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Business & Economic Review 1995年08月号

【特別寄稿】
1997年返還後の香港と中国の経済関係

1995年07月25日 全国人民代表大会常務委員会 香港特別行政区準備委員会 予備工作委員会経済組組長 高尚全


1.世界の経済センターの一つとしての香港の現状

香港は、1960年代から70年代にかけての発展によって、世界の最も重要な経済センターの一つになった。

貿易産業は、香港経済の発展にきわめて重要な役割を果たしたが、貿易センターとしての香港の地位が確立したのは80年代初めである。ちなみに、香港の貿易の年平均伸び率をみると、50年代は5.0%であったが、60年代、70年代、80年代にはそれぞれ13.1%、19.1%、21.4%と急速に高まっていった。88年に香港の一人当たり貿易額は21,600ドルに達し、初めてアメリカ、イギリス、日本等の先進国を抜き、シンガポールに次ぐ世界第2位となった。なかでも、アパレルや玩具などの日用工業品は輸出量、額ともに世界最大規模を誇っている。94年になると、世界の輸出、輸入に占める香港の順位はそれぞれ88年当時の11位、12位から8位、7位まで上昇し、香港の一人当たり貿易額は50,880ドルに達した。また、香港では貿易関連企業の数が10万社を超え、就業者も全就業人口の18%を占めるに至っている。

海外資本も香港の発展に大きく寄与した。海外資本の流入は国際金融センターとしての香港の地位を確立させ、香港の交通・物流インフラ整備にも貢献した。香港が国際金融センターの一つにまで成長した重要な背景には、自由・開放的な金融政策や高度に国際化された銀行システム、低率な税制、整備された金融インフラ・法体系、安定的な政治・社会環境等が挙げられるが、具体的な特徴は次の3点に集約できる。

第1は、香港が世界3番目に外資銀行の多い地域であり、外資系銀行が香港の金融市場において大きなインパクトを持っていることである。1994年11月現在、世界ランキング上位100行のうち81行が香港に進出しており、外資系銀行の数は香港全体の93.3%に相当する168行に達している。94年の香港の外資系銀行の預金と貸出総額は19,285億香港ドル、32,443億香港ドルとなっており、それぞれ89年より91.4%、81.4%増加した。このもとで、銀行の総資産は71,689億香港ドルに達し、89年より68.8%増加した。香港の銀行の平均利益率は20%以上を保っており、香港は多くの銀行にとって重要な収益源になりつつある。ちなみに、93年度の香港上海銀行、スタンダード・チャータード銀行の香港での収益は156億香港ドル、27億香港ドルに達し、それぞれ各自のグループ収益全体の60%と58%を占めている。

第2は、証券市場の急速な発展に伴い、香港が世界のファンド投資の主要市場の一つになったことである。94年の香港の株式市場の取引総額は11,226億香港ドル、同年末の時価総額は20,922億香港ドルに達している。一方、ハンセン指数先物などデリバティブ商品の開発も進められ、取引高が急増している。ちなみに、94年のハンセン指数先物の取引量は93年対比71.3%増加し、413万本に達した。

第3は、香港が貿易の中継点から資金の中継点に変わりつつあることである。香港はアジア太平洋地域の最も大きな地域金融センターの一つであるばかりか、世界の三大金市場の一つとして、国際間・地域間の資本を調節するうえでますます大きな役割を果たすようになっている。

一方、香港の交通・物流システムも非常に発達している。香港港は、年間16万隻の船舶の出入りする世界で最も繁忙な商業港の一つである。なかでも、コンテナの取扱量は3年連続で1,400万個を超え、世界最大規模となっている。香港空港も世界有数な利用客の多い空港である。93年の香港空港の発着便数は13.5万便、利用客数は2,450万人に達し、貨物取扱量でみても世界3位の地位である。

2.国際経済センターとして香港の直面する課題

90年代入り後、香港の貿易の拡大ペースが鈍化し、94年までの年平均伸び率は80年代より5ポイント低い16.4%にとどまった。景気の後退局面にあった先進国と比較して、香港の貿易の拡大ペースはなお相当高い水準を維持しているものの、香港は今後とも国際貿易センターとしての地位を維持していくために、幾つかの問題に直面しているのも事実である。

