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【環境・社会視点のリスク情報】(9) 小売セクター イノベーションの創出には「従業員への配慮」が重要に
2012年10月01日 ESGリサーチセンター、小崎亜依子
長引く円高の影響もあり、外需株に期待できない中、株式市場では内需株に注目が集まっている。特に小売セクターの企業は、最高益を更新している企業もあり、物色の対象となっている。ただし、足元の好業績は将来の好業績を約束するものではない。株式投資という視点からは、高収益を持続できるかという点が重要だ。今回は、高収益の持続可能性を、ESGの視点から検討してみたい。
低価格競争、消費者ニーズの多様化、IT技術の進化による消費者の購買行動の変化、外資の参入など、小売セクター企業の取り巻く環境は厳しさを増している。そのような中で、新たな市場を求めてグローバル化を進めるのも一手だが、新たな付加価値により国内の消費者ニーズに対応するというのも一手だ。消費者ニーズ、購買方法などが日々変化する環境下で国内の消費者の新たなニーズを発掘し続けるには、従来のやり方にとらわれない方法――つまり「商い」のイノベーションの創出が必要となる。
●イノベーションの創出と労働環境
どのような組織からイノベーションが創出されるかは未だ解明されていないものの、働きやすい労働環境がその1つに挙げられることは多い。従業員の健康・生活の質などに敬意が払われ、従業員同士が信頼し合っている企業からは、イノベーションが創出されやすいという研究もある。また、多様な従業員が働く職場からも同様のことが言われている(※1)。
もちろん、働きやすい職場からは必ずイノベーションが創出されるという訳ではない。しかしながら、近年、従来の概念にとらわれない製品・サービスを提供していると言われる企業は、より従業員に配慮した取り組みを実施する傾向があるように思う。
例えば、総合ファッションサイト「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイは、ネット取引には不向きと言われていた衣料品通販を成功させた企業だ。同社社長は、「(略)面白そうな動きには、多くのお客様や取引先ブランドの方々が興味を持って近づいてきてくださる。だからスタッフが楽しく働けて、それによってみんなの人生が豊かになるような環境を用意することが、利益を出すための一番の近道だと断言できます」(※2)と発言している。同社は、最近6時間労働を導入し話題になっている。
●高利益率企業と働きやすさ
下図は、小売セクター(スーパー、専門店、コンビニを含む31社)の営業利益率と労働者への配慮度合いを示している。なお、ここでは便宜的に、日本総研が算出する従業員への配慮度合いスコアを働きやすさの指標として用いている(※3)。当然だが、足下で高い営業利益率を達成している企業であっても、労働者への配慮はまちまちであることがわかる。
図表黄色部分の「高収益をあげつつ働きやすい職場環境を実現している企業群」の中には、良品計画、ローソン、ファーストリテイリング、ファミリーマートなどが含まれる。例えば、良品計画は、女性管理職比率も高く、残業も極力排除するなど、従業員に配慮した様々な取組みを実施している。同社は、著名なデザイナーを起用することなく、使用者の目線で商品を作りこんでおり、顧客からの高い支持を得ている(※4)。消費者に支持される様々なアイディア商品と女性の積極的な登用が関係しているとすれば、今後もそうした商品を創出できる可能性は高いかもしれない。
以上の議論を元にすれば、図表青色部分よりは黄色部分に含まれる企業の方が、高収益を持続できる可能性が高いといえる。もちろん、高収益の持続可能性を働きやすさだけで計るのは、あまりに単純化し過ぎかもしれない。しかしながら、小売セクターの好業績企業は、人的投資を怠っていないという研究もある(※5)。将来の不透明さが増してきている昨今では、今後を見通す指標の1つとして、「働きやすさ」指標を利用してみてはどうだろうか。

※1 ”European Competitive Report2008” European Commission
※2 GQ Japan HP(http://gqjapan.jp/2012/06/11/maezawayusaku/)
※3 働きやすさの指標にはワーク・ライフ・バランスの取組みや多様な従業員の活躍支援などが含まれる。
※4 プレジデントオンライン 顧客支持率ランキング(http://president.jp/)
※5 “Why 'Good Jobs' Are Good for Retailers” Harvard Business Review January/February 2012
*この原稿は2012年9月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。