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CSRを巡る動き:知的財産権と社会的責任:特許訴訟合戦をどうみるか

2012年10月01日 ESGリサーチセンター


情報・通信業界における、企業間の特許を巡る攻防、所謂“パテント・ウォー”が激しさを増しています。特にスマートフォン端末の市場では、世界シェアトップを争う二社、米国アップル社と韓国サムスン電子が、世界各地で訴訟合戦を繰り広げています。8月のアメリカにおける訴訟では、アップルが持つタッチ画面操作などの特許を、サムスン電子が一部侵害したと認める評決が下されました。一方、東京地裁で争われていたデジタル情報の「同期」機能に関する訴訟では、サムスン電子による特許侵害は「認められない」との結論が下されており、一進一退の攻防の中で、両社の対立は深まるばかりです。
 本来、特許訴訟とは自社が優位性を持つコア技術など、所謂「知的財産」に係る権利を他者によって侵害された場合に、言わば企業にとっての防衛策として発動されるものでした。また、企業にとって「他者の知的財産権を侵害しないこと」は、社内の倫理規程や行動規範にも取上げられる、重大な社会的責任の一部と認識されてきました。しかし、近年は技術優位性がビジネスの成功における決定的要因となる中で、「知的財産権の侵害」はむしろ他者の足を引っ張り、激化する企業間競争を勝ち抜くための経営戦略として取扱われることが多いようです。
 ビジネスにおける知的財産権が持つ意味合いの重要性は、今も昔も変わることはありません。しかし、それに対して企業が求められる社会的責任のアプローチは、単に「他者の権利を侵害しない」という消極的なものから、大きく様変わりしつつあります。数多くの特許を保有する、アップルやサムスン電子といった大企業にとって、「知的財産権と社会的責任」はどのように捉えられるべきものなのでしょうか。

 営利団体である以上、企業にとって知的財産権の保護は非常に重要な意味を持つものです。新たな製品・サービスの開発には、多額の費用と時間がかかる上に、開発した製品・サービスが必ずしも成功するとは限りません。企業は、巨大なリスクを背負って製品・サービス開発に投資をしている以上、その対価としての独占的な使用権(特許権)は一定期間認められるべき、というのが特許の基本的な主張です。新たな発明・イノベーションを促し、産業を振興していくという社会的な目的からみても、理に適ったものであると言えるでしょう。
 しかし、この知的財産権は過度に保護されてしまうことで、場合によっては新たなる社会的問題を生み出してしまう可能性もあるのが、難しいところです。
 実現された新たなる発明・イノベーションが、社会的意義を持ち、広く人々の問題を解決しうるものであればあるほど、一企業によるその独占的な使用は、権利の“濫用”として問題視されることもあります。
典型的な例として、批判の対象となったのが、アフリカにおけるHIVエイズ治療薬のライセンス料問題でしょう。サハラ砂漠以南のアフリカ地域におけるHIV感染者数は世界総数の約3分の2を占めており、今なお深刻な社会問題である状況ながら、抗エイズ薬は非常に高額であることから普及が進みませんでした。そんな中、治療薬が高額になるのは、企業に支払われるライセンス料こそが主原因であるとして、治療薬を開発した大手製薬会社は、国際的な批判の対象となってしまいました。最終的に、大手製薬会社側は、現地で出回る安価な“複製薬”の販売を「知的財産権の侵害である」とした訴えを取り下げることになったようです。
企業活動における知的財産権の重要性の主張は、企業が社会における存在意義を保っていくためにも、否定されるべきものではありません。しかし、その主張が社会的利益を毀損する形での過度なものだと判断された場合、企業は社会における存在意義そのものを失ってしまうというという結果になります。

アップルやサムスン電子の生み出す製品は、医薬品ほどの社会的影響があるものではありませんが、人々の生活をより便利に、楽しいものとする新たな発想に満ちたものです。その意味で、両社は社会にとって大きな価値を有する企業であり、人々が彼らに期待するのは訴訟合戦でないことは明らかです。
先ほどのアフリカの事例における大手製薬会社は、貧困地域における高額での独占的なエイズ治療薬の販売を放棄する一方で、途上国ローカルの後発薬(ジェネリック薬)メーカーと戦略的業務提携を結ぶことで、新たなマーケット開拓に成功しつつあるようです。
企業として創出した価値を、自社と社会にどのように還元していくのか。現代の企業に求められている社会的責任は、単に「他者に対して害をなさない」という消極的対応から、「社会と自社における共有の価値を創造していく」という積極的な対応に変化しつつあるといえるでしょう。
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