まず第1に、世界経済環境が変化するなかで、貿易の中継基地としての香港の優位性が相対的に薄れていることである。すなわち、自由貿易政策や中国大陸・東南アジア諸国との密接な関係は香港が世界の貿易センターとして確立するうえでの最大の優位性であった。しかし、近年、中国大陸や東南アジア諸国も相次いで輸出志向型の開放政策を採用したのに加え、AFTAなど地域的経済協力が急速に進む一方、各国は貿易規制を削減することにより外国資本を誘致し、輸出産業の育成を試みている。さらに、シンガポールを拠点する東南アジア諸国の中継貿易が急速に発展し、中継貿易の拠点としての香港の利用価値が相対的に低下している。ちなみに、1990年~93年の香港の貿易総額に占める中継貿易(対中国取引を除く)の平均伸び率は9.7%であり、80年代の17.7%を大きく下回っている。これにとどまらず、この2、3年、香港の貿易総額に占める中国との中継貿易の拡大ペースも鈍化した。

第2は、香港の輸出構造の高度化が相対的に立ち遅れていることである。90年代に入ってから、自動車・航空機といった輸送機や精密機械など技術集約的な商品が国際貿易の大きなシェアを占めるに至っているが、香港の輸出は依然として原材料・労働集約的な商品を中心にしている。ちなみに、93年の輸出の内訳をみると、原材料・労働集約型商品等の比率が58.4%であったのに対し、機械・輸送機のシェアは30.6%にとどまっている。

第3に、インフレの高騰に伴い香港での貿易コストが大きく上昇している。また、陸・海・空の運送能力が限界にあることに加え、伝統的に貿易サービスがほとんど特定の企業に独占されているため、サービスの質が低下している。

第4に、97年の返還を控えて、一部の投資者の間で将来に対する不安が募っている。イギリス側の措置が絶えず物議をかもし、またアメリカは97年以降の対香港通商政策を明確にしていないといったような政治的要素も香港経済の将来を脅かす要因となっている。

一方、香港は金融センターとしての地位を維持していくうえでも大きな課題に直面している。97年が近づくにつれて、経済がより政治と密接に連動するようになってきており、政治的な不安要素が金融市場の不安に繋がりかねなくなっている。加えて、国際的なホットマネーの大量流入が香港金融市場の一層の流動化と無秩序化をもたらしている。

香港が今後とも金融センターとしての地位を維持していくうえで、直面する課題は大きく二つに分けることができる。その一つは返還後、中国政府が果たして『香港特別行政区基本法』で定められた「一国両制度」政策を忠実に履行するか否かに対する投資者の不安、すなわち前述した貿易センターを維持していくうえでの課題と同様で、いわば中国政府の「信用」に対する疑念である。もう一つの課題は、香港自身の競争力に関わる問題である。すなわち、香港が東京やシンガポールといったアジアの他の国際金融センターとの競争に勝つことができるか否かの問題である。

後者について具体的にみてみよう。まず日本については、80年代以降、為替管理制度の撤廃(80年)や東京オフショア金融市場の設立(86年末)などといった一連の金融自由化政策を実施し、次第に資本市場の国際化と円の国際化を進めてきた。この結果、東京はニューヨーク、ロンドンに次ぐ世界3番目の金融市場になった。今後、香港の国際資金の一部がこうして急成長した東京市場に移動していく可能性が高い。

一方、シンガポールからの挑戦も注目すべきである。シンガポールは国際金融業務を拡大させていくうえで香港ときわめて多くの類似点を持っている。シンガポールはすでに68年にアジアで初めてアジアダラー市場を開設した。70年代に入ってからも、シンガポールは税改正やオフショア市場・金融先物市場の育成、移民条件の緩和などの優遇措置を講じて、それまで香港にあった多国籍企業の地域・業務本部の移転の受け皿となってきた。こうしたシンガポールの努力は奏功し、香港から少なからぬ資金と人材の受け入れに成功した。93年、シンガポールはオフショア市場をさらに拡大させるために一連の優遇税制を導入すると同時に、95年から3つの段階に分けて公的積立金の投資と信託基金の投資範囲を緩和することを決め、信託資金の管理センター機能を育成しようとしている。上述の優遇政策に加え、長期にわたっての政治安定等も香港に対するシンガポールの優位性といえる。

