Business & Economic Review 1995年11月号
【OPINION】
真の政策論争を可能にするために
1995年10月25日
過去最低の投票率となった今回の参議院選挙後の世論調査(読売新聞、8月1日付け朝刊)によると、棄権理由の筆頭は「投票したい候補者・政党がない」(28%)、第二は「争点が曖昧」(24%)であった。政党の離合集散ばかりが目立ち肝心の政策論争は不在という空疎な構図を打ち破り、選挙を活性化させるためには、争点の明確化と活発な論争が不可欠である。80年代末以降、政権交代を展望した政治改革論議によって、政党単位で理念や政策を競い合う、よい意味での「党派性」の回復が政治目標となり、これを担保する仕組みとして、衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入された。日本政治の復権に向けて、小選挙区制のメリットを十分に引き出しつつ真の政策論争を戦わす必要があるが、その過程には、解決を要する問題もまた多い。
克服すべき喫緊の課題は、政党の機能不全である。政党本位の選挙の枠組みが確保されたとはいえ、現在の政局は、政党の自己変革なしに有意義な政策論争は不可能という閉塞状況にある。ボールはまさに政党の側にあり、選挙を契機に、以下の諸課題について有権者の信任を獲得する努力が求められる。ただし、政党の努力を促すには、有権者の不断の関心と厳正な選択眼による圧力が不可欠であり、当然国民とメディアの姿勢も問われることとなる。
機能不全を克服するため、政党はまず、アイデンティティの確立に努力すべきである。自民党は元来、革新陣営の求める福祉政策等を自らのものとし、支持基盤の拡大と長期政権を実現した包括政党(catch-all-party)であり、旧自民に公明、民社等の諸勢力を加えた新進党の場合、基盤はさらに広範である。現状、両党の政策は総花的たらざるを得ず、与党化する過程で独自性を失ってしまった社会党に至っては、争点設定機能すら危ぶまれている。
すでに、次代の対立軸として、政府の規模や国際社会との関わり方がいわれて久しく、各党各様のキャッチフレーズを掲げている。しかし、政党の現実とめざす理念の間に同一性、連続性がみられず、国民の信頼を得られていないのが現状である。党が旗幟を鮮明にすれば、従来の支持基盤の何ほどかを失う結果となり、痛みを伴う選択なことは自明である。しかし、現在求められているのは政党の原点たる党派性の回復である。相応の政治的コストを払ってでも、自らの拠りどころを明らかにして支持者の再編を行う英断が必要となっている。そのことは同時に、政党に背を向けた多くの有権者の支持を回復し、閉塞状況を打破する唯一の方策であろう。
次に政党に求められるものは、利害得失を明示した政策パッケージの提示である。有権者の多くは許容できる負担の範囲で最適な選択肢を選び抜くため、政策のバランスシートの提示を求めている。従来の公約はコストを曖昧にした政策の羅列の域を出ず、個々の実現可能性についても明快な説明を欠いた。しかし、資源制約が強まる一方、構造改革が急がれる現状、政治の調整能力が問われる局面は急速に増えつつある。政党の役割は、個々の政策の利害得失を勘案して優先順位をつけたうえ、財源の所在や補償措置、実行の時期や手順、スピード等を織り込んで体系化し、これを携えて関係者の合意を形成する点にある。説得力のある政策体系を作成し大勢の支持を得て初めて、固定化した既得権益を打破することが可能となる。ただし、この役割は、縦割りの官僚制に依存した従来の体制では到底達成できない。一から政策を立案するのは無理としても、官僚の立案する個々の政策を突き合わせ、統合する能力を政党が自前で持つ必要がある。具体的には政策スタッフの充実、外部の研究機関との積極的交流等が考えられる。
包括的な政策パッケージを打ち出すことに成功しても、選挙区の現実にこれが埋没しては真の政策論争を望むべくもない。そこで、第三に、党主導のもと優れた候補者の選定と活用を進めることが不可欠であり、前提として優秀な人材の採用と教育・訓練も重要度を増す。小選挙区制の場合、候補者は従来以上に党の代表たる振る舞いが求められ、最低限、公約を遵守し、政党の政策体系を地域の利害関係よりも重視する姿勢が必要である。
ここに至って、小選挙区制固有の事情が壁となって立ち現れる。すなわち、政党の公約を無視した地元密着型の選挙戦によって地域エゴが噴出し、「政治改革」の名に背く結果となる可能性がきわめて高い。矮小化された「政策論争」ばかりが白熱し、国政の行方については、急を要する構造改革といえどもなおざりにされかねない。このような事態を回避し、国政優先を実現するには、国政選挙に地域エゴを持ち込まずに済むよう、制度改革を行う必要がある。ただし、国政が地方の利害を大きく左右する現状、国政優先の行き過ぎは地方の切り捨てにつながることに十分配慮しなければならない。
具体的には、抜本的な参議院の改革と地方自治の充実が考えられる。両院の選出母体に明瞭な差異がない日本の議会制度は世界的にも稀な事例であり、参議院を自治体を単位とする地域代表の府に変革し、国政に対する各地方の発言力を強化することは真剣な考慮に値しよう。さらに急ぐべきは、権限を中央から各地方に大胆に移し、より市民に近い自治体の手に地方の問題を委ねることである。各地方に対して政党が利益誘導を行う余地を大幅に狭め、選挙区固有の事情で選挙戦が左右されるケースを減らすことにより、大きな枠組みで政策論争が行われる素地が形成されよう。
現在、各党は差し迫った政治日程や流動化する政局を前に、総選挙に消極的な姿勢である。しかし、選挙は貴重な政策論争の場であり、国民の信を問う必要が生じた場合には、時を置かずに実施することが必要である。有権者の関心をかき立て、長い議論の末に自ら導入を決めた新制度の効果を最大限に引き出すべく、政党には真摯な努力を期待したい。