Business & Economic Review 1995年07月号
【PLANNING & DEVELOPMENT】
業務核都市から生活核都市へ-業務機能の分散移転を推進するための 新たな施策展開の必要性
1995年06月25日 武山尚道
1.東京一極集中に対するオフィスの分散移転政策
企業の本社機能や国の行政部門を東京からいかに分散・移転させるかは、この10年来国土の骨格づくりや都市整備において大きなテーマとなってきた。そのための制度もさまざまな角度から用意されている。しかしながら、それらが十分な効果を上げているとはいい難い状況にある。ここでは、オフィスの分散移転の受け皿づくりを目指す重要な制度である「業務核都市」を題材として、その限界を指摘するとともに、新たな視点に立った政策展開のあり方を提案したい。
(1)業務核都市制度
東京一極集中是正に向けての対応を制度的に裏付けているものとしては、昭和63年に制定された「多極分散型国土形成促進法(多極法)」があり、これに基づいて業務核都市の制度ができている。業務核都市とは、「東京圏における東京都区部以外の地域において、相当程度広範囲な地域の中核となり、諸機能の適正配置の受け皿となるべき都市」である。また、ここでいう「業務」とは、企業の中枢となる経営管理や企画、全社的な事務管理や営業管理、人材育成、研究開発などがイメージされている。
業務核都市は県や政令指定都市が基本構想を作成し、国が承認するものであって、基本構想はおもにオフィスの集約的立地を図る業務施設整備地区の設定と、そこにオフィスの立地を誘導するための中核的施設に関する計画からなる。業務核都市として承認されると、中核的施設の整備・運営を行う第三セクターに対する法人税、土地保有税、事業所税に関する税制上の特例や、NTT無利子融資・日本開発銀行による出資・融資などの支援措置が認められる。また、公設民営方式による施設の整備・運営を行う地方自治体に対しては地方債の特例措置が、更に、東京区部から本社機能を分散移転する企業に対しては、開銀融資といった支援施策が適用される(図表1、図表2)。
1.中核的施設整備事業
中核的民営施設を整備する第三セクターに対するNTTーC、およびNTT-C’型の無利子融資、低利融資
2.核都市拠点整備事業
地方公共団体が策定する拠点地区整備計画にとづいて実施する中核的施設および基盤施設の整備事業に対する開発銀行の特別金利融資
3.本社機能融資制度
東京都区部に立地する本社機能を有する事務所を業務核都市内に分散または移転する事業に対する開発銀行、北東公庫の特別金利融資
このような業務核都市の制度に基づいて、千葉、木更津(千葉県)、大宮・浦和(埼玉県)、横浜、川崎、厚木(神奈川県)、つくば・土浦(茨城県)で、業務核都市の整備が進められつつある。また、このほか数カ所で国土庁の承認を受けるべく、構想づくりが行われている
(2)オフィスの分散移転の現況
国土庁の調査によると、昭和60年から平成5年までの間に東京23区からそれ以外の地域にオフィスを移転した企業は148社であった。この結果、コンベンションセンターなどの中核的施設や有力企業が入居する超高層ビルが立地するオフィス街が形成され、都市としての姿を現しているところもある。しかしながら、ここ数年、業務機能の立地展開を目指す都市づくりは大きな壁にぶつかっている。すなわち、各業務核都市では、幕張新都心地区(千葉)、MM21地区(横浜)、大宮駅周辺地区(大宮・浦和))など重点整備地区をそれぞれいくつか定め、ここに図表2にあるような中核的施設を配して、大規模集約的なオフィス街づくりを進めることが考えられているのであるが、必ずしも期待されたような動きを見せていない。例えば、みなとみらい21地区や大宮駅周辺地区では、立地企業の顔ぶれとして、地元の銀行や地元に係わりの深いメーカーなどが目立ち、必ずしも東京都心部からの分散移転中心というわけではない。幕張には国内企業や外資系企業のオフィスが相当移転してきているが、それは他の業務核都市と比べてスタートが早かったことが大きな要因であり、最近の立地展開はは必ずしも順調とはいいがたい。
このような不振の基本的な理由は、空室率の上昇、賃料水準の低下などに現れている、東京圏のオフィス需給における供給過剰であるとされている。しかしながら、理由はこればかりとはいえない。すなわち、地価やオフィス賃貸料、交通条件、情報入手可能性、その他企業が求めるもろもろの立地条件との対応でみると、これらの拠点地区は、さまざまな支援措置の導入にもかかわらず、オフィス誘致の面で競争力や魅力度に欠ける点があったのではないかということが考えられる。
(3)オフィス立地の意外な展開
このように、業務機能の分散・移転は順調に進んでいるとはいい難い状況であるが、業務核都市以外に目を向けると、おもしろい現象が見られる。それは、生活に関わる都市機能が充実しているところには、特に業務核都市ではなくとも、企業が着実に進出していることである。
[1]成熟した住宅都市への分散・移転
一つのタイプとして、業務機能とはほとんど関係のない住宅地域に大企業の本社部門が移ってきていることがあげられる。
