コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 1995年08月号

【INCUBATION】
「社会経済アセスメント」を用いた新たな地域開発

1995年07月25日 事業企画部 村岡元司、事業企画部 丸尾聡


1.これからの地域開発に求められる住民合意

長野に次ぐ冬季オリンピックの開催場所が、米国ユタ州のソルトレイクシティに決定された。オリンピックの開催は、地域活性化のための巨大イベントと考えることができるが、一方で問題も指摘されている。地域開発には自然破壊はつきものであり、イベント後に残る巨大施設の維持管理負担の問題や、開発の是非を巡って地域内部に対立構造が生じる、といった弊害も報告されている。実際に、環境保全の問題と住民の経済的な負担が原因となって、住民投票で開催が見送られた例もある。

今回のソルトレイクシティの場合も「競技施設をつくるために、州の消費税収を用いるのは是か非か」を問う住民投票を実施しており、住民合意を得た上で誘致に踏み切っている。ソルトレイクシティと誘致を競っていたスイスのシオンでも、住民投票でオリンピック誘致の賛否を確認し、環境保護団体と「緑の協定」を締結した上で立候補した。これらの例は、地域開発のプロセスにおいて住民同意が不可欠であることを改めて気づかせてくれる。住民同意の獲得にあたっては、住民投票で賛否を問うといった方法があるものの、その計画内容に踏み込んだ合意形成の方法論は確立されていない。

2.「アセスメント」による地域開発手法

わが国の地域開発では、計画内容が住民に対して提示されるものの、提示のタイミングはほとんどの場合、計画決定後の事業段階である。そのため、計画変更を受け入れられることは実際には稀であり、かつ計画図書を住民が読解することは困難である。また、ソルトレイクシティの例を見てもわかるように、地域開発を前にして、住民の気になる情報は、「開発に伴い発生する地域への影響」であり、それに対する配慮の有無であると考えられる。

さらに前述のとおり、地域開発のプロセスにおいて住民同意は不可欠である。ソルトレイクシティでは住民投票という方法で合意形成が図られていたが、投票であることから、「決定」が重視される手段であったことは否めない。合意形成のためには「決定」よりも「対話」の場を設ける方法を採ることが望ましい。

以上の点を踏まえ、当該の地域開発によって生じる地域への影響を予測し評価する「アセスメント」手法を、合意形成のための「対話」の場を設ける際の有効なツールとして活用することを提案したい。このアセスメント結果を住民、開発を進める事業者、その他の関係者で共有し、それを議論のテーブルとして代替案を探ってゆく方法である。運用方法に工夫をすれば、アセスメントは地域開発を円滑に進めるためのツールとなる。

3.わが国の環境アセスメントの限界

わが国でも、大規模な地域開発については「環境アセスメント」が義務づけられている。これは、ある開発行為が地域の自然環境に与える影響や自然環境を経由して住民に与える影響を予測し、マイナスインパクトを最小化できるよう当初の計画の代替計画を見いだしてゆくものである。わが国で実施されている「環境アセスメント」の代表的なフローは次のとおりである。

● 対象となっている開発計画の内容紹介
● 環境の現況の調査
● 環境保全のために講じようとする対策の紹介
● 環境影響の予測及び評価
● その他環境保全のために講じようとする措置の紹介
● 総合評価

このフローをみると、わが国の環境アセスメントは、カナダやフランスの「環境アセスメント」のように、住民を開発行為に対する意思決定に参加させる目的で活用されていないことがわかる。有識者や住民団体等からの批判に耳を傾けると、わが国の環境アセスメントの問題点は次の4点に整理される。

● わが国の政府要綱では、アセスメントの対象が事業実施段階であり、事業の計画段階では実施されていない。
● 代替案の検討がなされていない。
● 調査範囲や評価項目そのものの決定にも住民が関与するスコーピングが 実施されていない
● アセスメント結果と実際の事業結果とを比較し、より良い開発計画を立 案するためのフィードバックが実施されていない

これらの指摘は「住民同意の獲得」と「地域への影響の配慮」を実現し、円滑に地域開発を進めるための重要な課題を示したものであり、これらの批判に耐えうるだけの環境アセスメントの実施が望まれる。

