アジア・マンスリー 2012年3月号
【トピックス】
転機にある韓国の経済社会
2012年03月02日 向山英彦
最近、韓国では従来の政策の見直しが進められている。この背景には、これまでの政策が国民の生活水準の向上にさほどつながっていない一方、財閥企業への経済力集中を招いていることがある。
■転換を迫られる「韓国モデル」
サムスン電子や現代自動車など、韓国企業の世界市場における躍進には目を見張るものがある。その一方、韓国国内では財閥企業に対する批判がここにきて再び高まっている。李明博政権の下で進められた規制緩和(財閥に対する総額出資制限制度の廃止、中小企業固有業種制度の廃止など)によって財閥企業の事業領域が拡大した結果、財閥への経済力集中や中小企業の経営圧迫などが問題になっていることが背景にある。
韓国経済の特徴は輸出の成長への寄与度が高く、輸出の約7割を財閥系企業が担っていることである。2011年の実質GDP成長率は3.6%であったが、輸出の成長寄与度は5.3%になった。輸出の拡大は、①企業による新興国を中心とした海外市場の開拓(現地ニーズに見合う商品開発や広告宣伝)、②政府によるFTA(自由貿易協定)網の拡大、③ウォン安などに支えられている。
日本ではグローバル化で先行した「韓国モデル」が一部で高く評価されているが、韓国国内ではそうではない。若年層の就職難や不安定な雇用環境はこの10年間さほど改善されていないほか、所得格差の拡大と貧困の増加が問題になるなど、財閥に依存した成長が国民の生活水準向上にさほど結びついていないからである。
まず、雇用環境である。韓国の統計上の失業率は低いが、必ずしも実態を反映しておらず、国民の実感と著しく乖離している。
失業率が低い理由の一つは、景気が悪化すると「非労働力」が増加することである。求職活動を断念するほか、若年層では就職予備校や公務員試験予備校、大学院などへ通う者が増える。若年層の「事実上の失業率」は20%を超えるとされており、いわゆるSKY(ソウル、高麗、延世)の一流大学を卒業しても、大企業に正規職として就職出来るのはほんの一握りでしかない。高学歴の「無業者」も相当数存在する。大学進学率の上昇や「大企業就職願望」も影響しているが、通貨危機後、企業が新卒採用を絞っていること、正規職で知識や技術を生かせる「質の高い」雇用が十分にないことによるところが大きい。興味深いことに、大学進学率は2008年に過去最高の83.8%となった後低下に転じ、2011年は72.5%となった。教育投資に見合う効果が期待しにくくなったためと考えられる。
失業率を低くしているもう一つの理由は、自営業者が多いことである。流通業の効率化の遅れに加え、大企業を「名誉退職」した人達による開業の多さも一因である。景気が悪化して自営業者が倒産しても、失業率に反映されにくい。
つぎに、格差と貧困である。農家・単身世帯を除く全国世帯の所得(可処分所得ベース)格差をみると、ジニ係数(1に近いほど不平等度が大きい)は 2003年に0.277だったものが2010年には0.288へ上昇した。上位20%の下位20%に対する所得比率は4.43から4.81へ上昇するなど、格差は拡大傾向にある。さらに、相対的貧困率(所得の分布における中央値の50%に満たない国民の割合)が11.4%から12.5%へ上昇したように、貧困も増加している。
■進む政策の見直し
「大企業寄り」との批判を受けて、政府は当初の減税と規制緩和路線の見直しに乗り出した。2010年11月に流通産業発展法を改正し、在来市場から500メートル以内への大型店の出店を禁止したほか、同年末に「同伴成長委員会」を発足させ、大企業と中小企業が利益を共有する仕組み作りを開始した。2011年9月には与党との協議の末、翌年予定していた大企業に対する法人税率引き下げを撤回(中小企業向けは実施)した。さらに今年に入り、大企業に対して、中小企業が本来担う事業からの撤退、休日出勤(労働時間規制の対象外)の抑制による雇用創出などを要請した。ちなみに、韓国の年間労働時間数は短縮化傾向にあるものの、OECD諸国のなかで最も長い。
財閥企業も、オーナー一族による財団の設立や寄付などにより利益の社会還元を積極的に進めているほか、最近になりサムスンや現代自動車、ロッテグループなどがベーカリー事業からの撤退を表明するなど、政府の方針に従う姿勢を示している。
今年4月に総選挙、12月に大統領選挙を控える与党ハンナラ党に危機感をもたらしたのが、昨年10月のソウル市長補欠選挙での敗北(大企業への経済力集中を批判してきた朴元淳氏が当選)であった。12月には、野党の民主党が院外政党と共同で新党(統合民主党)を結成して、財閥規制を強化する政策を打ち出した。こうしたなかで、ハンナラ党も政策転換を加速させた。1月に「公正な経済秩序の確立」を目標として福祉の向上と雇用対策に力を入れる新しい政策方針を発表したのに続き、2月には党名をセヌリ(新しい世の中)党に変更する予定である。
経済成長がビジネスチャンスを作り出すことを考えれば、成長か雇用ではなく、「雇用を伴う成長」が追求すべき方向であり、この点では魅力のある(技術力が高く成長力がある)中小企業の育成が重要である。雇用の創出だけではなく、財閥企業への経済力集中の防止にも寄与するからである。財閥企業に過度に依存した成長からの脱却が今後の課題といえよう。