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Business & Economic Review 1995年12月号

【PLANNING & DEVELOPMENT】
地方圏における新たな産業立地政策の視点

1995年11月25日 社会システム研究部 垰本一雄


円高や企業リストラの本格化など厳しい経済環境の下、地方圏ではいわゆる「産業空洞化」が懸念されている。本稿では、今後の地方における新しい産業立地政策のあり方について、本年7月通商産業省(以下、通産省)が打ち出した新しい産業立地政策も踏まえて、検討を行う。

1.地方圏における新しい産業立地政策の必要性

これまで、地方圏は大都市圏に比べて相対的に安価で広い土地と低廉な労働力等を活用して、主に企業の量産機能を工業団地などに誘致してきた。こうした生産形態は海外と直接競合するため、生産コストを重視する製造業は海外に生産拠点をシフトしつつあり、その結果国内の工業団地が過剰気味となっている(注1)。

地方圏に量産機能を残している産業も、輸出に重点を置いてきたため、円高や労働コストの上昇などの環境悪化の下で内外の厳しい競争にさらされており、雇用不安を抱え始めている。

通産省は、環境立地局長の私的研究機関である新産業立地政策研究会が平成7年7月にまとめた報告を受け、広域化と自立化を核とする地方圏の産業立地政策を打ち出した(注2)。

同研究会の報告書は、産業立地政策の新たな課題として、大都市圏では立地規制の緩和を、地方圏では広域的な産業・生活圏の形成と地域の主体的、自律的発展能力の確保を謳っている(図表1)。

こうした方向性の提示を受けて、地方圏の21世紀に向けての産業立地政策の確立が求められている。

以下、今後重要性を増すと考えられる地方圏の新たな産業政策の3つの視点について、それらの背景、具体的な内容等を検討する。

2.地方圏の新たな産業立地政策

(1)都市ネットワークによる新たな産業圏の形成 今後地方圏が産業立地面での優位性を保っていくためには、テクノポリス政策や頭脳立地政策が目指したように、まず産業の高度化・高付加価値化への対応と、支援機能であるサービス産業の育成・集積が必要となる。 

専門性・先進性のある産業分野とそれを支援する卸売業や製造業向けサービス業等の機能を形成するには、加えてある程度の都市規模が必要である。

そのために検討されるべき点は、高速交通体系・情報通信体系を活用した、各都市の産業・企業・研究開発機関等の間のゆるやかな提携関係による、産業都市ネットワークの構築と新しい産業圏の形成である。

広い範囲の事業分野において都市間の高速交通体系等を生かした産業圏を形成することにより、大都市圏に匹敵しうる産業基盤を実現することが可能となる。

国土審議会において策定中の新しい全国総合開発計画(次期全総)においても、「地域連携軸」の形成による新しい交流圏の形成が提案されるものと見込まれ、すでにその方向に動き始めている自治体もある。

高速交通体系を基軸として形成される都市ネットワークによる産業圏は、
・ 人口50万人程度の規模を有する地方中核 都市クラスを核として周辺の市町村が連携する核都市型
・ 人口10万人規模またはより小さなクラスの複数市町村が連携して実質的に人口50万人程度の規模を実現する分散型の大きく2つのパターンが考えられる(図表2)。
国土庁の地域連携に関する事例調査によれば、製造業または流通業分野における市町村の地域連携の事例はこれまでのところ多くない。市町村における交流・連携の阻害要因として最も多く上げられているものは、「交流・連携意識の欠如」である(図表3)。

この点に関する国の政策面の対応が期待されるているが、その一環として、複数県にまたがる研究開発施設を軸に、広域的地域を対象とした創造的経済発展基盤地域(スーパー・テクノ・ゾーン=STZ)の形成が平成6年から動き始めている。

(2)地方圏の資源の有効活用による産業立地推進

産業立地の核としての大学・研究開発機関 

かつて鉄鋼産業の崩壊で都市の存立基盤を失った米国のピッツバーグが再興できた理由の一つは、地元のカーネギーメロン大学のハイテク技術とベンチャー企業への投資であるといわれている。また、米国のシリコンバレーの企業群はスタンフォード大学ときわめて強いきずなを持って発展してきた。

