オピニオン
CSRを巡る動き:ミャンマー進出というCSRの試金石
2012年05月01日 ESGリサーチセンター
世界の企業が、ミャンマーへの新規投資に動き出しています。
約50年続いた軍事政権から新政権に移行して1年、民主化が進み始めたミャンマーに対して、各国は次々と経済制裁の解除を表明しています。欧州連合(EU)は4月、ミャンマーへの経済制裁を1年間という期限つきながら、一時停止することを発表しました。武器禁輸は続行しつつも、天然ガスや貴金属への投資・貿易の規制は撤廃されており、欧州企業は、ビジネスチャンスの拡大を目指し、同国への進出を進めています。また、今年4月、日本政府もミャンマーへの円借款の再開を決定しました。官民一体の開発体制が整ったことで、丸紅や伊藤忠、三井物産といった大手商社も大型案件への投資を開始しています。
ミャンマー側も、石油や天然ガス分野の開発などを中心に、海外からの投資を呼び込もうと、外国投資法の改正を検討しています。その法律が通れば、外国企業は免税措置やミャンマー国内での完全子会社の保有という恩恵を受けることが可能となるでしょう。
にわかに“新たな市場”として注目を集めているミャンマーですが、ほんの数年前までは、“人権抑圧国”として、国際社会から非難され、孤立していた国でした。各国政府は、民主化の進展を歓迎してはいますが、今尚、政治犯の釈放や少数民族との対立といった問題は解決済みとは言えない状況であり、早期の制裁解除に対しては懸念の声も挙がっています。このような状況の中で、ミャンマー進出に舵を切る多国籍企業は、どのような態度で現地社会と向かいうべきなのでしょうか。
ミャンマーは、天然資源に非常に恵まれている国です。近年こそは深刻な経済危機にありましたが、高級木材になるチークや、天然ガスや宝石、鉱物があり、これらは国の重要な財源として期待されていたものです。ところが、1962年の軍事クーデター以降、ほぼ継続して政権を掌握していた軍部は、これらの天然資源の販売によって得た資金の大部分を軍隊の拡大、つまりは権力の温存のために使いました。また、軍事政権は政権の安定を目的に、国民の基本的人権を尊重せず、アウンサンスーチー女史を始めとする民主化活動家に対する厳しい弾圧や民族に対する迫害行為を行っていたのは、多くのメディアで報道されているとおりです。このようなミャンマー軍事政権に対して、国際社会は多様な対応をしてきました。国連は、軍事政権に対して、人権状況の改善と民主化を求める決議を毎年採択し、人権状況に関する調査を継続しています。欧米諸国の中では、アメリカがもっとも厳しい態度を取っており、厳しい経済制裁によって、ミャンマーからの輸入や米企業のミャンマー投資を禁止してきました。
また、民主化や人権侵害などミャンマーが抱える問題については、市民社会も活発な活動を展開してきました。その主張の矛先は、企業にも向けられました。「ミャンマーに投資をすると軍政が収入を得るので、企業は即時ミャンマーから撤退すべき」という考えから、同国に投資している企業、特に有力な多国籍企業は批判の矢面に立たされることになりました。
事例としては、欧米の制裁後も現地でビジネスを続けていた唯一の米企業、ユノカル社がミャンマーの地域住民から米国連邦裁判所に訴えられた「ユノカル事件」が有名です。これは、同社のミャンマーにおける天然ガス・パイプライン建設事業において、工事の警備を請負ったミャンマー軍が強制労働、強姦、略奪などの人権侵害を引き起こしていたことが発覚、1996年に同社がその責任を問われたものです。最終的に2004年12月に公表された和解では、会社側が原告に補償を支払い、生活条件、医療、教育などを改善するためのプログラムを開発する資金を提供することになりました。裁判の場以外でも、この一件で同社株を売却する株主が続出、ユノカル社は大きく評判を落とすこととなりました。
ミャンマーのように大きな潜在能力を有する国に、いち早く進出して市場を獲得することは、企業にとって大きな魅力です。我が国においても、2010年に閣議決定した新成長戦略で「パッケージ型インフラ輸出」を重点施策と位置づけており、ミャンマーのような新興国において急増するインフラ需要の取り込みは、日本企業にとっての死活問題であるとさえ言われています。
他方で、ビジネスによる成果をあせるあまり、現地社会への配慮を怠ってしまっては、ユノカル社の二の舞となるリスクが待ち受けています。特に、国際的監視の目が緩和されたばかりである現在のミャンマーは、ビジネスを行なうにあたって、個々の企業による独自の「現地社会に対する高い感受性」が要求される状況であると言えるでしょう。
「規制」という枠が取り払われつつある今、ビジネスを通じてミャンマーという国、そしてその社会とどのように向き合うのか。各国の企業が、自社の社会的責任への感度を、ビジネスを通じてアピールする舞台は整いつつあります。