例えば、東京杉並区の荻窪では、3社ほどではあるが、世界的な有力クレジットカード会社やコンピュータ会社の日本子会社をはじめ、内外の大手企業の本社が立地している。また、世田谷区では、用賀などで比較的早くから本社機能の分散移転がみられ、数を増している。最近では、練馬区でも光が丘近辺で大型オフィスビルが立地した。
以上は東京23区内の例ではあるが、基本的に都心から離れた住宅都市であり、生活の場としての成熟や交通利便性の向上をふまえた業務機能の立地展開としてとらえることができる。
また、神奈川県では、厚木市や保土ヶ谷市などに本社機能が移転してきている。厚木は業務核都市となっているが、企業が進出したのはそれ以前の段階である。
[2]近郊型大規模ニュータウンへの立地展開
もう一つのタイプは、大規模ニュータウンの成熟につれて本社部門が立地するものである。典型的には、多摩ニュータウンや港北ニュータウンをあげることができる。多摩ニュータウンでは、1980年代後半から中堅企業の本社部門の立地が始まっていたが、更に90年頃からは有力な生保の第2本社を皮切りに次々と有力企業の本社やその一部が移転してきた(図表3)。港北ニュータウンのセンター地区は横浜業務核都市の重点整備地区にも指定されているが、重要なのは、指定される以前から国内や外資系のメーカー、商社、銀行など有力企業の本社部門が立地していたことである(図表4)。また、千葉ニュータウンでも、住宅地区、センター地区の充実と鉄道の整備につれて、大手企業の研修施設や研究所などが立地し始めている。
これらの事例をみると、外資系企業や国内の大企業は優れた生活機能を有する住宅都市を分散移転の有力な候補先としていることがわかる。こうした状況は、みなとみらい21や大宮駅周辺など、業務核都市の有力な重点整備地区への立地が意外と地元企業中心であることと対比すると、おもしろい現象といえよう。
2.業務機能の誘致プロセスと手法の転換の必要性
これまで企業の事業所立地行動は、投資コスト、運営コスト、労働力コスト、物流コスト、情報コストなどの立地コストを、時間や費用で評価するこの立とによって説明がなされてきた。事業所の種類や活動内容によって、これら地コストの重点や、それぞれの内容が異なっており、各地域・地区が有する固有の条件と相まって、各種の事業所の配置が決まってくるというのが基本的な考え方である。先に述べた業務核都市を推進するための諸制度も、基本的にはこの考え方をオフィスの立地誘導に適用したものである。また、業務核都市で先行的に整備することとなっている中核的施設の種類についても、制度的に指定されているのは情報コストや物流コストなどの低減を進めるためのものがほとんどである。すなわち、ビジネス活動中心の考え方といえよう。
(1)企業や就業者が分散移転先に求める要件-生活環境の重視-
しかしながら、以上のような状況を考えると、このような立地コスト面でのメリットだけに頼ってオフィス立地を進めることは問題が大きい。すなわち、プラスαとして、どのような要素を盛り込むかということが重要なポイントとなってくる。
これに関して、国土庁、通産省などの国の機関や、オフィスアルカディアを推進している日本立地センターなどが様々な立場からアンケート調査を行っている。
例えば、通産省が平成3年度に実施した「企業導入促進対策調査-分散型オフィス調査-」によると、都心立地型企業に対するアンケートでは、オフィス立地に重要な要素として、第1位が「東京からの時間距離」となっているが、「都心的サービスの充実」や「従業員の居住環境」も3位、4位にあげられており、今後については、この2つの重要性が一層高まるとされている。また、関東通産局が平成3年2月に実施した「地域整備に関するアンケート調査」でも、オフィスの分散・移転の条件として、距離的要因の他、都活基盤の整備状況が大きな要素となっている。なかでも「ゆとりある居住環市生境の整備」や「教育環境・保育環境の整備」に大きな関心が寄せられている。これらの結果からわかることは、企業側は通勤の便利さ、企業の立地コストなどの要素に加え、生活面や教育面をかなり意識しているということである。特に、子弟の教育は、転勤を伴う場合は大きなファクターとなっており、よい学校があることというのは必須条件に近い。このようなオフィスの立地側のニーズをみると、業務機能の分散移転を進めるためには、結局のところ、優れた生活機能や住空間を備えた総合的な町づくりが求められているということができるであろう。上述のように住宅を中心としたエリアに業務機能が分散移転しているということは、そこがオフィスの立地条件に関す人々のニーズとも合致しているのだと考えられる。すなわち、生活の重視とる企業やいうことがいえよう。
(2)オフィスの誘導に関するこれからの重要な視点-まず先に人の誘致を-
