アジア・マンスリー 2010年6月号
【トピックス】
韓国における経済のグローバル化と雇用問題
2010年06月02日 向山英彦
2000年代に入って、韓国経済のグローバル化が急速に進んだ。世界市場における韓国企業のプレゼンスが高まる一方、国内には雇用創出力の低下や格差の拡大などの問題が存在している。
■顕在化したグローバル化の効果
最近、多くのメディアが韓国企業のグローバル展開に注目している。韓国企業が海外とくに新興国での事業(輸出と海外生産)を積極化させた根底に狭い国内市場(GDP規模は日本の約5分の1)があるが、2000年代前半のクレジットカード債務問題に起因した消費不況と少子高齢化の進展などがその動きを加速させた。
企業の海外事業の拡大に伴い、韓国経済のグローバル化が2000年代に急速に進んだ。グローバル化を輸出比率(財・サービスの輸出額/名目GDP)と対外直接投資比率(対外直接投資額/名目GDP)からみると、輸出比率が2001年の35.9%から2009年に49.9%、対外直接投資比率が同期間に0.6%から1.8%へ上昇した。
海外事業の拡大は企業ならびに経済全体に次のようなプラス効果をもたらしている。第1は、世界の薄型テレビ、半導体、自動車市場において韓国製品のシェアが上昇したことである。
シェアの上昇はブランドの認知度を高める効果がある。第2は、海外事業が企業収益に貢献していることである。第3は、輸出が成長の牽引役となっていることである。2003年、2004年は民間消費がほぼゼロ成長となったが、輸出が著しく伸びたため、一定の成長を確保した。また世界経済が拡大した2006年、2007年には、輸出の成長への寄与度がそれぞれ4.5%、5.0%になった。第4は、国際収支の「投資収益」が黒字に転換したことである。「投資収益」は、韓国が対外直接投資や証券投資などにより積み上げた資産が生み出す収益(配当や利子など)から、海外の諸国が同様に韓国で積み上げた資産が生み出す収益を差し引いたものである。これが2008年、2009年と2年続けて57億ドル、48億ドルの黒字を記録した。
■国内における雇用総出力の低下、所得格差の拡大
2000年代に経済のグローバル化が急速に進む一方、韓国国内では雇用創出力の低下や格差の拡大などの問題が表面化した。
まず、雇用創出力の低下である。最近5年間の雇用創出(就業者数の対前年増加数)は2004年の41.8万人が最大で、それ以降は30万人を下回り、世界経済後退の影響を受けて景気が減速した2009年は7万人の減少となった(右頁上図)。雇用創出力の低下要因には、①総固定資本形成が伸び悩んでいること、②半導体や液晶パネルなどの輸出産業は資本集約的であるため、投資拡大による雇用創出効果が小さいこと、③サービス産業の成長が後れていること(後述)などがある。投資の伸び悩みと、企業の海外事業の積極化とは無関係ではないだろう。
つぎに、所得格差の拡大である。韓国では通貨危機後に非正規労働者が増加したことにより所得格差が拡大し、その是正が最近までさほど進んでいない。「家計調査」(統計庁)によれば、2009年の世帯平均収入の対前年伸び率は名目1.5%増、実質▲1.3%になった。注意したいのは、名目可処分所得が第一分位(所得が下から20%までの世帯)▲3.1%、第二分位2.0%増、第三分位1.8%増、第四分位1.1%増、第五分位(上から20%の世帯)0.7%増と、低所得層の減少率が最大となったことである。これは、今回の不況で自営業者と非正規労働者が多く失業したためである。このことが所得格差の拡大と貧困率の上昇につながっている。所得格差に関しては、ジニ係数(1に近いほど不平等度が大きい)は2008年の0.315から2009年に0.314へやや低下したが、第五分位の第一分位に対する所得比率は同期間に5.71から5.76へ上昇した。また、相対的貧困率(所得の分布における中央値の50%に満たない国民の割合)も2006年の14.4%から2008年15.0%、2009年に15.2%へ上昇した。
■期待されるサービス産業の成長
このように経済のグローバル化は新たな成長の機会を作り出した半面、国内に解決すべき問題を残した。格差を是正し社会の安定を維持するためには、セーフティーネットの強化(低所得層に対する生活支援と臨時雇用事業など)とともに、十分な雇用機会を創出することが求められる。雇用創出という点では、サービス産業の成長が欠かせない。このことは、製造業の就業者数が2001年の426万7,000人から2008年に407万9,000人へ18万8,000人減少したのに対して、サービス産業の就業者数が同期間に1,513万9,000人から1,778万4,000人へ264万5,000人増加していることからも裏づけられる。
問題は雇用創出効果の高いサービス産業の成長率が製造業の成長率を下回っていることである。その傾向は、国内の民間消費が低迷した2000年代前半に顕著に表れた。国内の雇用環境の厳しさが消費の低迷につながり、そのことによりサービス産業の成長が抑えられるという悪循環がみられる。この点を踏まえると、サービス産業の振興には、今後の経済社会の変化に伴いニーズが高まる「内需型」サービス産業の成長を図るとともに、経済のグローバル化に伴い成長が期待されるサービス産業を振興させていくことが重要となる。
李明博政権は「グリーン・ニューディール事業」と新たなサービス産業(医療、教育、物流、コンテンツ、放送・通信、コンサルティングなど)の振興を図っている。少子高齢化の進展は生活支援や健康関連サービス、「環境にやさしくエネルギー効率の良い」生活空間や都市づくりの推進は建設、デザイン、ITサービスなどの産業の成長につながることが期待できる。また、企業活動のグローバル化は国際物流や金融などのサービス産業の成長を促すであろう。
経済のグローバル化を進めながら、国内で規制緩和や投資インセンティブを通じて新産業の成長と企業の生成を促し、雇用機会を創出できるのかどうか、李明博大統領の手腕が試される。