オピニオン
【環境・社会視点のリスク情報】(6)自動車
2012年07月01日 ESGリサーチセンター、藤崎博隆
東日本大震災、タイの洪水と続いた自然災害の影響も一段落し、自動車業界は回復の兆しを見せてきた。依然として続く円高は不安要因だが、増加する新興国の自動車需要を背景に各社は海外での現地生産拡大に舵を切った。自動車の海外生産台数は右肩上がりを続けており、この流れは今後ますます加速すると見られる。ただ、その中で拡大する環境・社会視点のリスクも見えてくる。
●頻発するストライキ
新興国を中心とする海外生産が拡大する中、大きなリスクとなり得るのが、労働争議の増加である。中国やインドなどでストライキが頻発する背景には、経済成長に伴う労働者の権利意識向上などが考えられる。地域において比較的高い賃金であるにもかかわらず、日本人従業員との賃金格差が不満の原因となっている場合もあり、労働法規の遵守だけでは語ることのできない問題も多い。不満の増幅により労働者が意図的に生産性を落とした事例も見られるなど、従業員のモチベーションの低下が、生産性や品質低下を招くおそれもある。
海外においては、企業側の不当労働行為が明確に認められる事例は少ない。しかし、労働団体やNGOなどから、企業側の姿勢に対し批判の声が上がっている事例が見られる。2011年9月には国際金属労連(IMF)が、メキシコにおいて日系企業が労働組合のメンバーを解雇するなど、労組の組織化を妨害していることを批判するレポートを出している。また、2011年10月にはイギリスで、労働組合の影響を抑制することに言及したとして、ユナイト労働組合から日系企業が非難されている。今後、企業側の対応によっては火種が拡大するおそれもあり、従業員とのコミュニケーション強化など対策の構築が重要なポイントとなる。
●地球温暖化で拡大するサプライチェーン分断リスク
新興国では防災インフラが未成熟であることが多いため、自然災害による事業停止のリスクが付き纏う。昨年のタイの洪水では、浸水被害を受けた日系工場が、約半年もの生産停止を余儀なくされ、直接工場に被害を受けなかった各社もサプライチェーンの分断により大幅な生産台数減を強いられるなど、タイに拠点を持つ多くの企業で甚大な被害が発生した。各社はこの経験を教訓として、代替生産をはじめとしたグローバルサプライチェーンマネジメントの構築など、危機管理体制の強化を進めている。
しかし、地球温暖化の進行により今後も集中豪雨や巨大竜巻などの異常気象は世界各国で増加すると考えられる。直接被害を防ぐ取組みには限界があり、大規模自然災害の発生をどこまで事業継続計画に織り込めるのか、その巧拙が問われるだろう。
●環境規制の高いハードル
地球温暖化に対して、温室効果ガス排出の寄与度が高い自動車は、環境性能の向上が急務である。そのため排出ガスに対して、各国において様々な規制が導入されている。なかでもEUにおける規制は特に厳しい。2012年から導入予定の規制では、EUで販売する乗用車(乗員10名以上及び車椅子対応車両を除く)の新車1台の平均CO2排出量を120g/kmまで削減することが掲げられた。規制は段階的に引き上げられ、2012年には新車の65%、2015年には100%に対して規制の達成が求められる。特筆すべきは、この基準を達成できないメーカーには、超過量に応じた罰金が科されるということである。
2011年12月、欧州環境庁(EEA)はフランスAFP通信の取材に対し、「取組みの遅れた数社が2012年の目標を達成できず、総額で約10億ユーロの罰金が科される可能性がある。」と述べた。多額の罰金賦課は経営リスクとなり得るだろう。既に一部の先進企業は、2015年までの規制を前倒しで達成する見込みと伝えられる。しかし、欧州議会は2020年までの長期目標として95g/kmという高いハードルを掲げているため、継続的な取組みが不可欠である。
環境規制の厳格化は、研究開発コストなどの負担を増加させる一方で、環境性能の向上が新たなビジネスチャンスを生み出すことも考えられる。企業評価の視点では、足元での取組みはもちろんだが、企業の掲げる長期的ビジョンも重要なポイントであると言えるだろう。
*この原稿は2012年6月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。