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【環境・社会視点のリスク情報】(5)移動体通信

2012年06月01日 ESGリサーチセンター、竹林正人


近年、人々の生活における情報通信の重要性は高まるばかりだ。我が国における平成20年の情報通信産業の名目国内生産額は96.5兆円に達しており、これは全産業の約1割を占める最大規模のものとなる。その中核となる産業の一つが、移動体通信関連事業だ。近年はスマートフォンの登場による後押しを受けつつ、新たにスマートグリッド(次世代電力網)や省エネルギー住宅(スマートハウス)といった分野で電力・発電事業との融合を模索する等、順調な市場規模拡大に成功している。しかし、その急速な市場規模・事業領域の拡大は、人々の利便性を向上させる一方で、従来の想定を超えた、社会・環境リスクをも生じさせている。

●新世代の公害「基地局電磁波問題」
2009年12月、宮崎県延岡市の住民30人が、電磁波によるものと疑われる健康被害の多発を受けて、KDDIを相手取り、同社が設置した基地局の操業停止を求める訴状を地裁に提出した。実際に発生した耳鳴り・鼻血・頭痛等の健康被害と電磁波の因果関係を争う裁判は、日本で初めてのものだ。電磁波の健康被害問題は、世界保健機関(WHO)も「電磁波過敏症(EHS)」として研究報告を進めている。2011年5月に、携帯電話の電磁波と発がん性の関連について、「限定的ながら可能性あり」との分析結果を示していることからも、地域社会への悪影響は大きな懸念材料であると言えるだろう。
2012年10月に予定されている判決次第では、移動体通信事業各社は、全国に10万局以上あるとされる基地局の設置場所について、今後大規模な見直しを迫られる可能性もある。スマートフォンの普及に伴う通信量の爆発的増加で、基地局整備計画は各社の中核経営課題の一つとなった。基地局電磁波問題は社会・環境リスクを越えた、企業経営上の重大なリスクとして注視される必要がある。

●電波(周波数帯)という公共資産を巡る不透明な競争環境
2012年2月、総務省は新たに携帯電話用として使う周波数(900メガヘルツ帯)をソフトバンクモバイルに割り当てる決定を下した。700~900メガヘルツ帯は障害物があっても比較的電波が届きやすい極超短波の帯域であり、俗に“プラチナバンド”と呼ばれる利用価値の高いものだ。今回割り当て申請をした4社のうち、NTTドコモとKDDIは既に別のプラチナバンドが割り当てられていることから、本命と見られていた同社が順当に割り当てを得た形となる。実質的な総務省の采配により、移動体通信事業大手三社が”公平に“プラチナバンドを得た状況が実現しているものの、懸念すべきはそのプロセスにおける透明性の欠如だ。
近年、EUやアメリカを中心にカルテルへの取締りが強化されている中、我が国の移動体通信事業における現状は、大きな事業リスクを抱えたものとなっている。周波数帯という、経済的価値の高い公共資産の割り当てにおいては、電波オークション等の公正な競争原理を促進する制度が既に大半のOECD諸国において導入されている。移動体通信事業意のグローバル統合が進展する中、日本市場だけ例外ではいられない。公平な市場原理の導入は、我が国の移動体通信事業全体が抱えるリスクへの対応として、早急に取組むべき課題だ。

●携帯電話端末機の製造・販売に付随する社会・環境リスクの負担
我が国では、移動体通信事業者が端末機の卸売り事業を併営するビジネスモデルが一般的だ。各事業者は、各電器機器メーカーが製造した携帯電話端末を自社名義で販売し、商流の一元的掌握を通じた安定的且つ高収益を実現している。しかし、自社名義で販売される製品である以上、各社は「端末機製造・販売における社会・環境リスク」への対応も同時に求められることになる。
例えば、2011年にアメリカで成立したドッド・フランク法(金融規制改革法)では、証券取引委員会(SEC)に登録する企業に対し、コンゴ民主共和国およびその周辺国において産出されたタンタル・錫等のレアメタル利用に関する情報の開示義務を課している。開示規則案では、SEC登録企業だけでなく、これら企業と取引のある企業にも使用鉱物の源泉調査が求められることになる。その場合、レアメタルが含まれる携帯電話端末を“自社名義の商品”として販売する移動体通信事業者も、確実にその範疇に含まれていくことになるだろう。SECの要求水準は、今後グローバル・ルールとして各国に展開されていことが予想される。我が国の移動体通信事業者にとって、抜本的なサプライチェーンCSRの見直しは、グローバル・ルールへの対応として重要な事業戦略の一つとなる。

*この原稿は2012年5月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。
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