東京、シンガポールの他、タイやマレーシア、フィリピン、台北、上海も自前の国際金融センターを育成、または設置を計画している。換言すれば、東アジア並びに東南アジアのほとんどの国・地域が国際金融センターとしての香港の地位の停滞に伴ってできたチャンスを睨み、その地位を奪い取ろうとしていると言っても過言ではない。この意味で、香港は今後とも国際金融センターとしての地位を維持していくうえで、きわめて大きな挑戦を受けている。

3.香港独自の優位性と「大陸要素」は香港が国際経済センターの一つとしての地位を確保するうえでの基礎条件

このように、香港は97年の返還を控え大きな挑戦を受けている。しかし、香港経済の持つ独自の優位性と中国大陸との密接な関係は返還後の香港に大きな可能性を与えている。

まず、世界でも有数な自由港を持つ国際都市の香港は一層の経済発展を実現していくうえで多くの有利な条件を持っている。例えば、高度に自由・開放的な貿易と金融政策、健全な法体系、安定的な政治・社会環境、整備された市場経済並びに管理システム、相対的に低い税率、整備されたインフラ施設、恵まれた地理的位置、豊富な人的資源などである。さらに、これまでの経済発展によって、香港は比較的強い経済基盤と財政金融力を持つに至っており、これは国際経済センターとしての香港の繁栄を維持していくための基礎になっている。

国際経済センターとしての香港を維持していくためには、貿易構造の高度化と金融市場の一層の整備が不可欠である。そのために、(1)中継貿易とオフショア貿易の拠点としての機能を強化することによって、世界貿易における香港の特殊な役割を維持していくこと、(2)先端技術や管理ノウハウを導入し、高付加価値産業、とりわけハイテク・資本集約型産業を発展させることによって、香港経済の生産性を向上させること。なお、労働集約型産業はできるだけ中国大陸、なかでも華南地区に移転していくべきであろう。(3)金融市場の直面している諸問題、例えば、外国資本が香港銀行の絶対多数を占めることによってもたらされる銀行システムの不安定性や経営コストの上昇、「ホットマネー」の衝撃などに対してタイミング良く積極的な対策を講じること、等が不可欠であろう。

次に、香港経済の一層の発展を実現するうえで、中国大陸の重要性も大きい。貿易面からみると、中国大陸は改革開放以降、78年から94年まで、GNPと貿易の平均伸び率がそれぞれ9.4%、16%に達するなどきわめて速い経済成長を実現してきた。この結果、世界の貿易ランキングにおける順位は78年の32位から94年の11位にまで上昇した。一方、同期間における香港と中国大陸の貿易額は60倍に拡大し、香港の中継貿易の88%が中国大陸関連である。94年現在、香港の対中直接投資プロジェクトは累計12万件に達しており、香港資本は中国の受け入れた海外直接投資の62.5%を占めている。

金融面をみると、急速な経済成長に伴って拡大する中国の資金需要の増大を見込んで、多くの外国銀行が香港での業務を一層強化している。一方、香港の地場銀行は地縁・血縁等の有利な条件を生かし、中国の国内銀行並びに企業への貸出を急速に増加させた。ちなみに、93年現在、香港の地場銀行の対中国融資額は194.8億香港ドルに達しており、91年対比28%拡大した。香港の地元銀行はまた、多くの対中国シンジケートローンの幹事行として活躍しており、香港が中国関係シンジケートローンの中心地になっている。この他、中国企業H株の上場によって香港の株式市場が一層活性化したことや中国大陸と台湾間の金融・貿易の仲介役として香港のこれまでの果たしてきた役割等からみても、大陸との密接な経済関係は今後の香港の一層の発展にとってきわめて有利な条件である。

そこで、香港が今後とも国際貿易・金融センターとしての地位を維持していくためには、自らの経済的実力を強化していくと同時に、大陸の安定と発展が不可欠な要素となっている。この意味において、香港が今後大陸との経済交流を進めるに当たり、以下の2つの点に十分注意していく必要があろう。

第1に、大陸がすでに香港経済の持続的成長を実現していくうえでの大きな要素の一つになっている現実を踏まえて、香港の金融・商工界が一層積極的に大陸との経済関係を強化し、大陸の社会主義市場経済の規範化に協力していくことである。

