オピニオン
CSRを巡る動き:被災地復興支援ファンドと新たな受託者責任
2011年06月01日 ESGリサーチセンター
東北地方に大きな被害をもたらした東日本大震災の発生から、早くも2ヶ月が過ぎました。津波の被害を受けた地域では、未だに断続的な余震が発生しており、避難生活を続ける人々の生活は今も苦しい状況が続いています。道路や橋、通信、住居といった人々の社会基盤は壊滅的な状態となっており、行政を中心に懸命の復旧作業が進められています。しかし、何よりも深刻なのは、現地地場産業の崩壊による経済活動の停滞です。農業・水産業などの地域の有力産業は津波により壊滅的打撃を受けた他、雇用の悪化が引き起こす消費減退が悪循環となり、被災地は経済復興のきっかけを掴むことが難しい状況です。
そのようななかで、民間企業による新たな取組みとして注目されているのは、金融アプローチによる復興支援である「被災地復興支援ファンド」です。
被災地復興支援ファンドとは、震災の影響により事業存続が困難な状況にある、多くの被災企業や地方自治体に対し、復興に向けた中長期的な資金供給を行うことを目的とするものです。その名の通り、復興を「支援」することを目指すものであり、出資金と同額程度の寄付金をセットにして投資を募るものや、信託報酬の一部を被災地への寄付とするもの等、社会貢献的な要素を盛り込んだものとなっているのが特徴です。
中でも、ミュージック・セキュリティーズ社が運営する「セキュリテ被災地応援ファンド」は、個々人の復興支援への思いを、投資として被災企業に繋げるユニークな取組みです。「セキュリテ」とは、揺ぎ無い哲学と一流の技術・経験を有する事業者と、それを応援したい個人投資家による価値の共有を目的とした、インターネット上のプラットフォームです。これまでも、個人投資家に対して、循環型農業の実現を目指したエコファーム事業や、開発途上国の貧困削減を目指したマイクロファイナンス事業などへの出資を募る場を提供してきました。
今回の被災地応援ファンドでは、三陸沿岸部で事業を展開し、東日本大震災で大きな被害を受けた6事業者に対して、事業の早期再建を目指した取組みを支援しています。日本全国の個人から応援金(寄付)と出資金を組み合わせて資金を募り、各社の復興に向けた直接的な事業費として活用される予定です。
このように、投資によって得られる財務的利益以上に、ポジティブなインパクトを社会・環境に与えることを主たる目的とする投資は、インパクト・インベストメントやソーシャル・インベストメントと呼ばれ、近年注目を集めています。従来の社会責任投資(SRI)と呼ばれる投資が、企業の活動による社会・環境への悪影響に注目し、その軽減を目指すものが発端とされているのに対し、これらの投資は、ビジネスという手段を用いて、より積極的に社会・環境に好影響を与えようとしているものです。
2010年11月に、JPモルガン社とロックフェラー財団が発表したレポートによると、今後10年間でインパクト・インベストメントの市場は4千億ドルから1兆ドルになると予想されています。また、わが国においても、2011年3月現在の個人向けの社会貢献型債券の類型販売額が4,824億円となっており、「新たなる市場」として定着しつつあると言えるでしょう。
従来、社会貢献を本業としない一般の人々にとって、手軽に行なえる社会貢献の選択肢は、ボランティアか寄付に限られていました。また、企業の実践する社会貢献活動では、自社で独自に行なう活動を除けば、NGO/NPOや教育機関等への助成金交付が一般的な形となっています。ソーシャル・インベストメントや、インパクト・インベストメントは、これらの「社会貢献に関心のある個人や企業」に対して、寄付とは異なる新たな選択肢を提供しました。金融の世界において、従来の個人投資家・機関投資家とは異なる投資インセンティブをもつ、新たなコミュニティが形成されつつあるとも言えるでしょう。
これまで、金融機関は投資家の有する「財務リターンの最大化」というインセンティブに対応することを、主たる受託者責任と考えていれば問題ありませんでした。ソーシャル・インベストメントや、インパクト・インベストメントという新たな投資形態の出現は、金融機関にとっての「新たな受託者責任」について考える機会を作り出しています。