以上のような状況から、オフィス立地の受け皿づくりの側としても、これからは、「まず先に人を誘致してくる」という発想を全面に出すことが必要となろう。そのためには、生活、医療、教育、文化等の面で安心できる都市機能を整備することが不可欠である。更に重要なのは、これに留まることな都市の就業者や生活者に対して新しいライフスタイルやワークスタイルを提く、案することができるような、魅力あるまちづくりを進めることである。また、ここに来れば新しい情報やビジネスチャンスに出会えるということも重要な要素である。
特に、オフィスの分散移転の対象となるのは、これまでの傾向からすると、企画開発・研究開発部門、情報部門、研修部門などが多く、新しい情報通信機能をフルに活用する就業形態が増えることが予想される。こうした点からも、オフィスの分散移転先となる都市では、就業者、生活者のための新しい生活時間・生活空間の可能性といったものを創造していくことが重要である。したがって、オフィスの分散移転を進めるための施策についても再検討が必要となろう。就業者、生活者のための質の高い都市機能を整備するとともに、個性的で楽しいライフ&ワークスタイルを可能とする施策、人々や地域間の交流機会を確保する施策、誇りを持てる地域づくりや対外的なイメージアップを推進するための施策、これらを重視する視点から、施策の体系を再構築することが重要になってくると考えられる。
3.「生活核都市」概念導入の必要性
以上のような考えは、「都市が産業を育てる」ということに帰着する。これはかって、第4次全国総合開発計画の策定に際して大いに議論されたところである。当時は、「産業が都市をつくる時代からの転換」という文脈のもとに様々な産業類型について調査や論議がなされたのであるが、きわめて重要なポイントを突いていたということができる。とはいえ、決定された計画にこの議論が十分に盛り込まれたとは言い難い。
しかしながら、企業オフィスという言葉に代表される業務機能については、再びこの言い方を用いることが有効であろう。それは、業務機能はあくまでも人そのものが主体であるという点から、特にこの考えがよく当てはまると考えられるからである。業務核都市という言葉の対極として、業務機能を育てる都市というものを考えるとすると、この都市というのは「生活核都市」と表現することが相応しい。「業務核都市よりもまず生活核都市から」という言い方もできるであろう。
(1)「生活核都市」のイメージ
生活核都市というのは、居住、買い物などの生活利便性、医療福祉、学校教育、文化・余暇生活などの面で、高い質と選択可能性を有することが条件である。また、楽しさ、快適さ、賑わいといった要素も欠かせない。更に、人、モノ、情報の広域交流の拠点となるだけの規模と交通条件を有するとともに、これらの条件を生かしながら、企業活動や市民生活をサポートしたり、賑わい、豊かさ、ゆとり、文化、レジャーなどを演出する都市型産業も必要である。
中核的施設についても、大規模なショッピングモール、外国人も視野に入れた学校(インターナショナルスクール)、広域コミュニティの中核となる交流施設などが必要である。また、地震等の災害に対する地域防災拠点を整備し、情報通信ネットワークを活用しながら市民、企業、行政の活動体制を構築することも、今後の重要な要件となる。これらの生活の核となる施設に対する支援は現行の制度の中でも不可能ではないが、今後、積極的に前面に出していくことが求められる。
このような都市機能や都市型産業の集積を有する自立的な生活圏の「生活核都市」を育てることによって、業務機能の立地展開も可能になるといえるであろう。
(2)「生活核都市」整備に当たっての考え方
この「生活核都市」のあり方やイメージについては、大規模ニュータウンや新都市づくりなどの新たな大規模な開発よりも、むしろ既存の生活都市を上手に活用し、その中でオフィス用地を確保して企業を誘導するという観点が重要となろう。これまでのように、大規模な面開発に投資をしても、それだけで企業が来る時代ではなく、また、生活機能の充実や質的な高度化、成熟化には長い時間がかかるため、効率は低いものとならざるを得ない。今後は、人の誘致から始まる業務機能の立地展開を推進するという課題に対して、「必要な都市機能は何か」、また「この機能を都市の中でどのように地域分担をしながら整備するか」という観点から、議論を深めることが求められよう。
(3)施策面の課題
このような観点から「生活核都市」の整備を推進する立場に立つと、現在の業務核都市制度では対応し得ない点がいろいろと出てくる。
例えば、業務機能の立地を誘導する中核的施設については、現在の制度では第三セクターで整備・運営することになっているが、新たなメニューとして生活者向けの施設の充実が求められる。したがって、民間活力の導入や採算性原理では対応し難い部分にどう対応するかが大きな課題となろう。
更に、都市づくりに当たっては、ハード面の基盤だけでなく、ソフト面の充実を図ることが必要である。これは、都市を生活者、就業者のライフスタイル、ワークスタイルにあわせていかに運営していくか、また災害時などにどう対処していくということでもある。したがって、今後はこうした「都市オペレーション」の視点に立った施策体系やメニューの内容と、官民の役割り分担などの検討が必要となろう。