オピニオン
【環境・社会視点のリスク情報】(3)医薬品 「アクセス問題」は新興国戦略にも
2012年04月01日 ESGリサーチセンター、小崎亜依子
医薬品セクターを取り巻く環境は、厳しさを増している。医薬品メーカーはこれまでよりも早いスピードで新たな市場の開拓に取り組む必要がある。その方法としては、ジェネリックへの参入、M&Aなど様々な取組みが考えられるが、今後、成長が期待される新興国への参入が切り札となろう。
●戦略面での危機に直面する医薬品セクター
高齢化の進展により、医療費の負担が増える先進国では、薬剤費引き下げ圧力が続いている。日本でも、度重なる薬価切り下げに加えて、ジェネリックの普及を政府が後押ししている。さらに、2010年問題といわれるように、これまで医薬品メーカーの収益を支えてきた大型医薬品(ブロックバスター)の特許切れがここ数年で相次いでいる。
特許切れ前に新たなブロックバスターを次々に創出できていれば問題なかったが、新薬の開発は困難を極めている。米国では、特許切れ後は、売り上げが半減するとも言われているように、特許切れのインパクトは計り知れない。市場環境の変化を受け、製薬メーカーの多くのCEOは、業界は“戦略面での危機”に直面していると感じている(注1)。
●新興国戦略にもなりうる「医薬品アクセス問題」
こうした中で期待される新興国への参入は「医薬品アクセス問題」とも密接な関係がある。医薬品アクセス問題とは、発展途上国を中心に、医薬品が高価であることや医療システムの不備などにより、必要な医薬品へのアクセスが限られる問題のことを言う。医薬品セクターには、生物多様性保全、廃棄薬剤の水環境汚染など、さまざまな環境・社会面でのリスクがあるが、医薬品アクセス問題は中でも重要なリスクとして認識されている。
HIVエイズ、マラリア、結核の3大感染症に加え、顧みられない熱帯感染症は、発展途上国にとって依然として大いなる脅威である。こうした発展途上国での疾病に対する医薬品の提供において、医薬品メーカーは特許開放、適切な価格での提供、顧みられない疾病に対する研究開発などの取組みが求められている。
この医薬品アクセス問題には、以前からNGOが高い関心を示しており、しばしキャンペーンなどが展開されてきた。しかし、製薬メーカーにとって、この問題への対応はNGOからの批判を避けるというレピュテーションの問題だけではない。発展途上国の貧困軽減に貢献することは、現地政府と良い関係を築くことにもつながる。現地で活動を行うことで、その市場のことを知る機会を得ることができ、新たな事業機会の発掘にもつながる可能性もある。このように、医薬品アクセス問題への対応は、新興国戦略を有利に進めるという側面も持つのである。
●医薬品アクセス問題への対応は「長期投資」
医薬品アクセス問題への対応では、日本企業の取組みは相対的に遅れている。Access to Medicine財団がこの問題への対応度をランキングにして公表しているが、上位10社に日本企業の名前はない。ただし、足元では各社対応を進めており、中には、この問題への対応を重要な経営課題の1つと捉えている経営者もいる。
例えば、エーザイの社長は、こうした問題への対応は「長期投資」だと捉えている(注2)。2012年1月30日に、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、世界保健機構(WHO)、世界銀行、米国・英国政府、顧みられない熱帯病の蔓延国、製薬メーカーが一緒になって、2020年までに顧みられない熱帯病制圧に向けて共闘するという共同声明「ロンドン宣言」を発表したが、同社は日本の製薬メーカーとして唯一この宣言に参加している。
そして、宣言内容を具体化するための施策として、2012から2017年の6年間、顧みられない熱帯病の1つであるリンパ系フィラリア症治療薬を合計約22億錠製造し、WHOに対して無償提供することを決定している。こうした取組みは、単に社会貢献的に実施するのではなく、ロゴの入った薬を供給することで社名の認知度を上げ、後の事業機会を開拓することを念頭においている。その意味で「長期投資」なのである。
もちろん、その成果はすぐに出るわけではないが、新興国戦略において、競争上の優位に立てる可能性を秘めている。製薬メーカーの長期的な競争優位を考える上で、医薬品アクセス問題への対応を見ることは重要だと考える。
注1:"Fight or flight?" Roland Berger (2010 October)
注2:日本経済新聞 2012年3月4日朝刊
*この原稿は2012年3月に金融情報ベンダーのQUICKに配信したものです。