4.環境アセスから社会経済アセスへ

開発行為を目の前にした地域の住民が、気になる影響分野は、地域の「自然環境」への影響、「地域経済」への影響、「地域社会」への影響の3つに大別される。環境アセスメントは、これら3つの影響のうちの自然環境のみに対応したものである。住民同意を獲得するため、自然環境に加え地域経済や地域社会への影響についても、アセスメントを実施する「社会経済アセスメント」を提案したい。

「社会経済アセスメント」は、開発行為に伴って地域に生じる経済的な影響や社会的な影響を予測評価し、その予測評価結果をもとに、住民、事業者、その他の関連機関が、意見を交換しあい、最終的に妥協できる開発計画を作り上げるという方法のことである。

5.「社会経済アセスメント」の評価項目

本来開発によって、影響の及ぶ範囲や懸念される課題は自然環境のみにとどまらない。むしろ社会・経済的なものも多い。「社会経済アセスメント」の評価項目は、こうした開発行為に伴って、発生する影響のうち、地元住民が気にする社会経済的な影響を具体的な項目として取り上げたものである。

地域開発の影響を受ける住民は、地域における「生活者」としての顔と事業活動に関わる「事業者」としての顔をあわせ持っている。この2つの側面から、開発行為を評価する必要がある。例えば、地元の工業会に集う人々は「事業者」としての顔を強く持っており、地域開発を目の前にした時に、どれだけの経済的な効果が期待できるかを気にする傾向が強い。一方、地元の主婦連に集う人々は「生活者」としての顔を強く有しており、地域開発により地元の福祉がどれだけ向上するのか、あるいは治安がどれだけ乱れるのかを気にする傾向が強くなる。

すなわち、地域開発による地元への影響が経済振興にどの程度役立つのか、あるいは社会福祉にどの程度役立つのかという2つの視点が地域開発計画の重要な評価軸となる。これらの評価軸に沿って具体的な小項目を導き出すことにより「社会経済アセスメント」の評価項目をまとめることができる。(図1参照)

6.「社会経済アセスメント」の運用方法

「社会経済アセスメント」は、その運用方法によって、住民参加による地域開発を可能にする一方で、現状の環境アセスメントのような計画内容の許認可手続きに矮小化される危険性もある。よって、この運用方法は、わが国の環境アセスメントに対する前述の批判点も踏まえ、円滑な地域開発を実施してゆく「対話」のツールとして、次のような進め方が望まれる。(図2参照)

ステップ1:
評価項目・基準の設定 地域特性や地元住民の意向に合わせて、社会経済アセスメントの評価項 目及び基準を決定する。5.で紹介した評価項目などをたたき台として、 最終的な評価項目を決定する。

ステップ2:
計画案の評価 ステップ1で決定された評価項目を用いて、対象となる当初の開発計画 を評価する。

ステップ3:
代替案の策定 ステップ2の評価結果を参考に、代替案の策定を行う。

ステップ4:
代替案の評価 代替案について、再度ステップ2と同様の評価を行う。

ステップ5:
最終案の決定 ステップ1~4を繰り返し、住民、開発主体、その他の関係機関の話し 合いを続け、最終案を策定する。

ステップ6:
開発の実施 ステップ5で決定された最終案に従って開発を実施する。

ステップ7:
フォローアップ 第1期の計画の実行後一定期間を経て、社会経済アセスメントで予測し た結果が得られているか否かを検証する。この検証結果は第2期以降の 開発計画にフィードバックされるものとする。

7.「社会経済アセスメント」を用いた円滑な地域開発手法へ向けて

わが国でも、東京副都心開発のカギを握るといわれた「世界都市博覧会」の開催中止が話題となり、計画から既に20年を経た後に第2期工事が白紙となった「成田空港」の例も記憶に新しい。どちらも行政や企業が先行して推進した計画であったことは否めない。しかしながら、地域開発プロジェクトとして地元地域への経済的波及効果は計り知れないものがあったに違いない。しかし、その計画策定からイベント実施や着工に至るまでの一連のプロセスにおいて、必ずしも十分な「住民同意を獲得する努力」や「地域にもたらされる影響の評価」がなされたわけでは無いように思う。もし、本稿でいうところの「アセスメント」というツールによって、地元住民との議論のテーブルが早期に用意されてたならば、結果は違っていたかもしれない。今後、各地で構想されている地域開発プロジェクトが「社会経済アセスメント」によって、開発の波及シナリオを事業主体と地元住民が共有できるものとなることを願いたい。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