オピニオン
CSRを巡る動き:デフレ企業とCSR
2012年03月01日 ESGリサーチセンター
継続的に物価が下落している状態を意味する「デフレ(デフレーション)」が、我が国において長期化しています。総務省が1月27日に発表した2011年消費者物価指数は、値動きが激しい生鮮食品を除くベースで99.8(2010年=100とした比較)となっており、3年連続で前年の物価を下回ることが明らかとなりました。特に現在の日本は、東日本大震災や欧州債務危機、円高等による、経済の先行き不透明感が消費性向の低下に繋がっている状況です。
個々の家計による消費支出が減少している中、近年は低価格帯の製品・サービスの販売で売上げを伸ばす、所謂「デフレ企業」に注目が集まっています。新宿や銀座といった超一等地にある商業施設の一階は、”ファスト・ファッション“と呼ばれる、最新の流行を取り入れながら低価格に抑えた衣料品を販売する店舗が占めています。また、業界大手の牛丼チェーンやハンバーガーショップは、値下げ競争を繰り返しつつも、押しなべて好調な業績を維持しています。
これらの企業は、低価格帯を維持しつつ、企業努力によって消費者を満足させる品質の製品・サービスを提供することで成功した企業です。一方、同じく「デフレ企業」として注目を浴びつつも、中には消費者に対し、必ずしも誠実なビジネスを実践しているとは言い難い企業も存在します。
「”低所得”という社会課題」に取組んでいるとも言えるデフレ企業ですが、「安かろう、悪かろう」という製品・サービスでは、必ずしも消費者の生活向上に貢献しているとは言い切れません。質の悪い製品が原因で、かえってコストがかかったり、思わぬ怪我をしたりする可能性もあるでしょう。果たして、デフレ企業に対して求めうる社会的責任とは、どのようなものなのでしょうか。
現在のデフレ状況下で成功している企業に共通して言えるのは、「社会の変化に対する敏感さ」です。持続的に物価が低下しつつある中で、ビジネスを成功させるためには、各家庭の”お財布事情”を的確に把握している必要があります。また、消費者の求める価値の核となるものを把握し、製品・サービスに対し適切なフレーミングを行なう能力も重要です。これらを実践しうる企業とは、ある意味で社会の動きに目敏く立ち回ることができる企業であるとも言えます。
しかし、この「社会の変化に対する敏感さ」は、必ずしも「社会的責任への意識の高さ」を意味するものではありません。中には社会の変化を見抜くことで、消費者の目を欺いた詐欺まがいのビジネスで儲けようとする企業も存在します。消費者に誠実でありながら、ビジネスを成功させているデフレ企業に共通する特徴は、「消費者との価値共創」の実践です。
従来、企業が製品・サービスによって提供する価値とは、主に企業によって創造されるものであり、消費者はその名の通り「消費」のみをする存在と考えられてきました。しかし、アメリカの経営学者である、故C.K.プラハラード教授らが提唱した「価値共創」という概念においては、企業と消費者は共に価値を作り上げていくパートナーです。製品やサービスを通じてではなく、企業と消費者それぞれの経験の交流を通じて創出される価値は、企業単体によるものよりも、更に大きなものとなりえます。スウェーデンの家具販売の大手「イケア」の製品は、そのデザインの良さで日本でも人気ですが、そのほとんどは組み立て式です。また、店舗では顧客が自ら倉庫エリアから製品をレジまで運び、自動車で持ち帰るスタイルを基本とすることで、製造コスト・人件費・配送費を極限まで削減した結果、顧客満足を維持しつつも驚異的な低価格帯を実現することに成功しました。低価格帯という制約条件がある中で、追加的なコストを生まずに消費者における製品・サービス価値を維持し、高めていくためには、企業と消費者の「価値共創」は必須であるとも言えるでしょう。
低価格帯の製品・サービスを提供しているという事実は、単に「どの顧客セグメントを対象にビジネスを行っているか」ということのみを意味します。その会社が、社会にとって良い会社かどうかを判断するには、別の尺度が必要です。単に安い製品・サービス販売によって収益をあげようとしているのか、消費者との「価値共創」関係を基盤として持続的なビジネスを構築しようとしているのか、それこそが企業の社会的責任への感度の高さを表す尺度であるといえるでしょう。
社会的責任を伴うデフレ企業が消費者に提供しているのは、単なる製品・サービスの価値ではなく、共に価値を創造するためのプラットフォームです。我々は、デフレ状況下の消費者として、企業のビジネスが提供するものの本質を、より注意深く見極める眼が求められています。