アジア・マンスリー 2012年5月号
【トピックス】
拡大するインド市場とASEANからの輸出
2012年05月01日 大泉啓一郎
インドの国内市場が着実に拡大するなか、インドの輸入が急増している。インド市場における地位確保には、日本からの輸出促進や現地進出に加えて、ASEANの生産拠点からの輸出が重要な鍵を握る。
■着実に拡大するインド市場
インドの実質GDP成長率は、2010年10~12月期の前年同期比8.3%をピークに減速傾向にあるものの、2011年(通年)は前年比7.1%台と高水準を維持した。過去5年間(2007~2012年)の平均成長率は8.1%と高く、IMF(国際通貨基金)の経済見通しによれば今後5年間も年平均8%程度の成長を維持する見込みである。
一人当たりGDPは1,457ドルと低いが、高成長に伴い、インド市場は量・質ともに大きく変化してきた。経済産業省の『通商白書』によれば、家計可処分所得(年間)が15,000ドル以上の家計の比率は、2000年の1.2%から2010年には13.2%に上昇した。これに人口を掛け合わせると当該家計人口は1,300万人から1億6,000万人に増加したことになる。乗用車の販売台数は、2002年の73万台から2011年には297万台に、コンピュータの販売台数も同期間にデスクトップが167万台から620万台に、ノート型が4万台から356万台に急増した。耐久消費財だけでなく、石鹸や洗剤などの日常生活に用いる消費財の需要も活発で、低所得層の消費市場も「BOP市場」として注目を集めている。
わが国企業のインド市場への期待は高い。国際協力銀行(JBIC)が発表した『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告(2011年度版)』によれば、インドは有望な投資国として中国についで第二位となっている。有望理由の第1位は「現地マーケットの今後の成長性」であり、回答率(複数回答)は90.5%と高い。
こうしたインド市場の拡大は輸入の急速な増加につながっている。輸入額は2000年の513億ドルから2010年には3,292億ドルと6倍となった。
輸入地域・国をみると、東アジアからの輸入が2000年の13億ドルから2010年には135億ドルと10倍に増加しており、輸入に占める東アジアの割合は20.5%から31.6%に急上昇した。
そのなかでも中国・香港からの輸入が24億ドルから486億ドルと約20倍に増加した。その結果、全体に占める割合は4.9%から15.6%に上昇した。他方、日本からの輸入は、金額では22億ドルから82億ドルへ増加したものの、その割合は4.5%から2.6%へ低下している。日本はインド市場の参入に遅れをとっているといわざるを得ない。
このようななか、2011年2月、日本とインドの間で「日印包括的経済連携協定」が署名され、同年8月1日から発効した。これにより両国の貿易額の約94%に相当する品目についての関税が10年以内(2022年まで)に撤廃される予定である。ただし、インド側の関税撤廃の多くが発効後5年目以降になされること、わが国の賃金水準が近隣諸国に比べ高いことを勘案すれば、同協定によりインド向け輸出が即座に促進される可能性は低い。そうだとすればインド市場の確保には、現地進出が不可欠と判断する企業も少なくないだろう。ちなみに、日本銀行の直接投資データではインドへの投資は、2009年が729億円、2010年が1,579億円、2011年が924億円となっている。
■ASEAN諸国からインド市場に参入
生産拠点のグローバル化が進む今日において、インドへの直接進出だけが市場確保のツールではない。ASEAN諸国からのインド市場への参入も重要な視点である。
インドのASEAN諸国からの輸入は、2000年の41億ドルから2010年には485億ドルに増加している。とくに、タイやマレーシア、シンガポールからの輸入が多く、その内訳をみると、自動車部品、エアコン、冷蔵庫などの家電品、石油化学原材料など、進出した日本企業の生産する製品が中心となっている。この背景には、1985年のプラザ合意以降、日本企業がASEANに本格的に進出し、大規模な生産拠点を形成したことがある。これら3カ国への日本企業の直接投資残高は、2010年末時点で3兆4,643億円と中国の3兆8,526億円に匹敵する。いみじくも、タイの洪水で明らかになったように、わが国はASEAN諸国に工業地帯と呼べるような生産拠点を有している。これらを活用し、インド市場を確保することは重要な戦略である。実際に、前出のJBICのアンケートで、タイやマレーシアを第三国向けの輸出拠点と考える企業は中国よりも多い。
加えて、ASEANとインドの間では2010年1月に「インドASEAN包括経済協力枠組み協定」が発効している。また、シンガポール、タイ、マレーシアは二国間自由貿易協定も締結・発効しており、これらのなかから、より良い条件を見出すことがインド市場参入の要となる。
将来的には、インド市場を確保する上では、インド国内に生産拠点を持つことが不可欠となろう。とはいえ、世界銀行の『Doing Business 2012』が指摘するように、インドの投資環境の評価は183カ国・地域中132位と低い。また、わが国においても進出が本格化するなかで、「インフラの未整備」や「法制運営の不透明さ」、「徴税システムの複雑さ」などの問題点が指摘されるようになっている。
このような投資環境の厳しさを考慮すれば、ASEAN諸国などの第三国の拠点からの輸出も大いに検討されてよいだろう。