投資」のように「ソーシャル(社会的)」を修飾語として用いる場合には、必ずしも専業の機関であることを要求しないことが多い※2。
他方で、近年、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)で用いられるのと同様の「ソーシャル」の意味での「ソーシャルファイナンス」という言葉が広がり始めている。「P2Pファイナンス(P2Pは、peer to peerまたはperson to person)」とも呼ばれる金融手法である。資金の出し手となる個人が、インターネット上の仲介者を通して、資金を必要とする個人・個人事業主・中小企業の事業内容や事業計画などを把握したうえで、その使途に共感を覚えた場合に投融資しようとする手法を指す※3。
資金の出し手にとっての一口あたりの金額は通常小額で、出し手が大勢集まることによって投融資が実現するところも特徴である。英語のsocialが持つ意味のうち「社交的」に近く、ネットワークを用いた金融ということになる。例えばmaneoや、マイクロファイナンスで有名なKivaが挙げられる。
つまり、前者のソーシャルファイナンスは、「金銭的な利益だけを追求しない」という意味で「ソーシャル(社会的)」を用いている。後者のソーシャルファイナンスは、既存の銀行や証券会社を通さずに個人のつながりを通しているという意味で「ソーシャル(社会的)」を用いている。そして、後者は必ずしもインターネット取引を要件とするものではないが、技術の進化により、直接の知り合いではなくてもインターネットを介したネットワークで資金の仲介ができるようになったことで、近年急速に拡大している。
・オルタナティブな金融
2つのソーシャルファイナンスは一見別物のようであるがいずれも、通常の金融機関に対するオルタナティブであることに変わりはない。普通の銀行や証券会社と何が違うのかといえば、前者であれば「金銭的利益と同時に社会的利益を追求する」こと、後者であれば「顔の見えるつながりや直接関わっている感覚を重視する」ことが最大の相違であろう。ちなみに、途上国での起業支援を行うマイクロファイナンスのKivaや、ミュージックセキュリティーズが運営する小口投資のプラットフォーム「セキュリテ」は両方の性格を有するといってもよい。むしろ、両方の性格は持ち合わせやすいとも考えられる。なぜなら、後者が資金提供者の資金需要者に対する共感に基づくサービスを提供している場合に、環境や社会といったテーマは賛同を得やすいからである。
このような動きに対し、既存の銀行、証券会社や、協同組織金融機関は何を感じるべきだろうか。金融ビジネス全体に対する割合は、微々たるものだから無視してしまってよいだろうか。筆者にはそのようには思えない。
なぜなら、微々たる、つまり小さくて脆弱そうに見られがちな組織が多いにもかかわらず、欧州のソーシャルファイナンス機関(前者)では金融危機後、顧客や資産を伸ばしたという例に事欠かない。もともと、これらの機関には中流階級以上の比較的裕福な顧客が多かったといわれるが、世の中で起こっていることに敏感な人ほどソーシャルファイナンス機関を選択していると考えることができる。また、後者のソーシャル“ネットワーク”ファイナンスサービス(以下同)を利用している人々は、インターネット上の最新サービスに敏感で操作能力が高く、かつ、直接自分のお金を動かして投資することに関心のある人々だと考えることができる。
つまり、金融業界全体からみて優良と呼べそうな顧客層が2つの「ソーシャルファイナンス」を積極的に選択していると考えられ、既存金融機関も大いに注目すべきだろう。
・協同組織型の金融機関
なかでも、筆者がメッセージを受け取るべきだと考えるのは、協同組織型の金融機関である。協同組織金融機関とは、地域や職能といった共通の紐帯を持つ会員による、相互扶助的で非営利の金融機関のことを指す。日本では、具体的には信用金庫、信用組合、労働金庫、JA(農業協同組合)、漁業協同組合がこれに相当する※4。いずれも預貯金を取り扱うことができる。
社会的責任を追及するソーシャルファイナンス機関の海外事例をみると、特に欧米において、協同組織金融機関(協同組合銀行とも称される)に目に付く取り組みが多い。例えばGLSコミュニティ銀行(ドイツ)、倫理銀行(イタリア)、バンシティ信用組合(カナダ)、mecu信用組合(オーストラリア)などが、特徴のある金融商品を展開している。協同組織型の金融という歴史・基盤があって、そのうえで現代風の「ソーシャルファイナンス機関」化が起こったとも言える。協同組織金融機関がソーシャルファイナンス機関化しやすいのは、協同組織金融の仕組みそのものが金銭収益以外の利益を追求するからであるが、それは次の2つの側面で確認することができる※5。まず1点目に、協同組織金融機関は共通の経済的・社会的背景を持つ出資者による互助組織であり、出資者が属するコミュニティに対する配慮を重視する。