Business & Economic Review 1995年10月号
【OPINION】
戦後民主主義の危機
1995年09月25日
本年7月の参議院選挙の投票率は44.5%と史上最低に落ち込んだ。過半の国民は敢えてその権利と義務を放棄し、成年男女に均しく選挙権の賦与を認めた戦後民主主義は危機に瀕している。しかし、先の都知事選にみられる通り、都市博や二信組問題等、政治イシューに対して明確な選択肢が提示された場合、都民のかなりの部分が積極的にその意思を表明したことが窺われる。真の危機は、選択肢を国民に提示できず民意からの乖離が懸念される現行政治体制にある。
戦後わが国経済は、先進国へのキャッチ・アップという明確な目標のもと、世界史的にも稀有な高度成長、すなわち、国民生活の持続的かつ飛躍的向上を実現した。こうした情勢下、政治イシューは主として所得分配等、利益衡量の問題に限定され、政治が、国民に選択肢を提示し、国民的コンセンサスの形成を図る本来の機能を発揮する必要性は小さかった。
しかし、現下のわが国は重大な岐路にある。すなわち、内外情勢が大きく変化するなかで、わが国は、新たな高度化経済の実現に向けて、内外価格差に象徴される高コスト体質や新規産業・新事業創出の停滞にみられる民間活力の低迷等、規制依存型システムによる様々な制度疲労問題の克服を迫られている。こうした構造問題の解決には公共料金の引き下げや規制市場への競争原理導入等が不可欠であるものの、それらは必然的に利害の衝突を随伴する。とりわけ、現下のわが国経済は、物価下落圧力が根強く残存するもとで、国内所得の減少を通じて利害の衝突が一段と先鋭化しやすい状況にある。
さらに、こうした利害の対立は、単なる経済的問題にとどまらず、大きな政府と小さな政府の政治理念の相違に根差したコンフリクトに深化する可能性が大きい。具体的問題に即してみれば、次のような対立軸を想定できる。まず景気対策では、公的需要の牽引力に期待する公共事業主体型と市場メカニズムによる資源の有効活用を図る減税型に分かれる。福祉政策では、とりわけコスト負担に関し政府依存型と自助努力型に二分されよう。構造問題でも、政府誘導型と市場経済原理を重視する規制緩和推進型が両端に位置する。
こうしたなかで、政治サイドからは戦後体制に訣別する動きもみられる。二大政党制を展望した衆議院の選挙制度改革である。しかし、その理念の実現には少なくとも数年の歳月が必要とみられるうえ、小選挙区制を基盤とするため、現実には地域間利害の調整あるいは地元への利益誘導に矮小化され、わが国全体のコンセンサス形成機能を果たし得ない可能性を否定できない。
このようにみると、実質的な民意の反映に向けて、現行政治システムへの直接民主制の部分的導入は焦眉の急である。まず、短期的な方策として、世論調査や請願制度等、現行システムの活用と拡充が有効である。世論調査制度の拡充によって民意の所在をより明確に把握することが可能となる一方、現状、国会への請願に必要とされる議員紹介を不要とする、請願に対する国会の応答義務を拡大する等を通じて、国民の直接的な政治参加の拡大が期待できる。
さらに、中長期的には、国民的な政治参加意識の澎湃とした盛り上がりを前提に、部分的直接民主制を具現化する次のシステムへの移行が求められる。まず第1に、決定時における国民投票等による政治・行政過程への国民参加である。第2は、決定前の段階での国民投票発議権である。これに関しては、固定資産税減税を求めた1978年カリフォルニア州での住民提案13号の成功が有名である。加えて、この段階では、国民に判断材料や抗弁の機会を提供する観点から、政治・行政過程および情報の公開システムの拡充が不可欠である。最後に第3は、人事面から罷免によって事態の解決を図る方法として、地方自治法のリコール制を国政レベルへも導入することである。
そもそも間接民主制は直接民主制の擬制に過ぎず、あらゆる政治的権限や正統性の源泉は国民意思にある。この根本理念に立ち帰ってみれば、形骸化が懸念される国民主権を復活させるためには直接民主制の導入以外ない。もっとも、政治は国家機密を取扱い、国の大計を決める。それだけに、一方で、政治は真の国益の観点から、目先の利害にとらわれがちな民意に背くリーダーシップの発揮を時として求められることも銘記すべきであろう。