オピニオン
CSRを巡る動き:ブラックスワン・リスクと企業のESG対応力
2011年07月01日 ESGリサーチセンター
4月18日、イギリスに本社を置くエネルギー関連企業のBPが、メキシコ湾岸原油流出事故の発生後1年を経て、事故発生後初めてとなる株主総会を開催しました。同社の石油掘削施設の爆発は、史上最悪の原油流出事故とされており、大西洋クロマグロの主要な産卵場2つのうちの1つが流出した原油で完全に汚染されるなど、環境にも甚大な影響を与えたものです。この事故により、同社は数百億USドルという巨額の被害を出したほか、総会では事故関連の情報開示不足を理由に、同社の年次報告に多くの反対票が投じられることとなりました。
近年、ビジネスを実施する上でのリスクの概念に、パラダイムシフトが生じています。上記のBPによる原油流出事故や、最近では東日本大震災に伴う東京電力の福島原子力発電所事故は、「ブラックスワン・リスク」と呼ばれ、企業におけるリスク対策のあり方に関する議論を、根底から覆すこととなりました。
ブラックスワン・リスクとは、金融トレーダーとしての経歴を持つ認識論の研究家、ナシム・ニコラス・タレブ氏の著作「ブラックスワン」に由来しており、リスクマネジメントにおいてその概念が応用されたものです。
古来、西洋では白鳥(スワン)と言えば“白いもの”とされており、英語で「無駄な努力をする」ことを表すものとして「黒い白鳥を探す(Looking for a black swan)」という言い回しすらありました。しかし、1697年にオーストラリアで実際に黒い白鳥が発見されたことで、人々は自らが真実として信じてきたものが、あくまで経験的観測にすぎなかったことを認識することになりました。タレブ氏はこの史実を引用し、「予測が不可能であり、またその発生が非常に強いインパクトをもたらすものでありつつ、一旦起きてしまうと、それらしい説明が可能である出来事」を“ブラックスワン”と名づけました。
ここから派生して、主にビジネスリスクのマネジメントにおいて、過去の経験からは発生の予測が困難でありながら、一度発生すると、企業の存続自体に影響を及ぼすほど甚大なインパクト与える事故や不祥事を“ブラックスワン・リスク”と呼ばれるようになりました。
環境問題の深刻化、ビジネスのバリューチェーンのグローバル化、そしてソーシャル・メディアの台頭といった近年の動きは、ビジネスのステークホルダーを多様化し、またその影響力を平準化しました。従来必ずしも大きな発信力を持っていなかった少数派のステークホルダーが、ツイッターやブログといったメディアで企業を告発することが可能となりました。ブラックスワン・リスクの出現は、このようなビジネスに対する“民主化”が、近年一段と進展していることを背景としています。
企業にとって、過去の前例のみを考慮した従来型の選択的リスクマネジメントは、もはや有効とはいえません。ブラックスワン・リスクに対応するためには、自社ビジネスが関与する社会・環境の変化を把握しつつ、未来の不確実性を包含しようとする、全方位的なリスクマネジメントが必要です。
また、ブラックスワン・リスクの顕在化は、金融機関においても、企業の「リスク耐性」評価の見直しを迫ることとなりました。過去の経験則から予期しえない、言わば市場の異常リターンへの対応力を測る必要性が高まる中、企業の社会・環境問題への感度の高さを測るESG(環境・社会・企業統治)評価に、改めて注目が集まっています。
ESGは、投資の意思決定プロセスにおいて考慮されるべき環境・社会・企業統治(ESG)要因を指すものとして、2006年の「国連責任投資原則(UN PRI)」において提唱されました。金融機関による、社会・環境の持続的発展への貢献を期待と共に広まったESGは、社会・環境の変化と共に、ビジネスそのものの持続的発展にも欠かせない要素となりつつあります。ここ数年、ブラックスワン・リスクの存在がますます重視されつつある傾向は、企業と社会・環境の目指すべき発展の方向性が統合しつつあることを示すものであると言えるでしょう。