オピニオン
CSRを巡る動き:トクホ市場への参入は社会的責任か?
2012年07月01日 ESGリサーチセンター
キリンビバレッジが4月末に発売した、特定保健用食品(トクホ)の「キリン メッツコーラ」が爆発的なヒットを記録しています。発売後2週間で、年間販売目標の100万ケースを突破、殺到する注文に供給が追いつかず、同社は緊急増産で対応するとともに、お詫びのプレスリリースまで発表している状況です。
「食事の際に脂肪の吸収を抑える」ことを謳ったトクホの商品はこれまでもいくつかありましたが、同製品は特定保健用食品とコーラという意外性のある組み合わせで注目を集めました。同社の成功を受け、他社も同様の製品開発を急ピッチで進めているとの報道もあり、改めて“トクホ市場”が活気づいているようです。お菓子やジュースといった嗜好品でありながら、健康促進にも効果があるとなれば、人気がでるのは当然と言えるでしょう。また、社会的な問題の解決にも貢献する製品として、これこそが「本業を通じた企業の社会的責任(CSR)」であると賞賛する声も存在します。
しかし、トクホの商品開発とCSRを画一的に結び付けようとする報道には、若干の違和感を覚えます。今後、同じくトクホ市場に参入しようとする企業が、すべてCSRの先進的企業であるとは必ずしも言い切れません。果たして、我々はトクホ市場に参入する企業の評価を、CSRの観点からどのように考えるべきなのでしょうか。
特定保健用食品、通称トクホは、健康増進法に基づいて1991年に導入された制度です。食品メーカーは、実験データを基に日本政府の審査を受け、効果が認められた場合には「~が気になる方に」という効能を表示すること認可されます。当初、社会的な認知度は低かったものの、1998年にヤクルトが認可を受け、その名が広まりました。
日本健康・栄養食品協会による2011年のトクホ市場規模(推計)は、5175億円とされており、近年は縮小傾向ながら、トクホを主要なビジネス領域として意識している企業は少なくありません。通常の新製品であれば、目新しさで購入されても一度きりとなる場合が多いなか、健康促進効果をアピールするトクホは、習慣的な利用によるリピート効果が見込めます。安定した、息の長い収益が期待できることも、トクホ市場の魅力の一つであるといえるでしょう。
また、トクホによる企業メリットは、売上げのように具体的数値として表れるものだけではありません。「体によい製品を販売する企業」という社会からの好意的な評判は、中・長期的な企業価値向上に貢献しうるものです。トクホを製造・販売する企業は、自社のCSR報告書でその製品群を紹介したり、自社のトクホ認可取得数をホームページで発表したりすることで、積極的に社会に対してアピールをしています。
トクホ市場に参入する企業の動機は、このように多岐にわたる要素が複合的に絡み合ったものです。何を動機として重視するかは、企業毎に異なりますが、いずれにせよこの市場における成功は、企業の「健康に対する人々のニーズを的確に掴む力」を証明するものであることは間違いありません。我々は、トクホ市場で成功する企業に対し、少なくとも「社会への感度の高い企業」という評価をしても、差し支えはないでしょう。
しかし、「社会への感度の高さ」が、即ち「CSRを担う意識の高さ」を意味するものではありません。社会問題を的確に把握する力を持っていたとしても、そこにつけ込んで、利益を貪るようなビジネスを行なう企業は、決して社会からの評価を得ることはないでしょう。感度の高さは、社会的責任を実践する上での必要条件ではありますが、それだけでは決して十分条件とはなりえないものです。
トクホ市場で成功を収めている企業を、批判する必要は決してありません。しかし、トクホで社会課題解決への貢献をアピールする企業は、それによって得る賞賛の対価として、厳しい社会的監視の目も向けられることになります。
1998年、花王から発売された「健康エコナクッキングオイル」は、食用油として初めてトクホの許可を得たものですが、2009年にその含有成分が、人間の体内で発ガン性物質(グリシドール)に変化する可能性が発覚しました。同社は、製品の出荷を緊急停止すると共に、自らトクホの表示許可の失効届けを提出することとなりました。売上げと共に、社会的な信用を失った同社は、大きな代償を支払う結果になったと言えるでしょう。
トクホ市場に参入するということは、CSRの観点から、自らに一段高いハードルを課したことと同義です。そのハードルを越えることで、自社と社会の関係性を更なる高みに導くことができるかどうか。それこそが企業のCSRへの姿勢を見極める鍵となります。