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【環境・社会視点のリスク情報】(7) エレクトロニクス産業

2012年08月08日 ESGリサーチセンター 林寿和


 我が国のエレクトロニクス業界は、輸送用機器産業と並んで海外売上高比率が高く、熾烈なグローバル競争にさらされている。2012年3月期の大手電気機器メーカーの業績低迷は大きくクローズアップされた。業界の復活に向けて水平分業型のビジネスモデルへの転換や、一層のグローバル化の必要性を指摘する声も多い。今回は「環境」「社会」の視点から、エレクトロニクス業界のグローバル化対応にはらむリスクを見ていく。

●目前に迫った「紛争鉱物資源規制」
 米国上場企業に対し、コンゴ民主共和国及びその周辺国で産出された金、タンタル、すず、及びタングステンの使用状況を米国証券取引委員会(SEC)に報告することを義務付ける「紛争鉱物資源規制」の施行が目前に迫っている。7月2日、SECはようやくその具体的な実施ルールについて、8月22日に開催する公開会議で採決を行うと発表した。「紛争鉱物資源規制」は、2010年7月に米国で成立した「ドッド・フランク法」に盛り込まれ、SECが具体的な制度設計を進めてきたものである。同法では、遅くとも2011年4月を期限として規制を施行すると規定していたが、SECによる作業が大幅に遅れていた。今年6月には、米国下院議員58人が「遅延する理由は見当たらない」とし、7月1日までの採決または遅延に対する説明を求める文章をSECシャピロ委員長に提出する事態にまで発展していた。
 紛争鉱物と呼ばれるこれら4種の鉱物は、電子機器の製造に大きく関係している。例えばタンタルは小型大容量コンデンサに使われ、携帯電話などのデバイスに欠かせない。米国に上場する日本企業の数そのものは限られるが、米国上場企業に部品を供給するすべての企業が、紛争鉱物の含有状況を確認し、納入先に報告することが求められることになる。大手家電メーカーの間ではすでに対策を進める動きが始まっているが、エレクトロニクス産業に属する大多数の企業が新たな負担を強いられることになるだろう。

●「資源ナショナリズム」でより不透明化する調達リスク
 電子機器の製造に欠かせないレアメタル、レアアースの供給や価格動向にも不透明感が増している。「紛争鉱物資源規制」の対象からは外れているが、新たに経済産業省の購入補助金の対象となった定置用リチウムイオン蓄電池に使われているリチウムも、不安定な状態が続くコンゴ民主共和国が世界最大の産出国だ。電気自動車や白物家電に使用されるモーターや、LED、光学機器用レンズ材料などに必要なレアアース類は中国が生産高の97%を占めているが、突然の輸出制限によりエレクトロニクス業界は大きな打撃を受けた。資源保有国が、自国の資源を囲い込む「資源ナショナリズム」の動きは、中国だけでなく世界各国に広がりを見せている。例えば、今年5月から6月にかけて、インドネシアからのニッケル鉱石の輸出が一時停止される騒ぎが起きたばかりだ。
 昨年発生したタイの大洪水や、東日本大震災によってサプライチェーン分断リスクが顕在化し、企業は調達先を分散化するなどの対策を進めている。部品のグローバル調達が加速する中で、気候変動や災害リスクに加え、内政リスクも考慮した強靭なサプライチェーンを構築することが求められている。

●サプライチェーン上の労働問題
 生産の海外シフトに伴い、発展途上国の生産拠点や下請け工場における労働問題が繰り返し顕在化している。 2010年には、中国の大手電子機器受託製造サービス企業の工場において従業員の相次ぐ自殺が発生。劣悪な労働環境の疑いがメディアに大きく取り上げられ、一部の消費者による不買運動にまで発展した。所謂「スウェットショップ:労働搾取」への関与は、自社の信用を損なうだけでなく、労使対立によって一時的に工場が操業停止状態に陥るなど、深刻な損害をもたらす場合が多い。
 近年、こうした発展途上国における労働者の人権問題が、非正規雇用者・派遣労働者の問題と一体となって深刻化するリスクも出てきている。例えば、メキシコでは、電気機器産業に従事する労働者のうち、派遣労働者の割合が 60%を占め、その多くが労働法制に違反した状態にあると報告されている。同様にタイでも、電気機器産業に従事する労働者の半数以上が派遣労働者であり、待遇面で差別的な扱いを受けているという。こうした事態を重く見た米ヒューレット・パッカード社は、下請け工場に労働力を供給する派遣業者に対しても監査を実施するという新たな取り組みを開始した。
 下請け工場における労働搾取の問題は今に始まったものではなく、1990年代頃からたびたび取り上げられてきた問題である。しかしながら、問題はいまだに収束の兆しを見せていない。企業には、サプライチェーン上の人権リスクを常に注視し、対応していくことが求められている。

*この原稿は2012年7月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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