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Business & Economic Review 1995年12月号

【MANAGEMENT REVIEW】
合従連衡による競争優位の確立

1995年11月25日 総合戦略研究部 村田丈二


1.大型M&Aにより活発化する業界再編

今夏、米国では娯楽・映画大手のウォルト・ディズニー社が米国3大ネットワークの1つABCを約1兆7,000億円で買収し、これにより各種娯楽ソフトの制作から放送・配給まで一貫して手掛ける世界最大の垂直統合型巨大メディア企業となり、業界に大きな衝撃を与えた。

これを引金にABCに次ぐCBSやTBSといった大手メディア企業が相次いで買収され、マルチメディア時代をにらんだ業界再編が加速している。

このような業界再編の動きは、メディア業界のほか、通信、医療・医薬品、金融などの業界でも進んでおり、80年代後半のM&Aブームを彷彿させる大型買収案件が相次でいる。

今年のM&A実績は、9月までにすでに3,080億ドルに達しており、このペースが続いた場合、年間では過去最高金額を記録した昨年(3,440億ドル、発表ベース)をさらに大きく上回ることになる。(図表1、2)

2.米国における業界再編の背景

このような業界再編の背景には、急速に進んでいる技術革新、規制緩和といった外部環境の変化やリストラを通じて経営体質を強化した企業の新たな競争戦略がみられる。

(1)急速な技術革新

技術革新のテンポが加速化しているマルチメディア業界を例にあげると、コンピューター関連のハード・ソフト、半導体、電子機器、AV機器、通信、放送、エンターテイメントなどが合体した巨大市場を形成しつつあり、そこでは音声、データ、映像などのデジタル化された信号の共通認識や処理の標準化が進んでいる。

新しい技術をもとに世界的な標準規格を他社に先がけて確立すると、既存の競争環境を一変させてしまうことも可能となる。

現にマルチメディア業界では、市場における事実上の標準(ディファクト・スタンダード)を獲得した企業が市場支配力を有するようになってきている。

しかし、技術革新のスピードが速まっている環境下では技術そのものが陳腐化しやすく、自社独自で標準規格を開発し内製化していくにはリスクが大きく、また投資負担も経営圧迫要因となってきていることから、企業間の連携、M&Aといった合従連衡による対応が不可欠となっている。

(2)規制緩和

最近の主要なM&Aの事例をみると規制緩和や制度改革も誘発要因となっていることがわかる。

大型M&Aが集中している情報・メディア、医療・医薬品、金融などの分野はいずれも法規制の緩和が進展している、あるいは今後その可能性が高い分野である。

例えば、情報・メディアでは、情報スーパーハイウェー法案により長距離電話、地域電話、CATVの各市場を隔ててきた参入規制が原則撤廃される見通しから、これらの三事業分野で相互乗り入れの動きが進んでいる。

長距離通信最大手のAT&Tによる携帯電話最大手のマッコウ・セルラーの買収、ケーブル・テレビ会社のバイアコムによる映画会社のパラマウントの買収などの動きがその代表格である。

また、3大ネットワークによる番組自主製作を規制してきた「フィンシンルール」が撤廃されることを受けて、娯楽大手のディズニーやタイム・ワーナーなどが3大ネットワークのABCやニュース専門チャネルのCNNをもつTBSをそれぞれ傘下に入れたが、これは「川上」である映画・番組製作部門と「川下」の放送部門を垂直統合することでシナジー効果を発揮させることを狙ったものである。

医療・医薬品分野では、クリントン政権が推進する医療保険改革が実現すると、病院などの顧客獲得競争や、薬価抑制が一段と進む可能性が高いことから、医療・医薬品業界では将来の競争激化に備えてM&Aを通じて競争力を高めようとする動きが見られる。

この他、金融分野では州際銀行業務の解禁、防衛・航空宇宙分野では国防予算の削減に伴う防衛関連需要の減少を背景に買収・合併が活発に行われている。

このように、規制緩和や制度改革が進む分野では新たな事業機会が創出されることにより、新規参入や市場の統合が起こり市場の競争環境を激変させている。

(3)ポスト・リストラ戦略

米国では80年代の借金漬け経営からの脱却、財務体質の改善を図ったリストラが一巡し、経営体質を強めた企業が潤択な手元資金によりM&Aを通じて新たな収益源を育成するためのポスト・リストラ戦略を展開している。

また、企業においては業績が上向きで、財務的にも資金余裕のあるうちに、将来の競争激化に備えてM&Aや他社との連携により市場支配力を強化する動きも活発になっている。

このように、80年代後半のM&AブームではKKRなどのファイナンシャル・バイヤー主導の投機目的型買収案件が目立ったのに対し、今回の業界再編は、規制緩和など経営環境の変化に対応した企業のビジネス・ニーズに基づく戦略的M&Aが主流となっている点が特徴である。

3.わが国における業界再編の現状

(1)提携中心型の業界再編

米国の業界再編動向と比較すると、わが国においては80年代後半にみられたような大型M&Aはなりをひそめ、むしろ、マイノリティー出資、技術提携、販売提携といったアライアンスの構築により競争力の強化を図る傾向が強い。

