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Business & Economic Review 1995年07月号

【PLANNING & DEVELOPMENT】
エイジレス時代の住まいを求めて

1995年06月25日 社会システム研究部 長谷川有紀子


1.超高齢化時代の到来

日本人の寿命は戦後飛躍的に伸び、1993年現在の平均寿命は男性76.25年、女性82.51年に達している。老人の死亡率が改善していることなどから、今後も寿命がさらに伸びると予想され、厚生省人口問題研究所によると、2010年には男性が78.03年、女性が85.30年に達すると推計されている。寿命が伸びる一方で、出生子数が急減しているため、人口に占める65歳以上年齢層の割合(すなわち高齢化率)が急増することが予想されており、2020年には国民のうち4人に1人は高齢者になると推計されている。

多くの人が老後を迎え、しかもその期間が長いという時代が到来しているのである。

2.高齢者にとって重要な住まい

(1)新たな家族のタイプ

超高齢化は、高齢者の家族構成もまた変えている。戦後急進展した核家族化に伴い、高齢者の家族規模も縮小している。すなわち、従来の二世帯同居(三世代世帯)が減少し、徐々に夫婦のみの世帯や単身(一人ぐらし)世帯が増加しているのである(図表1)。なかでも単身世帯の増加が著しい。子供が未婚のうちは核家族で暮らし、子供が結婚してしまうと子供の少ない一男一女時代では同居もままならず、夫婦のみとなって老齢を迎え、さらには配偶者に先立たれての一人ぐらしとなってしまう。また、中高年に増えている離婚もこのシングル老人の増加に拍車をかけている。

一方、二世帯同居をするにあたっても同居の形態が変化している。従来多くみられた老人の居室を一つ追加するだけという生活共同型に代わって、台所、風呂、居間なども別々にするという生活分離型、あるいは一部を共用する形式など同居の形態が多様化している。

高齢者は家で過ごす時間が多いため、高齢者の生活における住まいの位置付けは非常に大きい。夫婦のみ、一人ぐらしの世帯が増加し、多様な同居形態が表われているなかで、様々な暮らし方やライフステージの変化に対応できるような住まいが一段と求められるようになっている。

(2)身体機能の変化と住まいづくり

寿命の伸長はまた、心身面での変化すなわち老化現象をもたらす。身体機能の低下により、これまで通りの動作ができないようになり、生活における不自由が生じるようになる。なかでも高齢者が多くの時間を過ごす家での事故が増えている。階段からの転落、同一面でのスリップやつまずき、風呂での溺死といった事故死の多くが高齢者によるものであり、段差をなくす、滑りやすい床材を使わないなど、住まいを加齢対応にしてあれば防げる事故が少なくない。いずれは高齢になっていくことを念頭に、身体機能の低下に対応した、住まいづくりに努めることも重要なポイントとなる。以上のように、超高齢化の時代においては、多様な家族形態および低下していく身体機能に対応した住まいの整備が重要となっている。いつまでも元気で、できる限り自立して、年齢を感じさせない(エイジレス;ageless)生き方をすることが今後の高齢者に望まれることから、来たる超高齢化時代をここではエイジレス時代と呼ぶ。

3.エイジレス時代の賢い建て替え

では現在の住まいをエイジレス時代に対応させるにはどうしたらよいのであろうか。

(1)住み替えの希望はどのくらいあるか

日本人の老後の住み替えの意識は、現在持ち家かどうか、一戸建か集合住宅かで異なる。(財)全国社会保険共済会から弊社が委託されて実施したアンケートによると、現在持ち家の一戸建に住んでいる人では実に8割弱が今の住まいに住み続けると答えており、うち半数が改装や増改築を計画している。持ち家でも集合住宅に住む人では、借家住まいの人と類似の傾向を示し、半数が別のところに移り住むとしている(図表2)。持ち家の一戸建に住む場合は、マンションなど集合住宅に比べ、リフォームや建て替えがしやすいこともあって、同じところに住み続けるという意識になっていると考えられる。

今後の一戸建/集合住宅の比率の予測は難しいが、いずれにおいても住み続けるという人が相当数いることから、老後は新しく建て替えるよりも、増改築といったリフォームが多く検討されているといえよう。

