Business & Economic Review 2010年1月号
【STUDIES】
厳しさが増す就職状況と大学教育の課題
2009年12月25日 吉本澄司
要約
- 大学卒業者、大学院修了者の就職状況は景気動向に大きく左右される。ただし、就職・採用活動の時期が卒業の時期より前倒しになっていることなどから、卒業年次で分けると景気より1年程度遅れ
て動く。このため、2009年3月卒業・修了者の場合は景気悪化の影響が限定的だったが、2010年以降の卒業・修了予定者には大きな影響が出ると懸念される。 - 大学、大学院在籍中をどう有意義に過ごすかという本人の意思や努力で左右できる部分よりも、就職・採用期間の数カ月にどのような景気情勢に巡り合うかという運に振り回される部分が強いことは好ましくない。新卒か否かよりも、資質や能力などが就職・採用を左右するようになるためには企業側の対応が不可欠だが、大学や学生側にも職業人養成機能の強化、学業を通じた職務適応力の取得が望まれる。政策対応として職業訓練や技能取得に関する支援制度等ミスマッチ対策を行うことも重要だが、在学当時、卒業後を通じて関連が乏しい分野で職業訓練を受けるよりも、一定の下地を備えている方が適応もはやいと期待される。
- 新卒時の就職の現状をみると、新卒以外の労働市場では求人が最も弱い事務従事者が最も多い。現状の新卒一括採用中心型の枠内においては需給を反映した結果と言うこともできるが、就職希望者の学業経験や資質に基づく職業との結び付きが重視されるような方向を目指すとすれば、学業と職業の関係が曖昧であるという課題を内包している。
- 学科系統別にみると、保健系、工学系は学業と職業の結び付きが強い就職が大半であるが、人文科学系、社会科学系は事務従事者が多い。学業と職業の関連の曖昧性は、特定の技能や専門知識などを必要とするもの以外であれば幅広い職務を割り当てやすいため、現状の新卒一括採用中心型の枠組みに向いている。ただし、新規卒業時に就職がかなわなかったり、何らかの事情で再就職を目指したりする場合、新卒以外では事務従事者に対する需要が弱いという問題に直面することや、求人の多い職業で要求される技能や専門知識を満たせない事態に陥ることが懸念される。
- 社会が抱える様々な問題と、それを背景に求められる人材という観点から大学の専攻構成をみると、アジアとの経済関係の重要性が増していると指摘されることが多い割には、大学におけるアジア専攻の存在は大きくなく、欧米中心である。一方、福祉や地域振興の専攻の存在が大きくなっていることは社会的課題を反映したものである。ただし全体としてみると、学業と職業の関連が曖昧な人文科学系、社会科学系が多くの定員を占めている。また地域別特徴として、学業と職業の関連が比較的強い専攻では地域偏在は緩やかであるが、結び付きが密接でない人文科学系、社会科学系(福祉など一部の専攻は例外)では関東や関西への集中傾向がみられる。
- 定員が多い人文科学系、社会科学系で地域偏在が強いために、他の系統を合わせた全体でみても、大学の定員は関東、関西に集中する傾向となっている。このため、高校を卒業して大学に進学する際に、他の地域から関東と関西に多くの学生が移動する。
- 人文科学系、社会科学系を中心とする関東、関西への大学生の集中は、就職の段階になると、どのように就業機会をみつけるかという問題を生む。関東や関西には多数の企業が集積しており、事務従事者をはじめ就業機会も多いが、学生の分布ほどは多くない。大学卒業者のうち進路が就職以外の者の割合は、専攻別では人文科学系、社会科学系、地域別では関東、関西に立地する大学で高い。大学卒業者は、就業する際には、入学時とは逆に関東や関西から各地域へ分散していく。ただし、就業後10~15年前後を経て管理的職業従事者や専門的・技術的職業従事者になる頃に、本社や研究所などが数多く立地する関東に再び集まる傾向がみられる。
- 実際には、大学ごとの事情の影響度が大きい可能性はあるが、以上のような全体的傾向を踏まえると、入学志願状況や就職状況などに問題を生じているのであれば、専攻分野の構成見直しが検討されてもよい。学業と職業の関連が強い専攻、地域的特色を生かした専攻、他の大学にも一般的に設けられているような専攻ではなく、その大学の特徴を出すために一工夫した専攻などの比重を高めることなどが考えられる。
- ただし、学業と職業の関係緊密化を実現するためには、大学が専攻分野の改革を行うだけでは不十分であり、学生も、将来大学卒業者として期待されるような職務適応力を、学業を通じて身に付ける必要がある。定員割れの大学が大幅に増加し、入学試験によって志願者を絞り込むどころか、いかにして入学者を増やすかという課題を抱えている大学もあるため、学習意欲や学力が不足している学生が増えているという指摘もみられる。学業を通じて職務適応力を充実させることができるか否かは、最終的には学生次第である。
- なお、大学としては、当面の入学者数を確保しようとして学力や意欲が不十分な者まで広く受け入れるより、学力が十分基準を満たしているにもかかわらず、経済的困難を抱えている進学希望者に対して授業料減免や給付型の学校独自奨学金の拡充などで門戸を広げる方が社会的貢献として意義のある対応であるうえに、それによって大学の質を維持することができれば、長い目でみてその大学にとってプラスに働くことになると考えられる。