その背景には、長引く不況のなかでリストラ効果が現われずM&Aに乗り出すだけの資金的余裕がないこと、過去のM&Aにおいて成功事例が少なく新たな企業買収等に躊躇するケースが多いこと、規制緩和の遅れ、旧態依然とした商慣習の存在などが新規参入者にとって障壁となっていること、などがある。

しかし、このようななかでも、流通、マルチメディアなどの分野ではM&Aや提携により業界再編が進んでいる。

(2)多様化する合従連衡

マルチメディア業界ではディファクト・スタンダードを巡ってすでに国際的な企業提携集団が形成されつつあり、日本企業もこの集団に組み込まれた形となっており、今後の動向が注目される。

一方、流通業界における業界再編は以下の通り、マルチメディア業界での提携の動きが技術革新の進展を背景にしているのとは性格を異にしており、多面的な合従連衡のありかたを示す例として興味深い。

流通業界再編の動きには、わが国の前近代的流通構造(流通の多段階構造、旧態依然とした慣行に支配された取引活動)の変化と「価格破壊」の進展が絡んでいる。

価格破壊は、近年の内外価格差の急速な拡大を背景に、企業のコスト削減要請や消費者の低価格志向が大幅に強まったという需要サイドの要因に基づくものである。

しかしながら、その進展過程においては、需要サイドのニーズに対応した供給サイド、すなわち、卸売業者の淘汰・再編による流通経路の短縮化、物流の共同化、製販同盟の構築、小売業の再編・集約化等、流通関連企業の合従連衡が重要な役割を担っている。

例えば、卸売業者の淘汰・再編や製販同盟による中間流通の排除によって中間流通マージンが削減され、物流の共同化はメーカーや小売サイドの物流コスト負担を軽減するばかりでなく小売価格にも反映されている。

また、小売業における店舗の大型化、M&Aによるチェーン展開の拡大、他社との共同仕入等も仕入価格の低下につながっている。

このように「流通」を核にメーカー、卸売業、小売業が業種・業態を超えて連携することにより価格破壊が進展している。

さらに、流通業界では、イトーヨーカ堂が欧州流通最大手のメトログループ(スイス)と商品の共同開発を中心とした業務提携を結び、セブン・イレブンが世界最大の食品メーカー、フィリップ・モリスと販売提携を結ぶなど流通業界の国際化を促す動きもみられる。

このように、流通業では企業が提携戦略を多様化することにより、環境変化に柔軟に対応し、市場における競争優位を確立しようとする動きが見られる。

4.新たな合従連衡の形成

企業は、技術革新のテンポが緩やかな時代には、研究開発に十分な時間と資金を投入することができ、競合他社に追随されるまでに市場における競争優位を確保することが可能であった。

また、規制や制度により(それが変わらないことにより)既得権が守られてきた企業は、市場での支配力を維持することができた。

しかし、今日のように付加価値創造競争が激化し、技術革新のテンポが速まり、新たな技術開発に巨額の資金を必要とする状況下では、たとえ大企業であっても単独での対応は困難になってきている。

最近の日米における業界再編の動きに顕著に現われているように、ディファクト・スタンダードを獲得することが市場支配の鍵となる分野ではなおさらその傾向が強まるであろう。

また、規制緩和が進む分野においても新規参入企業を交えた淘汰・再編の波を単独で乗り切ることは極めて困難になるであろう。

したがって、このような環境のなかで、市場の主導権を握り、競争優位を確保するには企業の合従連衡が不可欠となっている。

しかし、最近の事例にも見られるように、法規制の変化が産業構造自体を一変させてしまうようなことを踏まえれば、競争環境が常に変化することを念頭において企業連携を想定する必要がある。

特に、将来にわたって技術水準、規制・制度などが大きく変わることが予測される分野では、固定的、全面的な提携関係を持つよりも、特定の利害に限定した機動的な形態で、かつ多種多様な選択肢をもつことが求められる。

すなわち、企業を取り巻く外部環境の変化が激しく、不透明な経営環境のなかで、合従連衡を通じて市場での競争優位を維持していくには、以下の条件が重視されるであろう。

・合従連衡において、卓越した技術力、巨大な顧客基盤、豊富な資金力などのコア・コンピタンス(秀でた一芸)を有するコア企業となることにより市場への影響力を保持すること。
・市場への影響力を強化するためには、自社の弱みを補強する手段として、企業グループ、業種、業態などの枠にとらわれず、外部の経営資源を活用すること。
・市場が製品規格の実質的標準を決定する分野では、他社、他のアライアンスに先駆けて標準規格を獲得すること。
・ある目的を達成するためには、同じ目的をもつ企業とパートナーシップを結び、互いに共通する競争相手に対抗すること。
このようなアライアンスは目的ごとに構築し、その選択肢をできる限り多くもつこと。
・相互に利益をもたらす限り、ある分野ではシェアを争い、異なる分野では共同で他のライバル企業に対抗するように、競争と協調のバランスを保つこと。
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