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アジア・マンスリー 2012年5月号

【トピックス】
中国の「国進民退」をどう評価するか

2012年05月01日 三浦有史


中国の統計からは「国進民退」は確認できない。一方、米中経済安全保障委員会はGDPの5割超が、政府が直接ないし間接的に支配する企業によって生み出されているとしている。

■統計では確認できない「国進民退」
米議会の諮問機関である米中経済安全保障委員会(U.S.-China Economic and Security Review Commission)は、2011年10月、『中国における国有企業と国家資本主義の分析』と題する報告書を発表し、国有企業の役割を過小評価すべきではないとした。「国家資本主義」(state capitalism)とは、市場原理を導入しながらも権威主義的な政治体制を維持する国々の総称であり、最大の特徴は市場原理を取り入れはするものの、国家が市場のレフリーではなく、プレイヤーを兼ねることで国際競争力を高め、体制維持を図ろうとすることにある。
2012年2月、世界銀行が国務院発展研究センターと共同でまとめた報告書『2030年の中国:現代的・調和的・創造的高所得社会の構築』では、中国が目標どおりの経済成長を遂げた場合、購買力平価でみたGDPは今後10年で米国を上回るとしている。ユーロ圏の債務危機や米国経済の先行きに対する不安がなかなか払拭されないなか、世界経済における中国の影響度は上昇する一方である。「国家資本主義」は、資本主義と民主主義をワンセットと捉える欧米諸国にとって世界の政治経済秩序を脅かしかねない問題と危惧されている。
「国家資本主義」は、近年やや下火になったとは言え、中国国内でも「国進民退」として盛んに議論されてきた。「国進民退」とは、国有企業が存在感を高め、民間企業が市場からの退出を余儀なくされる市場経済化の後退を示す現象である。「国進民退」は、リーマン・ショック後の4兆元の景気対策を機に国有および国有持ち株企業の投資が高い伸び率を示したことや国有企業による民間企業の買収が相次いだことを受け、2009年にメディアや経済学者から盛んに指摘されるようになった。政府の見解は、生産、雇用、投資など所有形態別の統計を見る限り、民間部門の成長率が国有部門を上回っており、「国進民退」は当たらないというものである。
右図は、所有形態別統計が整っている都市雇用に占める国有企業の割合、そして、工業生産に占める国有企業および国有持ち株企業の割合をみたものである。「国有持ち株企業」とは、「国家が所有する資本が他のどの単独の出資者よりも多く、政府が経営支配権を有する企業」を指す。中国には国有企業の民営化や国有企業の出資によって設立された有限責任企業や株式有限企業が少なくない。所有制の点からはこれらは民間企業に分類されるが、最終的な経営支配権は政府にあるという点で「国有持ち株企業」は国有企業と同一とされる。国有企業改革が本格化した1988年以降、経済に占める国有部門の割合は劇的に低下しており、「国進民退」は根拠を欠いた批判であるようにみえる。

■リスク高い「国家資本主義」
冒頭で述べた米中経済安全保障委員会の報告は、国有企業および国有持ち株企業が生み出す付加価値の割合を5割超と推計している。5割超とした根拠は、中国では「国有持ち株企業」の実態が正確に把握されていないというものである。例えば、「中企」とよばれる中央政府管轄の巨大国営企業は1社当たり100社程度の子会社を有するとされる。国務院国有資産監督管理委員会(SASAC)によれば2012年3月時点で「中企」は117社あり、支配下にある子会社は1万社を超える計算になる。
ところが、『第二次中国経済普査2008』によれば中央政府管轄の国有企業はわずか1,644社に過ぎない。こうした乖離が生じる理由は、子会社のほとんどが国有企業100%出資の子会社としてではなく、有限責任や株式有限企業などのかたちで設立されているためである。子会社の経営支配権を持つには5割の出資で十分であり、その他は他の法人、個人、外資から出資を募ればよい。この子会社がさらに子会社(孫会社)を設立する場合も同様に50%出資で経営を支配できる。100社とされる子会社群は右図のようなピラミッド型の出資構成によって形成されているのである。
右図の企業は、最終的な経営支配権が誰にあるのかという点からは全て「国有持ち株企業」である。しかし、所有形態からは、T1やT2-1が国有企業あるいは国有独資有限責任企業に分類される一方、それ以外については「有限責任」や「株式有限」に分類される。これらが国有持ち株企業か否かを区別するには、最終的な経営支配権を有するのは誰かを特定しなければならないが、上場企業でない限り出資者の構成を開示する義務がないため、その作業は容易ではない。米中経済安全保障委員会の推計は、「最終的な経営支配権を有するのは誰かを特定すれば」という前提に立って行われたもので、中国では最終的な経営支配権にしたがって企業の分類がなされておらず、「国有持ち株企業」は政府が想定する以上に大きいことを指摘している。
米中経済安全保障委員会の報告が「国進民退」の実態をより正確に捉えていることは、SASACの次の発表によって裏付けられた。SASACは、2010年3月、不動産市場の過熱を防ぐため、「中企」が有する700社を超える不動産子会社を373社に減らしたことを発表した。これは不動産市場の沈静化に向けた政府の取り組みを誇示するものとして発表されたものの、「中企」が子会社を通じていかに不動産開発に深く関与しているかを明らかにするものでもあった。子会社を通じて行う「中企」の不動産開発を政府が本当に抑制できるか否かは、中国国内でも疑問視されている。
フォーチュン誌の世界トップ500企業にランクインした中国企業は、2001年の6社から2011年に38社に増えた。SASACは、5カ年計画(2011~2015年)の核心的目標は世界一流の企業を作ることにあるとしている。世界トップ500社に名を連ねる企業のほとんどは株式会社であり、町工場やガレージを起業のスタートとする企業も多い。中国は、国家が国内市場の独占を許容するとともに有形無形の支援を行うことで、こうしたプロセスを一気に飛び越そうというわけである。これは国際市場においては確かに脅威であるが、上の不動産開発にみるようにガバナンスという点からは非常にリスクの高いアプローチといえる。新指導部には、フォーチュン誌に何社をランクインさせるかではなく、「国進民退」の再評価を通じて国有企業改革を新たな段階に進めることが求められる。
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