コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2011年12月号

減速するも安定した成長が続く2012年のアジア経済

2011年12月01日 調査部環太平洋戦略研究センター


2012年のアジア経済は先進国の景気低迷の影響を受けるものの、アジアを含む新興国の需要拡大に支えられて安定した成長を続けるものと予想される。中国とインドは8%台の比較的高い成長となろう。

1.2011年のアジア経済
アジア経済は内外需の拡大に支えられて安定成長を続けてきたが、足元では世界経済減速の影響により一部で減速傾向が強まっている。欧州の財政・金融不安も影を落としている。

■景気は緩やかに減速、一部で減速傾向強まる
アジア経済はリーマン・ショック後の景気の落ち込みから急回復し、2010年は極めて高い成長率となり、シンガポール、台湾、中国では2桁の成長を記録した。2010年半ば以降それまでの高成長の反動で成長率は低下しつつも、総じて安定成長を続けてきた。3月11日に生じた東日本大震災の影響も限定的にとどまった。
足元をみると、引き続き高い成長を維持する国がある一方、一部で減速感が強まるなど、国・地域によりばらつきがみられる。
中国やインドネシアなどでは内外需の拡大に支えられて2011年7~9月期も前年同期比9.1%、6.5%と比較的高い成長となった。マレーシアでは消費が7.9%増と著しく拡大したことにより、前期の4.3%を上回る5.8%となった(東日本大震災の影響が薄れた効果も)。消費の拡大には、後述する一次産品価格上昇に伴う所得の増加が寄与している。
インドでは4~6月期の実質GDP成長率が7.7%となったが、足元では減速感が強まっている(後述)。
他方、輸出依存度が高く、IT(情報技術)関連機器や電子製品などが主力産業となっているシンガポールや台湾、韓国などでは輸出の減速により、成長率は低下傾向にある。台湾では7~9月期の実質GDP成長率が前年同期比で4~6月期の4.5%を下回る3.4%、前期比年率換算で▲0.6%となった。韓国では前年同期比は4~6月期と同じ3.4%であったが、前期比は0.9%から0.7%へ低下した(韓国の7~9月期は速報値)。
輸出(通関ベース)の動きをみると、四半期ベースでは2010年1~3月期から2011年7~9月期まで2桁の伸びが続いているが、資源関連の輸出が好調なインドネシアを除き、全体として減速傾向にある。月次ベースでは、台湾で8月、9月、韓国で10月(速報値)に前年同月比1桁の伸びへ低下するなど、減速傾向が強まっている。
世界経済減速の震源地は欧州である。欧州では債務危機が再燃し、それが実体経済の悪化につながっている。今後の財政再建策の実施や金融機関の貸し渋りの影響により、景気後退のリスクが出てきた。欧州委員会は11月10日、ユーロ圏17カ国の実質GDP成長率予測を2011年1.5%、2012年0.5%になると発表した。米国政府も9月1日に発表した年央経済見通しで、2011年の実質GDP成長率予測値を1.6%と、2月の予算教書発表時の3.1%から大幅に下方修正した。
先進国の景気減速に加えて、これまで輸出を牽引してきた新興国経済も減速している。インフレの加速を受けた政策金利引き上げの影響に、世界経済減速の影響が重なったことによる。景気減速の兆しが強まったことを受けて、ブラジル中央銀行は8月に続き、10月にも利下げを実施した。ブラジル政府は11月18日、2011年の実質GDP成長率見通しを従来の4.5%から3.8%に下方修正した。
中国の輸出動向をみると、欧米向けが全体を下回る伸びとなっているほか、ASEAN,BRI(ブラジル、ロシア、インド)、ラテンアメリカ向けも減速傾向にある。中国の輸出減速に伴い、部品や原材料を供給しているアジア諸国の対中輸出が減速している。台湾企業は生産拠点の多くを中国に移転しているため、世界的な需要低迷は対中輸出の伸び悩みとして現れる。液晶パネルが2010年9月以降、前年割れとなったのに続き、電子機器も減速傾向にある。
輸出の減速に伴い設備投資の拡大ペースが鈍化傾向にあるが、地域(都市)開発や国をまたぐ広域開発、輸送網の整備などが各国で進められており、こうしたインフラ投資が固定資本形成の増加につながっている。
中国では西部大開発や東北振興などの地域開発が本格化しており、インドでは物流網の整備を目的にした幹線道路の建設、港湾能力の拡充、各港湾と主要工業団地を結ぶ道路網の整備などが進められている。また消費の拡大に誘発された投資も活発化しており、コーヒー、サンドイッチ、衣料品などの専門店のほかに、コンビニやドラッグストア、総合スーパーなどの出店が相次いでいる。
消費の動きをみると、マレーシアとインドネシアではここにきて増勢が強まっているのに対して、それ以外の国では総じて減速傾向にある。マレーシアとインドネシアなどで消費が拡大している一因に、一次産品価格の上昇がある。現在、天然ゴムの生産上位国はインドネシア、タイ、マレーシアで、オイルパームに関してはインドネシアとマレーシアで全体の8割以上を占めている。一次産品価格の上昇は資源国や農村部の所得の増加につながっている。
また、アジアの消費拡大を支えている背景に「中間層」の増加が指摘できる。インドネシアでは2010年に1人当たりの名目GDPがほぼ3,000ドルとなった。これに加えて、消費者金融の発達とインフレ抑制(インフレが悪化した2008年との比較)を受けての金利水準の低下により、消費が拡大している。従来の都市部に加えて、一次産品価格の上昇により農村部の購買力が上昇したため、自動車や携帯電話などの販売が急拡大している。こうした動きはアジアのいたるところでみられる。
他方、消費が減速している国に多く共通するのは、資源を基本的に輸入していることである。一次産品価格の上昇によりインフレが加速し、それにより実質所得の伸びが低下したこと、インフレ抑制を目的にした利上げが相次いで実施されたことなどにより、消費が減速している。
韓国では一次産品価格上昇に伴い所得交易条件が悪化し、それにより実質国内総所得(GDI)の伸び率が低下している。その影響で2011年7~9月期の民間消費は2.2%増にとどまった(「韓国」を参照)。またインドではガソリン価格の高騰と自動車ローン金利の上昇が響き、2009年7月以降2桁の伸びが続いていた乗用車販売台数が2011年7月、8月、10月に(9月は1.0%増)前年割れとなった。

