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アジア・マンスリー 2011年1月号

【トピックス】
中所得国のワナに直面するマレーシア

2011年01月01日 大泉啓一郎


近年、新興国の経済成長の持続性について「中所得国のワナ」が議論され始めている。とくにマレーシア政府の危機感は強く、すでにそれに対応した経済改革を発表しているが、実施に向けた課題は多い。

■新興国経済の関心の高まりと中所得国のワナ
近年、わが国では、少子高齢化と人口減少により、国内市場に大幅な拡大を見込めないことから、新興国経済への関心が高まりをみせている。
IMFの『世界経済見通し(World Economic Outlook)』では、2011年から2015年の5年間における世界経済の成長分の67%が新興国・途上国によるもので、その65%をアジア新興国が占めるという見通しが示された。このようななか、世界経済の中心が先進国から新興国へ、とりわけ、アジアへシフトしたとする見方が出始めている。
たしかに日本を除くアジア諸国は、世界金融危機からいち早く回復してきた。しかし、その一方で、その持続性について「中所得国のワナ(middle income trap)」が議論され始めていることに注意したい。中所得国のワナとは、途上国が天然資源の活用や外資企業の進出をテコとする経済発展により中所得国になったものの、自国内の生産性を高める努力を怠れば、先進国入りすることは困難であるというリスクを指摘したものである。
アジアにおける中所得国である中国とASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)の1990~2000年、2000~2009年の年平均成長率を比較すると、マレーシアとタイに鈍化傾向がみられる。マレーシアは7.1%から4.3%へ、タイが4.5%から3.9%へ鈍化した。

■中所得国のワナをどう回避するか
中所得国のワナを回避するにはどのような改革が必要であろうか。
中所得国のワナを包括的に議論した世界銀行の『東アジアのルネッサンス(An East Asian Renaissance)』(2007年)によれば、①多様な産業構造から特化した産業構造への移行、②労働投入や資本蓄積による成長から技術革新や知識基盤を利用した成長への転換、③義務教育を含めた基礎教育の整備から大学や研究機関などの活動促進への重点のシフトなどがあげられている。さらに国によっては、政府や国営企業主導の経済から民間主導の経済への移行なども重要となろう。
中所得国のワナで示された課題は目新しいものではなく、先進国が取り組んでいる課題とほぼ同様である。つまり中所得国にもなれば、加速する経済のグローバル化のなかで成長を持続させるための競争力強化が必要であるという指摘にほかならない。
アジアのなかで、中所得国のワナにもっとも危機感を強めているのは、マレーシアである。マレーシアはASEAN諸国のなかでシンガポールに次いで所得が高い。一人当たりGDPは約7,000ドルであるものの、先に示したように2000年以降の成長率は鈍化傾向を強めており、90年代にマハティール元首相が示した「2020年までに先進国入り(ビジョン2020)」という国家目標の達成は危ぶまれている。
2009年に発足したナジブ政権は、中所得国のワナを頻繁に引用し、国民に経済改革の必要性を訴えてきた。とくにインド、中国、インドネシアなどの人口大国が台頭するなかでは、これまでのように安価な労働力に依存した産業構造では競争力低下は免れないことを強調してきた。
ナジブ政権は、先進国入りの政策を検討する国家経済諮問審議会(NEAC)を発足、「マレーシア新経済モデル(New Economic Model for Malaysia)」を発表した。そこでは①市場原理の導入、②能力主義の採用、③透明性の確保、④産業基盤の強化などの基本方針と示すとともに、従来のマレー人などを優遇するブミプトラ政策の見直しにも踏み込む姿勢が明らかにされた。2010年6月に発表された「第10次5カ年計画(2011~15年)」では、石油・ガス、パームオイル、イスラム金融など、マレーシアが独自の競争力を有する産業の育成と、国際都市としての機能強化を目指した大クアラルンプール圏の建設が「国家主要経済領域(NIKEA)」として掲げられた。

■計画実施への課題
このようにナジブ政権が、明確なビジョンと具体策を示したことは評価できるものの、その実施に向けて乗り越えるべき課題は少なくない。
たとえば、計画実施のための資金をいかに確保するかという課題がある。第10次5カ年計画に盛り込まれたプロジェクトの多くは官民共同プロジェクト(PPP)であり、民間資本の活用を計画している。しかし、近年、マレーシア国内の民間資金がより高い収益を求めて海外に流出する傾向を強めており、それを引き止めるような魅力的な条件を提示できるかが課題となる。他方、アブドラ前政権が棚上げしてきたGST(消費税に相当)の導入に向けた議論が再開されたものの、その進展は遅く、政府側にも計画通りの資金が確保できるのかという問題がある。
そのほかに、ナジブ政権が制度改革にどこまで踏み込めるかというリーダーシップに関わる課題もある。ナジブ首相はアブドル第2代首相の長男であり、フセイン第3代首相の甥であることから、ある種のカリスマ性を有していることは、改革遂行にプラスに作用しよう。実際に発足直後には反対勢力を抑え込んでサービス産業の出資規制緩和を実現した。ただし第10次5カ年計画にブミプトラ政策の維持が明記されるなど、旧勢力に一定の配慮をしていることは注意すべきである。今後もさまざまな既得権益勢力と根気ある調整が要請されるのはいうまでもない。
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