(2)改築か新築か

では、老後の住まいを増改築で対応した場合、どのくらいの費用がかかるのであろうか。

建設省の試算では、高齢者仕様の住宅(一定の基準を設定)を、新築時から施工した場合と、後から改築により整えた場合とでは新築時の方が安価で済むとしている(図表3)。

高齢者仕様の設備等は、後からの工事が構造上難しかったり、工費が高くつくものがある。したがって、このようなものについては当初から配慮しておくべきであろう。

(3)高齢者仕様による介護費用の軽減

老後に備えた住まいを整えることは、高齢者夫婦だけあるいは一人でも安全、快適、かつ自力で生活ができ、ひいては、寝たきりなど要介護状態になることを減らすことに役立つ。前述の建設省の試算によると、高齢者仕様にすることにより軽減される介護費用の額は370万円から600万円程度にも達するという。

また、同試算では、高齢者仕様にするためにかかる工費対軽減される介護費用(費用対効果)は、たとえば廊下や居室の段差の解消、手すりの設置、間口の拡幅・建具の配慮を行った場合は工事費に対して5.2倍の介護費用軽減効果が得られるとしている。

4.エイジレス時代の住まいに求められるもの

以上から、エイジレス時代の住まいに求められる条件としては、[1]身体機能の衰えを補完するもの、[2]できるだけ自立して暮らせるような配慮、[3]家庭内事故にいたらないような仕様で、[4]ライフスタイルに応じた変更が容易であることがあげられる。すなわち、望まれる機能としては次の6つが提言できる(図表4)。

●安全性:
家庭における転倒などの事故、火の消し忘れによる失火、鍵の閉め忘れによる盗難、地震の時の家具の転倒や逃げ遅れなど様々な危険を未然に防ぐ設備や機能。
●快適性:
温度への適応能力、嗅覚、新陳代謝などの低下に対応して、室間の温度差をなくす、日当りや風通しをよくするなど快適な状態を保持できる機能。
●可動性:
動きが緩慢でおぼつかない高齢者が家の中をスムーズに動き回れる工夫。排泄頻度が高くなるためトイレは寝室の近くに配するなど、動線にも配慮。
●可変性:
家族構成や身体機能の変化に応じて部分的に改造したり、機器の設置などが容易に行える柔軟性。
●補完性:
衰えた身体機能を補ったり、自立を助けるような機能。屈まなくても使える機器・設備、操作やメンテナンスが簡単なものなど、介助がなくても一人で容易に使える仕様。
●認識性:
視力の衰えに対応して、見やすく、わかりやすいような色彩、明るさなどへの配慮。室内の照明、機器の操作パネル、壁紙や機器などの色彩などの工夫。

これらのうち、とくに今後重要と思われるのが?の可変性である。家族構成の変化や身体機能の低下に応じて、自由に間取りが変更できたり、設備・機器の設置や変更が容易にできるなどの自由度をもった住まいがまだ数少ない。間取りを簡単に変更できる方法としては、間仕切りの壁を作る代わりに、の高い家具、ロールスクリーン、障子・襖などを利用し、部屋を広くしたいときに自由に取り除くことができるような造りにすることが一つ提案できる。また、開き戸を引き戸に変えられるような構造にしておく、手すりが後から付けられるように壁を補強しておくなどにより後からの設置や変更が可能となるだろう。

高齢化に対応した住まいづくりはまだ緒に就いたにすぎない。個々人の意識もまだ低く、住まいを作る際は現在の自分のライフスタイルに合わせてしまい、老後も過ごすことにまで頭が回らない。将来のために新築のときから備えておいた方がよいものは備えておくなど、我々自身の意識改革がまずは求められる。

また、住宅や住設機器メーカーにおいても、こういった高齢化対応商品を供給し始めてはいるものの、高付加価値ということで高価格のものが多い。さらに加齢対応した住まいは間取りや間口を広くとる分、建築面積が大きく、都会の限られた敷地では実現困難なものが多い。今後広く普及させるためには、こういった点の改善が強く望まれる。
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