■インフレ率は総じてピークアウト
景気回復に伴う需要の拡大と一次産品価格の高騰により、多くの国で2009年半ば以降インフレ圧力が増大した。食料品や交通運賃などの上昇は都市部低所得層の生活に打撃を与えるため、2011年入り後、各国ではインフレ抑制が図られ、公共料金の据え置き、食料の緊急輸入、輸入関税の減免などが実施されたほか、政策金利が相次いで引き上げられた。
CPI(消費者物価指数)上昇率をみると、総じてピークアウトしつつある。中国では7月の6.5%をピークに3カ月連続で低下し、10月は5.5%となった。韓国では8月の5.3%から10月に3.9%へ低下した。いずれも食料品価格の上昇幅が縮小したことによる。ベトナムでは金融引き締め政策開始の遅れと為替切り下げの影響などによりインフレが悪化したが、政府の物価抑制策が効を奏して8月をピークに低下し始めた。
インフレ圧力が弱まるなかで、金融政策に転換の兆しがみられる。インドネシアでは景気減速を予防する目的から10月、11月に政策金利が引き下げられた。中国でも金融政策が微調整される可能性が出ている。中国政府は2011年の経済運営方針として「穏健な金融政策の推進」を掲げ、物価の安定をマクロコントロールにおける最重要課題と位置づけた。最近ではインフレに歯止めがかかる一方、中小企業の経営難が問題になってきたため、「適時適度な事前調整、微調整を行う」と表明し、過熱対策最優先の経済運営を転換する姿勢を示すようになった。
他方、インドでは卸売物価上昇率が8月の9.0%から9月、10月に9.7%へ上昇したように、インフレが加速する傾向にある。食料価格が落ち着き始めたのに対して、工業製品価格の上昇ペースが速まっていることによる。卸売物価の上昇加速を受けて、10月にも金融危機後13回目となる利上げが行われた。ルピー安の影響もあり、当面インフレ率は高止まる公算が大きい。