すなわち、株主への金銭配当を重視しがちな株式会社に比べて、例えば地域環境の保全や福祉の充実など、金銭収益以外の利益への関心が高くなる。2点目に、協同組織金融機関の統治メカニズムの基本は、出資金額とは関係なくどの出資者も一票を持つことである(例外もある)。そのため、出資者のコミュニティと無関係だが出資金額の大きい大株主のような外部者の意向に左右されないガバナンスが可能である。ここでも、金銭よりも“人”が重視されていることが、ソーシャルファイナンス機関との親和性の高さを示している。以上により、簡単に言えば経営目標を、出資者が属するコミュニティの利益の追求から幅を広げ、社会的利益の追求に読み替えれば、ソーシャルファイナンス機関に衣替えすることができるわけである。
ところが、日本の協同組織金融機関では、国の金融行政の影響も大きいが、“協同性”が薄まり、普通の金融機関と変わらなくなってしまったという評価を耳にすることが多い。その結果、「ソーシャルファイナンス機関」として海外から参照されることは稀である。「変わらなくなってしまった」要因の1つには、員外(会員外)取引の規制緩和が挙げられる。これは規模の経済により経営改善を追求したいという立場からすれば望ましい歴史なのかもしれないが、員外取引を増やすことはすなわち、会員のための相互扶助という、そもそもの設立理由(存在意義)を邪魔者扱いしてしまうことにつながった。
しかしこの“邪魔者”こそが、2つのソーシャルファイナンスに見られる足元のニーズの高まりの背後にあるのではないだろうか。筆者は、協同組織金融機関はこの“邪魔者”と改めて向き合い、「社会的利益も追求し、顔も見える」という2つのソーシャルファイナンスの特性を改めて取り入れることにより、営利金融機関との差別化を図り直していくべきだと考える。
もちろん、いまさら“邪魔者”に向き合うのは効率が悪いから、2つのソーシャルファイナンスに関わる新たな機関が成長すればそれでよいのではないか、という考え方もあろう。例えばソーシャル“ネットワーク”サービスでは、貸し手が自ら借り手になることまでは事前に想定されていないようであるが、自発的にそれを希望する個人が現れれば、より一層「相互扶助のプラットフォーム」に近いものになる。それでも筆者が、あえて協同組織金融機関の復活を期待したいのは、次の理由からである。
1点目に、すでに200兆円以上の預貯金が協同組織金融機関には預けられていることである。このお金のごく一部でも、社会的利益を追求する行動を具体的に起こせば、日本社会に与えるインパクトは大きい。預金者に相互扶助の精神は薄れていたとしても、自ら「会員である」ことを預金者に意識させ、その意味を問う役割も協同組織金融機関の社会的責任に含まれるはずである。2点目に、金融商品の安全性を好む日本人の特性を考えたときに、ソーシャルファイナンス機関が預貯金を取り扱える金融機関であることは非常に大きな力だからである。もちろん、新たな機関が預金を受け入れられれば問題はないわけだが、預貯金取扱金融機関の新規設立の困難さと、設立されたとしても預金者が新たに取引を開始して資金を移すことの煩雑さを考えると、既存機関が生まれ変わることの利便性は大きい。3点目に、既存の協同組織金融機関に蓄積されている金融ノウハウや、地域等の本来「顔の見えた」コミュニティの歴史への理解は、2つのソーシャルファイナンスにとっても必要な要件であるはずだからである。また、具体的にノウハウや理解力を持つ協同組織金融機関の従業員は、一度は少なからず「協同」を志したことがあるとすれば、そうした思いを実現させる機会の拡大も、従業員というステークホルダーに対する責任であろう。
2012年が「国際協同組合年」であることは偶然ではないように感じられる。世界的なバックアップも活かして、既存の協同組織金融機関が、新興する「2つのソーシャルファイナンス」実施機関をヒントに、ときに連携して、協同組織金融の新たな時代をつくってほしいと期待する。
以上
※1 財団法人トラスト60編著(2006)『ソーシャル・ファイナンス』より抜粋。元はアイルランド政府報告書による。
※2 例えばSocial Investment Forum(社会的責任投資フォーラム)など。なお、国連では「社会的」という語を除いた「責任投資原則」を策定しており、世界で約1,100の機関(機関投資家、投資会社等)が署名している。
※3 共感を埋め込まない、個人投資家の投資手段の拡大を目的としているサービスもある。
※4 なおこのほか、協同組織(組合)のなかでは、消費生活協同組合の一部が貸付事業を行っている。
※5 谷本寛治(2007)『SRIと新しい企業・金融』などを参照。
※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。