Business & Economic Review 2011年10月号
【特集 世界の金融の新しい潮流】
モバイルで変わる世界のリテール金融
2011年09月26日 藤田哲雄
要約
- 世界で携帯電話を用いた決済・金融サービスに二つの新しい潮流が生じている。一つは、新興国や途上国において携帯電話による支払いサービスが提供され、決済や金融サービスを利用できる人口が急増している動きである。もう一つは、欧米先進国で実験的に試みられている、スマートフォンの普及とNFCという通信規格の採用によって、動的なマーケティングと結び付いた決済サービス実現の動きである。
- 途上国での携帯電話決済サービスは、金融インフラが貧弱である一方で、携帯電話が人口の大半に普及している状況を背景に生まれたものである。成功例となるケニアのM-PESAの事例では、携帯電話会社が数多くの代理店網を整備した携帯電話会社が送金サービスを提供し、個人が低コストで安全に資金移動を行うことを可能にした。これにより、人口の7割までがM-PESAのユーザーとなった。
- 携帯電話の送金サービスは、既存の金融機関と提携することで、既存金融サービスへの補完的なチャネルとして機能させることも可能である。単独ではチャネルの整備が困難だった銀行や保険会社も、携帯電話の送金サービスインフラを利用して、顧客数を増加させることが可能になる。
- このような銀行口座がなかった人々を金融取引に引き込む動きは、フィナンシャル・インクルージョンと呼ばれ、G20やAPECなどの国際会議でも近年取り組むべき課題として認識されており、具体的なアクションプランも発表されている。フィナンシャル・インクルージョンは、世界的に金融の領域を拡大するのみならず、新興国や途上国の貯蓄をより多くの自国内投資に振り向けることを期待でき、世界の金融システムの安定にも資するものと考えられる。このような動きが追い風となって、アフリカ、中南米、アジアを中心としたモバイルペイメント事業がここ数年で急増している。
- 一方、欧米先進国では、スマートフォンの普及やNFCの実用化等、技術革新の要因を背景として、携帯電話を用いた決済ビジネスに新しい動きが生まれつつある。スマートフォンの普及は消費者の購買行動を大きく変化させており、従来とは異なるタイムリーなマーケティングやセールス・プロモーションが必要とされている。NFCは複数のサービスを一つのデバイスで一挙に認証できる機能を備えており、スマートフォンのGPS機能と組み合わせて、魅力的な動的マーケティングと決済を組み合わせた仕組みが、欧米で実験的に行われている。
- わが国の携帯電話会社は、すでにさまざまな形で決済ビジネスに参入しており、現時点では、わが国独自規格の非接触ICカードフェリカを利用して、世界でも最先端の携帯電話を用いた決済・金融サービスを提供しているといえる。しかしながら、NFC技術が世界標準となり、さらに低コスト化が進めば、わが国の携帯電話やスマートフォンもNFCを標準搭載するように至り、欧米で実験的に行われているような動的なマーケティングと組み合わさった決済サービスが実現する可能性が大きい。
- スマートフォンとNFCが全面的に普及するようになれば、これまでの個社別の携帯電話の規格に応じて開発されていたアプリケーションは、共通したOSのうえで動くアプリの開発となり、主導権が携帯電話会社からOS提供者へシフトすることが予想される。わが国の携帯電話会社はすでに個人の決済サービスに注力しており、このような競争環境の変化に対して巻き返しに転じる可能性が大きい。そうなれば、携帯電話を用いた個人向けの決済サービスのみならず、クレジットカードや電子マネー、インターネット専用銀行など個人のペイメントに関するビジネスに大きな戦略の見直しが必要になると考えられる。