2.2012年のアジア経済
■一部で減速するものの比較的高い成長に
2012年を展望すると、世界経済減速の影響を受けて輸出の増勢は年前半まで鈍化する可能性が高い。ただし増勢は鈍化しつつも、世界的にスマートフォンやタブロイド端末に対する需要が伸びていること、新興国では「中間層」の台頭を背景に消費の拡大が見込めることなどにより著しい減速は回避されるであろう。
消費に関しては、輸出の減速に伴う雇用調整の影響が一部で懸念されるものの、多くの国で所得の上昇が見込めるほか実質金利が低水準にあるため、安定的に拡大していくと予想される。また物価と景気動向次第では、金融が緩和される可能性があり、消費を下支えしよう。中国では胡錦濤政権の下で農村の所得向上が図られたことと地域開発の進展に伴い雇用機会が増加したことにより、近年農村部の可処分所得が増加している。都市部でも人手が足りない地域や業種において賃金が大幅に上昇しているほか、最低賃金が引き上げられるなど、所得は増加基調にある。
NIEsでは、韓国と台湾がそれぞれ3.5%、4.0%の成長になるものと予想される。海外経済の減速の影響を強く受けて、輸出と固定資本形成の伸びが抑えられるからである。韓国では所得の伸びが小幅になる上、非消費支出(社会保険負担や利払いなど)が増加傾向にあるため、消費の伸びも3%程度にとどまる見込みである。香港では内外需の増勢鈍化、とくに先進国経済の減速に伴って予想される中国の加工貿易の伸び悩みにより、2.0%の成長となろう。
ASEANでは、インドネシアは内外需の拡大に支えられて6.3%の成長になるものと予想される。マレーシアでは先進国経済減速の影響を受けるものの、消費の安定的な拡大に加えて、2011年から開始された「第10次5カ年計画」に関連した投資が成長を支えて、4.6%の成長となろう。タイでは大洪水の影響が年前半まで残るものの、復興需要もあり3.8%の成長になるものと予想される。ベトナムではインフレの収束を受けて内需の回復が進み、2011年を上回る6.2%の成長になる見通しである。
インドでは、インフレの抑制が進み消費の増勢が強まることとインフラ関連投資が引き続き実施されることなどにより、8.2%の成長になるものと予想される。中国では先進国とくに輸出の最大相手先であるEU経済の減速を受けて輸出の増勢は鈍化するが、内需は沿海部に加えて内陸部で高い伸びが見込まれるため、8.8%の成長となる見通しである。

■影響が懸念されるタイの洪水、欧州の債務危機
アジア経済の懸念材料としては、タイの洪水と欧州の債務危機の影響がある。タイの洪水はタイ国内で生産の停止、消費の減速、観光収入の減少、財政負担などをもたらしているだけでなく、企業の生産分業ネットワークの広がりにより東南アジア諸国や日本、米国にも影響(部品や製品調達難)を及ぼしている。ただし、タイでは自動車工場の操業再開の動きがみられるほか、各企業が代替生産・調達に努めているため、影響は一時的なものにとどまる見込みである。
より影響が懸念されるのは、欧州の債務危機である。アジア経済への影響には、①実体経済悪化に伴う輸出の減少、②リスク回避志向を強めた欧米金融機関による資金引き揚げに伴う影響(為替・株価の下落、輸入物価の上昇、ドル資金の調達難など)がある。
すでに各国のEU向け輸出が減速しているほか、対ドルで強含んでいた各国通貨が2011年9月に相次ぎ下落した。下落率が大きかったのはインドルピーと韓国ウォンであった。ルピー売りの要因には経常収支が赤字であること、インフレが高止まりし景気の減速が懸念されることなどが考えられる。他方、ウォンが売られたのは、韓国が「小国・開放経済」であることが関係している。つまり、世界経済が不安定になると、①韓国経済は輸出主導型成長であるため世界経済の影響を受けやすいこと、②対外開放に伴う資金流入により短期対外債務額が高水準となっていることが、市場で問題視された。
ウォンの対ドルレートは2011年4月以降しばらくの間1ドル=1,000ウォン台後半で推移していたが、9月中旬に1,100ウォン台、10月上旬に一時1,200ウォン台に突入するなど、短期間で急落した。この間に円高が進展した結果、対円ではリーマン・ショック後の最安値に近いウォン安・円高水準となっている(右下図)。韓国政府は大幅な通貨安を防止する目的で為替介入(外貨建て「外国為替平衡基金債券」の発行によりドルを調達し、これを外国為替市場に供給する)を行った模様である。10月19日には、日本政府・日銀は韓国銀行との通貨スワップ協定を現行の130億ドルから700億ドルへ増額すると発表した。
アジアではインド、ベトナムを除き、①経常収支が黒字基調で推移していること、②外貨準備高が潤沢であること、③通貨危機後に域内金融協力が進められていることなどから、資金の流出が経済を大きく混乱させる可能性は低いものの、十分な注意が必要である。
米国主導でTPP(環太平洋経済連携協定)が進められているなかで、アジア域内でも経済統合を加速する動きがみられる。2012年はこの動きが一段と強まるものと予想される。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