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Business & Economic Review 2010年3月号

【特集2 国民健康保険制度改革】
貧困線近辺の所得層の国民健康保険料負担-試算と提言

2010年02月25日 西沢和彦


要約

  1. 最低限度確保されるべき可処分所得の水準が明確に定められ、それと整合的に税および社会保険料の議論がされることは、極めて重要でありながら、これまでほとんどなかった。もっとも、民主党政権移行後、こうした議論へ向かう機運が高まりつつある。論点は、大きく次の二つに分けられる。一つ目は、そうしたナショナル・ミニマムをそもそもどのような水準に設定するのかであり、二つ目は、その水準を保障するために税と社会保険料をいかに整合的に設計するのかである。
    本稿は、まず一つ目の論点について、貧困という概念、とりわけ2009年10月に厚生労働省が試算を公表するなど注目を集める相対的貧困率を取り扱う際に留意すべき点を整理した。次に二つ目の論点について、税と社会保険料のうち、ナショナル・ミニマムの保障の鍵を握る国民健康保険(国保)の保険料に焦点を当て、その解明を試みた。個人にかかる税と社会保険料には、所得税、住民税、年金保険料、健康保険料など様々あるが、そのなかで国保保険料のみ市町村ごとに水準が大きく異なり、しかも、低所得層にとっても負担感が重いことなどが指摘されている。それにもかかわらず、実態解明が充分ではないためである。国保の保険料負担実態が明らかでなければ、ナショナル・ミニマムの議論は生産的に進んでいかない。
    具体的には、厚生労働省が公表した相対的貧困率における貧困線114万円を暫定的にナショナル・ミニマムと仮定し、貧困線近辺の所得層の一~四人世帯に関し、国保保険料を1,804の市町村ごとに試算し、主要な統計量にまとめた。加えて今後の議論に向けて提言を行った。
  2. 試算結果のポイントは次の通りである。まず、収入133.9万円(貧困線114万円の一人世帯の収入換算。固定資産税5万円の支払いあり。以下同)の一人世帯の、国保保険料の全市町村の平均は約11.1万円と、同収入の協会けんぽ加入者の保険料6.3万円を約4.8万円上回る。最も低いところでは保険料4.8万円という市町村もあるものの(最高はその3.8倍の18.3万円)、ほぼすべての市町村の保険料は、協会けんぽの6.3万円(本人負担分のみ、以下同)を上回っている。すなわち、仮に収入133.9万円の一人世帯が、協会けんぽから国保へ移れば、全国どの市町村でもほぼ直ちに貧困線より下に落ち込んでしまうことになる。
    次に、収入188.7万円の二人世帯(母子)も、一人世帯の試算結果でみられた傾向がほぼあてはまり、とりわけ負担水準については、一人世帯の場合より重くなっている。年収188.7万円に対し、国保保険料の平均は17.7万円、収入対比9.4%と、同収入の協会けんぽ加入者の保険料8.9万円のほぼ2倍に及ぶ。負担水準に関する一人世帯とのこうした差は、国保保険料の算出に際して、世帯人員一人当たりの定額部分(均等割)があり、世帯人員が増えるにつれ保険料が重くなることに起因している。
    さらに、収入228.3万円の三人世帯(夫婦子一人)の試算結果は、二人世帯でもみられた定額部分(均等割)の影響がより強く出ている。保険料平均は約23.4万円、収入対比10.2%と、同収入の協会けんぽ加入者の10.7万円に比べ12.7万円高い。最後に、収入261.9万円の四人世帯の試算結果も、定性的に言えることは、三人世帯の場合とほぼ同様である。保険料の平均値約25.2万円は、同収入の協会けんぽ加入者の12.3万円比12.9万円高い。市町村間のバラツキもやはり見てとれる。
    以上、要するに、第1に、貧困線近辺にある所得層の国保保険料は、全市町村平均で同収入の協会けんぽ加入者より平均でおおよそ2倍の水準にある。これは、協会けんぽ保険料の労使計をすべて本人が支払っているイメージであり、貧困線近辺の所得層の負担水準としての妥当性、協会けんぽなど他制度と比較した場合の公平性などが問われている。第2に、国保保険料の最も高い市町村と最も低い市町村とでは4倍程度の開きがあるように、国保保険料には少なからぬ市町村格差が存在しており、その妥当性も問われている(もっとも、国保保険料の市町村格差の評価には留意が必要である。負担と受益の対応関係を特徴とする社会保険料の場合、市町村ごとに医療サービス供給水準が異なるのであれば、それに応じて保険料に市町村格差が生じることはむしろ自然でもあるためである。この点は、補論2で論じた)。
  3. 今後、こうした国保保険料の負担水準および市町村格差是正が目指される場合、その柱と考えられる方法のうち二つをあげると次の通りである。一つは、国保制度の枠内におけるものであり、こうした所得層の保険料負担に上限を設けることである。例えば、年収133.9万円の一人世帯の負担上限を仮に全市町村とも10万円と定めておけば、極端な市町村格差はなくなる。もっとも、この方法は、所得税、住民税、および、他の社会保険料との整合性が考慮されていないなどの限界がある。
    その限界を克服するためには、より抜本的な、税と社会保障の一体改革が有効である。すなわち、国保自体をいじることはせず、民主党もマニフェストのなかで導入を明記している給付付き税額控除を活用し、税と社会保険料を通じて負担軽減と市町村格差是正を目指す方法である。本稿は、この方法を数値例で示すとともに、メリットを整理し、その実現のために必要となる財源確保や正確な所得捕捉をはじめとする環境整備など諸課題を指摘した。
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