アジア・マンスリー 2010年1月号
【トピックス】
中国沿海部で拡大する高所得経済圏
2010年01月04日 大泉啓一郎
■生産拠点から消費市場へ
2008年秋口以降後退したアジア諸国の景気は最悪期を脱し、2010年はすべての主要国の成長率がプラスとなる見込みである。このようななか日米欧の景気回復が遅れていることもあって、アジア諸国の成長力を取り込むことが、日本企業の成長戦略において不可欠なものとなっている。アジア諸国は、これまでの生産拠点としての機能に加えて、消費市場としても期待されている。たとえば、2009年11月に国際協力銀行が発表した『わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告』は、日本企業の海外進出が引き続き増加するなか、中国・インドなど新興国の市場への関心が高まっていると指摘した。中国、インド、ベトナム、タイを有望な投資先と考える企業が、その理由の第1位に「現地マーケットの今後の成長性」をあげており、なかでも中国の場合は回答企業の84.8%と、第2位の「安価な労働力」の44.0%を大きく上回った。
■一人当たりGDPが3,000ドルを超える地域の人口は4億6,000万人に
中国の消費市場は急拡大している。自動車販売台数は2000年の209万台から2008年には936万台へ増加した。2009年1~10月も前年同期比37.0%増の1,087万台となり、通年では米国を抜き世界第1位になる見込みである。また、都市部のコンピュータの100世帯当たり保有台数は、2000年の9.7台から2008年には59.3台へ大幅に増加した。都市部の家計構成人数を3.5人として計算すると、同期間にコンピュータの保有台数は約1億台増加したことになる。
一般的に、開発途上国では一人当たりGDPが3,000ドルを超えると、消費構造が変わり、耐久消費財の売れ行きが伸びるといわれている。ただし、地域所得格差が著しい中国では、国レベルでの一人当たりGDPを消費市場の指標とすることはできない。沿海部には一人当たりGDPが1万ドルを超える地域がある一方、内陸部には1,000ドルにも満たない地域があるからである。また都市の所得水準も地域によって大きく異なる。たとえば、都市部の一人当たり家計可処分所得は、第1位の深圳市(広東省)の33,593元から最下位の臨夏回族自治州(甘粛省)の5,873元まで格差が大きい。
次頁上表は、直轄市と省・自治区直下の行政単位である地級市区(全333地区)を対象に、2000年と2007年の2時点について所得水準別に市区数とその合計人口の変化を比較したものである。この区分に従えば、一人当たりGDPが3,000ドルを超えた地級市区は2000年の5市区、2,229万人から2007年には105市区、4億5,905万人へ増加した。さらに、6,000ドルを超える地級市区は、2000年の原油産地であるカラマイ市(新疆ウイグル族自治区)1市区、27万人から2007年には36市区、1億7,416万人へ増加し、2000年には存在しなかった1万ドル以上の地級市区が2007年に5市区、2,247万人となった。
■6,000ドルを超える地域は3つの経済圏に集中
消費市場を考える場合、上記の高所得地域がどのように分布しているかが重要となる。下表は、2007年の一人当たりGDPが6,000ドルを超える地級市区を環渤海経済圏、上海経済圏、珠江デルタ経済圏とそれ以外に区分したものである。36市区のうち26市区がこの3つの経済圏に含まれ、人口では92.2%を占めることが示されている。これら地級市区内の農村部には、農業外収入が多く、その家計収入が内陸都市部よりも高いところも少なくない。このように高所得の地級市区は自らの所得水準を高めながら、さらに隣接した地級市区を巻き込んで経済圏を拡大している。
近年、中国を含む新興国の市場における人口の厚みを伴う所得層(ボリュームゾーン)の動きが注目されている。『通商白書2009年』によれば、中国における年間家計収入5,001ドル(約45万円)から35,000ドル(約315万円) の所得層の人口は、2000年の6,000万人から4億4,000万人へ増加した。しかし内訳をみると、その86%は15,000ドル(約140万円)以下の所得層であり、これらの所得層が、耐久消費財の買い替えなど持続性ある消費者に育つまでには時間を要する。また、前述の国際協力銀行の報告では、このようなボリュームゾーン向け事業は、①他社との競合が激しい、②コスト削減が難しい、③販路開拓が難しい、④品質・機能を下げるのが難しいなどの課題を抱えていることが指摘されている。
このように所得水準や市場規模、乗り越えるべき課題を勘案すれば、伸び率の高い内陸部の市場も魅力的であるものの、沿海部で拡大する高所得経済圏の市場の動きにより一層の注意が必要であろう。