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Business & Economic Review 2011年3月号:日本総研シンポジウム(スウェーデン大使館後援)

【特集 スウェーデンの「改革」に学ぶ】
負担と受益の対応関係-わが国とスウェーデンの比較

2011年02月25日 西沢和彦


要約

  1. 本稿は、高負担・高福祉国家として知られるスウェーデンの負担と受益の在り方、とりわけその対応関係に着目し、わが国との比較分析を行うとともに、わが国の今後の議論への示唆を探った。
    一般政府は、中央政府、地方政府、社会保障基金政府の三つの政府部門に分けられるが、本稿は、この分類を用いて、次の3点から分析を行った。①三つの政府部門間で課税ベースがどの程度棲み分けられているか、②政府部門間の所得移転がどの程度あるのか、および、③政府部門ごとに支出の役割分担がどの程度明確であるのか、である。


  2. 第1のポイントに関し、スウェーデンは、政府部門間の課税ベースの棲み分けが極めて明瞭である。具体的には、個人所得税は地方政府、それ以外はもっぱら中央政府と、明確に分けられている。VATをはじめとする財・サービス税、法人所得税、給与・雇用定額税、社会保障拠出(除く、所得比例年金の社会保障拠出金)はすべて中央政府に割り当てられている。
    他方、わが国は、中央政府と地方政府との間で、課税ベースが広範に重複しているのみならず、地方消費税や法人住民税の課税ベースが国税額そのものであるなど、棲み分けが極めて不明瞭である。


  3. 第2のポイントに関し、スウェーデンは、わが国との比較において、政府部門間の所得移転規模が小さく、かつ、移転経路も簡素である。
    中央政府の他の政府部門への移転は支出の約4分の1にとどまっており、各政府部門から家計に対しそのまま支出されている。すなわち、社会政策目的の現金給付および現物給付など、家計が受益を実感しやすい形で支出がなされている。この傾向は中央政府にもみられるが、地方政府で顕著である。地方政府の支出の約7割が、そうした家計にとって受益を実感しやすい支出であり、他の政府部門への移転は実質的には存在しない。
    他方、わが国では政府部門間の移転が多く、経路も複数にわたる。中央政府の支出の半分超が地方政府と社会保障基金への政府部門間移転である。地方政府の支出も、家計が受益を実感しやすい支出は全体の約3割に過ぎず、他の政府部門への移転も約1割存在する。負担と受益の関係が結び付きにくい構造といえる。


  4. 第3のポイントに関し、スウェーデンの政府部門ごとの支出の役割分担は、わが国との比較において明確である。
    スウェーデンの地方政府は、基礎自治体である290のムニシパリティと、その地域連合である20のカウンティ・カウンシルで構成されている。ムニシパリティは教育と社会保護(教育、高齢者介護など)にほぼ特化しており、総支出3,871億SEKのうち、教育は1,630億SEK、社会保護は1,485億SEKであり、この二つでムニシパリティの支出の8割を占める。一方、カウンティ・カウンシルは医療にほぼ特化しており、カンウティ・カウンシルの最終消費支出1,982億SEKのうち、医療が1,914億SEKであり、スウェーデンの一般政府における医療の最終消費支出1,989億SEKの96.3%を占める。
    第1から第3のポイントを踏まえて指摘しておきたいのは、スウェーデンの地方政府の個人所得税を改めて評価すれば、名目こそ税であるものの、内容は、受益と負担の対応関係を旨とする本来的な社会保険料に近いといえることである。地方政府は基礎自治体とその地域連合のそれぞれで機能が特定分野に特化されているため受益が明確な一方、その主な財源である地方税は課税ベースが広く、単一税率かつ地方によって異なるサービス内容を反映して税率も異なるからである。
    他方、わが国では政府部門ごとの支出内容が整理された統計は見当たらないため、独自に国と地方の財政統計などを集計すると、三つの政府部門どうしの支出の重複ぶりが示された。
    このように、スウェーデンでは、次の点において負担と受益の対応関係が明確である。①課税ベースが政府部門間で明確に棲み分けられている。VATと法人所得税こそ特定の支出と結び付けられてはいないが、社会保障拠出はもちろん、地方政府の個人所得税は本来的な社会保険料に近い。②政府部門間の所得移転規模が小さく、かつ、経路も簡素である。その裏返しとして、支出は家計に直接行われる。③政府部門間ごとの支出の役割分担が明確である。


  5. 以上を踏まえ、今後のわが国の議論への示唆を引き出せば、以下の通りである。
    (1)「負担と受益の対応関係の明確化」を、税制と社会保障制度改革の重要な指針として掲げることが重要である。それにより、国民の負担に対する受容の容易性が高まることが期待される。現在のように、負担と受益の対応関係が不透明なまま、政府が国民に負担増を求めたとしても、納得を得るのは困難であろう。
    (2)対応関係の明確化に向け、まずは、現行の社会保険に対する国庫負担の投入方法を根本的に改めることが必要である。現在、社会保険に関する国庫負担は、おおまかにいえば、費用の一定率を算定根拠としている。例えば、基礎年金、協会けんぽは、それぞれ50%、16.4%となっている。こうした国庫負担の投入方法によって、負担と受益の対応関係が崩れている。一つに、中央政府から社会保障基金政府への、国民の目に見えにくい形での、政府部門間の所得移転となっているからである。もう一つには、家計に対し、国庫負担投入後の出来上がり保険料率、すなわち、実際の費用より安い保険料率が示されているためである。家計は、実際の費用を反映していない安い保険料率で費用を低廉に認識してしまいかねない。
    協会けんぽを例に考えると、現在、国庫負担は費用の16.4%であり(2008年度で約1兆円)、それが投入されることで、保険料率は9.2%(労使折半)にとどまっている。これを次のように改めてはどうか。協会けんぽ加入者からは、11.0%(=9.2÷(1.0-0.164))の保険料を徴収する。これは国庫負担がない場合の保険料率であり、協会けんぽの支出が適切に反映される形となる。もっとも、低所得層には現在より負担感が強くなる。そこで、一定所得層以下に対し、1兆円を原資とし、現金給付を行う。すなわち、政府部門間移転ではなく、中央政府から家計へ直接支出する。
    その結果、次のような効果が期待される。一つは、11.0%の保険料率を通じて、家計が真の医療費を認識することである。もう一つは、中央政府から、現金給付を通じて、家計に対して直接支出が行われることにより、家計が税の恩恵を実感しやすいことである。いずれも、負担と受益の対応関係明確化である。この現金給付は、より具体的には、「給付付き税額控除」の形態をとることが適当であろう。
    (3)そのほか、中央政府と地方政府の支出の役割分担を見定めていくために不可欠なナショナルミニマムに関する国民的合意形成、および、COFOG10の政府部門ごとの統計整備など議論のためのインフラづくりも急がれる。
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