わが国でも、大学を基盤としてベンチャー企業を育成していこうとする動きが芽生え始めており、福島県立会津大学においては、地元の中小企業と学生が協力して有限会社を設立する構想も提案されている(注3)。

このように、地方圏の新しい産業育成において核となる資源の一つとして、大学・研究開発機関を位置づけ、企業との相互協力関係を都市間のネットワークによってより活発化していくことが重要である。このためには大学・研究機関による人材育成・人材供給が、高度化・高付加価値化した産業の育成においては不可欠である。 ただし、地方圏における産業立地の核として期待される国・公立大学では、公務員としての教員の活動の制限、地元企業との産学共同活動の少なさなどさまざまな課題があるため、大学における規制緩和、行政による支援等が期待されるところである。

地方圏独自の産業資源の有効活用

地方圏においては、地場産業の製品、独自の人材・技術の蓄積、安価で広い産業用地、豊かな工業用水、高速交通の基盤整備など、活用の方法によっては新たな産業育成につながる潜在的資源が多くある。

しかも、地方圏と大都市圏との技術面の格差は縮小しつつあるとみられる(図表4)。

こうした認識に立つと、地方圏においてはそれらの資源を最大限に生かして、地域の起業家が風土に根ざした独自の産業を創生できる環境を醸成することが必要である。

このための産業基盤として、既述の大学・研究開発機関とともに、産業育成を支援する特許・法律・税務会計の専門家、生産・流通などのコンサルタント、秘書・翻訳サービス業者なども、産業都市ネットワーク上で確保できる仕組みが構築されていることにより、新しい企業・産業の創生が容易になろう。

(3)「地方主権」の産業立地政策

地方圏の産業立地においては、独自の産業資源を生かしつつ、ある程度特定産業分野への特化を考える必要がある。

特定産業が集積すれば、地域における中核的な技術の蓄積、最新技術の開発などが行われ、国際競争力を保持する基礎的な条件が整う。

今後ますます重要性を高めていくと考えられる産業立地要因、例えば、専門的な教育を受けた人材の供給や、先進的な企業による高度な研究開発能力・マーケティング技術の維持開発などを活用して産業を集積していくには、特定分野へのある程度の特化が重要性を持つ。

ただし、特定分野への集中は産業構造の変化の影響を強く受けるため、かつての企業城下町のように都市自体の衰退を招きかねない。この都市ネットワークを活かした産業圏の形成は、各都市の間でそのリスクを分散させ圏域全体へのインパクトを最小限にとどめる力を持つ。

関連する国の政策も活用しつつ、地方において、独自の産業育成・誘致策が立案されなければならない。特に専門性・先進性のある産業分野に関しては、自治体の支援・融資等は、産業との連携がなければ成功しにくい。

地方圏において集積する企業群は必ずしも誘致された大企業である必要はなく、高度な技術を保持する特定分野の中堅・中小地場製造業を核にし、それを支援する周辺分野の産業を集積することにより、「空洞化」に対応していくことができるものと考える。(注3)会津大学に関連するベンチャー企業支援については、中小企業の経営者に呼び掛け学生と資本金3百万円程度の有限会社を設立してもらおうという提案が、地元商工会議所会頭によりなされている(日経産業新聞94.11.28)。

3.まとめ

地方圏ではまだ厳しい経済環境が続くと見込まれるが、産業立地面での優位性を確保し圏域を活性化するために、新しい産業立地政策で対応していく必要がある。本稿で指摘したように、各地方圏における以下の適切な対応が求められている。それは、
・ 都市ネットワークを基盤とした産業圏の形成により実質的に大都市圏に匹敵する産業基盤を整備すること、
・ 独自の資源の有効活用により新産業を創 生すること、
・ 地方が主体となった産業立地政策の立案を行うこと、である。
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