Business & Economic Review 1995年08月号
【論文】
産業インキュベーション-民間主導による新産業創造のビジョンと戦略
1995年07月25日 産業インキュベーションセンター 田坂広志
要約
いま、時代は、「民間主導による新産業創造」のビジョンと戦略を求めており、このビジョンと戦略として、日本総合研究所は、「産業インキュベーション」という新しいコンセプトを提案する。
この「産業インキュベーション」のビジョンと戦略は、過去5年間に、民間企業延べ378社とともに推進してきた11の「産業インキュベーション・コンソーシアム」の活動を背景として提案するものである。
「民間主導による新産業創造」のビジョンと戦略が求められる理由と背景を、5つの視点から、以下に述べる。
●「生活者主権の時代」においては、これまでの生産者本位の「シーズ型産業」ではなく、生活者本位の「ニーズ型産業」の創造が求められている。
●しかし、戦後50年にわたり有効性を発揮してきた中央官庁主導の「産業育成政策」には限界が見えつつあり、これによって「ニーズ型産業」の創造を実現することは困難になっている。
●また、これまで地方自治体が推進してきた「リサーチパーク構想」などを核とする「地域産業育成」の試みも、あまり成功していない。その原因は、こうした構想が、「新産業創造ビジョン」と「新事業創出戦略」の2つの点で、民間企業にとって魅力的な構想となっていないことにある。
●一方、民間企業における3度の「新事業開発ブーム」も、“雇用対策型”や“落下傘降下型”の新事業開発が主流であったため、大きな成果を残すことができなかった。この教訓に学び、民間企業は、異業種企業の「戦略的提携」を推進し、共同して「新市場創出」を実現するという、新しい「新事業開発」のパラダイムを求めている。
●しかし、民間主導により「新市場創出」を進めていくためには、「新産業創造」の明確なビジョンを掲げ、民間企業を中心に、中央官庁、地方自治体、マスメディア、アカデミアなど、社会各層の共同を実現し、推進していくことが必要である。そして、この「社会的共同」において、重要な役割を果たすことが期待されるのは、民間企業と地方自治体との「新しい官民共同」である。
こうした「民間主導による新産業創造」をめざす民間企業の動きの具体例として、「エコオーディット産業」「ソフトエネルギー産業」「マルチメディア産業」の創造をめざす「産業インキュベーション・コンソーシアム」の活動が挙げられる。
これらのコンソーシアムは、いずれも「産業インキュベーション」の戦略にもとづき活動を行っている。「産業インキュベーション」とは、「日本型テクノロジー・インキュベーション」と日本独自の「マーケット・インキュベーション」を“車の両輪”とする戦略であり、それぞれの「5つの戦略」を統合した「10の戦略」によって構成されるものである。
中央官庁主導の「産業育成政策」や地方自治体主導の「リサーチパーク構想」において、新事業開発やベンチャービジネス育成の効果が必ずしも上がっていない現状を踏まえるならば、この「民間主導による新産業創造」をめざす「産業インキュベーション・コンソーシアム」の活動は、一つの有効な解決策となり得ると考えられる。
そして、この「産業インキュベーション」のビジョンと戦略は、これからやって来る「エレクトロニック・コマース(電子商業空間)」の時代において、新しい“進化”を遂げることが予感される。