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アジア・マンスリー 2010年4月号

【トピックス】
景気回復のなかで再浮上するタイの政治・投資リスク

2010年04月01日 大泉啓一郎


2009年10~12月期のタイの成長率は前年同期比5.8%と大幅に回復した。他方、UDDによる反政府運動の本格化、マブタプット問題への対処の遅れなど下ぶれリスクが浮上し、予断を許さない状況にある。

■2009年10~12月期の成長率は5.8%
2009年10~12月期の実質GDP成長率は前年同期比5.8%と4四半期ぶりにプラスに転じた(右上図)。また、季節調整済み成長率(前期比)は3期連続してプラスとなった。前年の水準が低かったことも影響しているが、各指標で大幅な回復がみられた。
輸出は、同11.9%増の432億8,400万ドルと大幅に回復した。日米欧向けが伸び悩むなかで、ASEAN向けが同18.3%増、中国向けが同54.2%増となった。これに伴い製造業生産指数は7~9月期の同▲5.0%から10~12月期は同+13.9%と改善した。なかでも電子電機は同+28.8%と好調を維持し、回復の遅れていた自動車を含む輸送機器・部品も同+8.7%となった。
政局不安と新型インフルエンザの流行により減少傾向にあった外国人観光客数も10~12月期が同26.2%増の420万人となり、観光・外食産業の伸び率は7~9月期の同▲2.5%から同13.5%増に回復した。内需では、民間消費が同1.4%と3四半期ぶりにプラスとなった。耐久消費財市場が活気を取り戻しつつあり、自動車販売台数は同18.4%増の182,387台と2006年10~12月期に次ぐ高水準となった。
中央銀行が作成する製造業の業況感指数は、足元でも「改善」が「悪化」を上回るようになり、先行きは「改善する」が増える傾向にある(右下図)。このようななか、NESDB(国家経済社会開発庁)は、通年の成長率見通しを3.0~4.0%(2009年11月)から3.5~4.5%へ上方修正した。ただし、世界経済が年後半に失速する可能性に加え、インフレによる内需の鈍化、バーツ高による輸出競争力の低下などを下ぶれリスクにあげ、本格的な景気回復には適切な金融政策が必要であると提言した。
さらに、次の政治リスクや投資リスクに注意を要する。

■タクシン元首相の資産没収
赤シャツに象徴されるUDD(反独裁民主連合)が、2009年4月にパタヤで大規模な集会を開き、東アジアサミットを延長に追い込んだことは記憶に新しい。その後は、UDDの支持母体である農村が農繁期に入ったこと、UDDが集会計画を発表する度に政府が治安維持法を発動してきたこともあって、政局不安につながるような混乱はなかった。このことは、景気回復とあいまって、消費者信頼度指数を改善に向かわせる要因となった(右図)。
しかし、農閑期に入ると再びUDDは反政府運動を活発化させている。1月にスラユット元首相の別荘付近で集会を開催したのを皮切りに、2月にはタクシン元首相の凍結資産に対する判決を前にバンコク市内で小規模集会を度々行ってきた。最高裁判所は、2月26日に同首相と親族の資産760億バーツのうち464億バーツ(約1,250億円)を没収するとの判決を下した。全額没収とならなかったこと、タクシン氏が過激な行動は慎むよう要請したこと、政府が警備体制を強化したことから、判決直後の混乱は回避されたが、UDDは3月12日から各地で集会を開始し、14日に100万人の大規模集会を全国で開催すると発表した。これに対し政府は9日に国内治安維持法を発動、11~23日までバンコク都と7県に軍・警察を投入するとした。UDDの反政府活動は、農繁期頃(6月)まで続く見込みであり、予断を許さない状態が続く。

■遅れるマブタプット問題の対応
他方、マブタプット問題への政府の対応の遅れが投資リスクとなりつつある。
2009年9月29日に中央行政裁判所は、2007年に制定された憲法第67条の規定に従った手続きを経ていないことを理由に、東部のマブタプット地区における76件のプロジェクト(総額4,000億バーツ)に対して建設・操業中止の仮処分を下した。
同憲法は、健康や環境に害を及ぼす可能性のある業種については、公聴会の実施、独立機関による環境アセスメント、健康アセスメントの実施と認可を義務付けていたが、同独立機関は現在も設立されず、各プロジェクトは工業団地公団による環境アセスメント認可で代替し、政府も問題なしとの見解を持っていた。
同裁判所の判決に対し、政府はただちに上訴したが、最高行政裁判所は、12月2日に憲法施行前に認可を受けていた11件は対象外とするものの、残りの65件の建設・操業停止を追認した(その後1件は凍結解除)。
政府は、アナン元首相を委員長とし、政府、工業事業者、地域住民、専門家からなる特別委員会を設置し、公聴会実施やアセスメントの方法、独立機関の設置に関する法案を審議、1月には関連規則公布までこぎつけた。しかし、認可プロセスを確立し、実施するまでには6カ月以上を要する見込みである。他方、タイ工業連盟(FTI)が中心となって、中央行政裁判所に不服申し立てを行ってきたが、9件が解除されただけで大きな進展はない。
NESDBは、遅くとも10年第3四半期までにプロジェクトが再開できなければ、景気に悪影響を及ぼすとの見方を示した。また、工業団地公団の認可を受けているにもかかわらず、プロジェクトの実施が中止となったこと、政府がその対応に手間取っていることが、国内外投資家の信頼を失わせることになるとの危惧も広がっている。他の工業団地でも住民が同様の訴訟を起こす可能性があり、政府には、迅速な認可プロセスの確立とその実施が求められる。
このような政局不安や投資不安が長引けば、短期的に景気回復の腰を折るだけでなく、外資企業のタイへの投資見直しを通じて長期的な成長に影響が及ぶ可能性がある。
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