Business & Economic Review 2011年5月号
【特集 アジア経済の新たな展開】
「中所得国のワナ」に挑むマレーシア・ナジブ政権
2011年04月25日 大泉啓一郎
要約
- 世界経済の牽引役として新興国への期待が高まる一方で、中所得に達した途上国が、それまでの成長路線に固執した場合、次第に成長力を弱め、先進国への移行が困難になるという「中所得国のワナ(middle income trap)」が議論され始めている。
- この「中所得国のワナ」を回避するための政策としては、①産業構造の転換、②技術革新の推進、③人的資本の開発、④民間主導への移行などが重要となる。これらの内容は、先進国が取り組む国家競争力強化策と大きく変わらない。つまり中所得国にもなれば、国際競争に対応した能力が求められることを示したものにほかならない。
- アジアの中所得国で、実際にこのワナに直面しているのはマレーシアとタイである。とりわけマレーシア政府の「中所得国のワナ」への危機感は強く、ナジブ政権下ではこれまでの政策を大きく見直した「新経済モデル(NEM)」を作成し、さまざまな国家競争力強化策を相次いで発表している。
- ただしその実行は困難である。なぜならマレーシアは、同時に、所得格差是正のための政策に取り組まなければならないからである。とくに国民全体に公平なインフラの整備、教育・医療サービスの提供をいかに実現するかが重要になる。つまり、中所得国は、先進国と同様の内容を持つ国家競争力強化策と、途上国として色合いの強い低所得層向け政策を両立させなければならない。
- この政策を両立させるためには、強いリーダーシップと安定的な資金源の確保が重要になる。また、わが国を含めたアジア域内の新しい協力関係の構築は、中所得国のワナの回避とアジア域内の持続的成長に貢献しよう。