第2に、香港・華南の経済的一体化を一層加速させ、相互補完関係にある同地域の優位性を積極的に生かしていくことである。同地域の人口は約1億人であり、近年の域内経済の平均伸び率も30%に達している。華南地区には香港系企業に働いている労働者が約300万人おり、香港製造業の90%の生産を請け負っている。同地域は目下、太平洋地域あるいは世界経済を視野に入れても最も成長のパフォーマンスの良い地域になっており、国際資本の注目の的になっている。香港が本社機能を持ち、華南地域が生産拠点となるといったように同地域で形成された合理的な分業体制は、香港経済の国際競争力の向上に寄与する一方、国際貿易・金融センターとしての香港の地位を確保していくうえでも大きな役割を果たしている。無論、香港との経済交流は中国の長期的な経済発展、とりわけ中国大陸の一層の改革・開放を進めていくうえでもきわめて有利である。

4.香港の繁栄と発展を維持していくうえでの法的・政策的保証となる『香港特別行政区基本法』

私たち(中国政府)は今後の香港と大陸の経済関係に対して明るい展望を持っている。返還後の双方の経済関係をスムーズに発展させ、香港の繁栄と発展を維持し促進していくうえに必要な法的環境について今一度整理してみよう。

まず、明確にしなければならないのは、香港が『香港特別行政区基本法』(以下『基本法』と略す)に基づくきわめて高度な自治権を持つ特別行政区となることである。国際金融センターとしての香港の地位を維持していくために、

●香港の貨幣・金融政策が従来通り維持されていくこと、
●特別行政区政府が独自の貨幣政策を制定し、金融の監督・管理を実施することができること、
●引き続き香港ドルの法的地位と発行方式を維持していくこと、
●香港においては為替管理を行わず、引き続き金融市場を開放していくこと、

等が保証されている。

次に、香港・大陸間の経済関係の運営・管理は、国際経済活動のルールと慣習に従って行われていくことである。香港・大陸間の貿易は輸出入貿易とみなし、双方の金融的往来は国際間の金融活動とみなし、また双方の運送も国際間の運送として管理していく。

第3に、中央政府が大陸で実施している貿易関連の法律・法規、政策および管理措置は香港に適用しない。香港はあくまでも『基本法』に基づいて、独自の貿易関連の法律・法規のもとで自由貿易政策を実施すると同時に、関税、クォータ制など特別行政区内の貿易管理制度を独立して実施する。

第4に、香港・大陸間で契約トラブルが生じた場合、仲裁も司法もすべて国際慣例に従って行われる。

以上の法的な規定に基づいて、我々(中国政府)は次のような政策措置を講じる。

(1)香港経済の高度な自由と国際性を政策的に引き続き維持し、国際貿易・金融センターとしての香港の役割を維持していく。このために、特権によってもたらされる不公平な競争や市場メカニズムに違反することによって発生するいかなる不平等な競争を防止することによって香港の市場運営メカニズムと法体系を保護し、多元化的な資本構成と自由競争の資本主義市場環境を保っていく。

(2)香港・大陸間の貿易を拡大させ、双方の経済・貿易協力関係を一層強化させていく。『基本法』並びに関連条例に基づいて、自由貿易政策を引き続き実施していくことによって自由港としての香港の地位を維持していく。輸出入貨物の管理や密輸への取り締まりを強化し、運送のためのインフラ整備、サービスレベルの向上を図ることによって、中継貿易を一層拡大させていく。一方、香港・大陸経済のハイレベルの相互補完関係をさらに発展させることによって、産業構造を高度化し、高品質・ハイテク・高付加価値製品の生産と輸出を拡大していく。

(3)香港・大陸間の相互投資を促進し、関連する金融業務を積極的に開拓していく。このために、関連政策の継続性と安定性を維持することによって、税制や輸出入、為替取引などの各方面にわたって香港系企業に外国企業と同じような待遇を維持していくと同時に、香港で設立された大陸の企業に如何なる特権も与えない。大陸の改革の深化と金融業の発展に応じて、香港金融界による国有企業の株式会社化や人民元の海外市場での試験的な取引、大陸と相互の金融機関の開設等を奨励していく。

(4)香港と大陸の経済協力を順調に進めていくため、問題が発生した場合にこれを調整していくためのシステム(機関)を構築していく。


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