Business & Economic Review 1995年07月号
【NCUBATION】
バリアフリー社会の構築を目指して(3)
1995年06月25日 コミュニティ・インキュベーションセンター 筒見憲三
真の豊かさ、精神的な充足が得られるような社会づくりを目指していくためには、現在の社会システムのなかにある様々なバリア(障害)を取り除く不断の努力が必要である。そのような「バリアフリー社会}を理想の社会ビジョンと位置づけ、その実現に向けて社会における様々な分野において、具体的なアクションが求められている。
当連載の目的は、とくに住宅やコミュニティなどの居住環境という人間生活の根源的・精神的な拠り所をテーマとして、そこにある様々なバリアを取り上げ、それらのバリアの解消のための具体的な方策の提言を行うことにある。
第3回めである今回は、居住環境をよりマクロ的なコミュニティレベルで捉え、わが国におけるコミュニティ感覚不在の状況に潜む「バリア」の特定とその解消に向けた提言を行う。
1.コミュニティ感覚の不在
わが国は元来、農村型地縁社会を基本として、相互扶助の仕組みによる地域コミュニティを前提として成り立ってきた。しかし、経済の高度成長期を通じて、人口の都市集中と地方の過疎化が急進し、大都市においては、人口急増に対応することに翻弄され、周辺地域を含めてコミュニティ感覚のない雑居的な居住環境を生み出すに至っている。一方、地方における人口流出による活力の低下は、元来持っていたコミュニティ機能の低下・喪失を余儀なくしてきた。
とくに、地方の拠点的な都市における中心市街地やその周辺市街地は、従来職住近接を基本とした定住人口を抱えていたが、近年都市インフラの整備の遅れや不足に起因して、都市としての魅力を喪失してきている。また、大都市においても、バブル経済の影響により、商業・業務用途としての開発圧力が過度に高まり、人口の郊外流出や残された居住者の高齢化が進み、都市の空洞化を進展させている。つまり全国的な規模で、コミュニティ感覚の喪失による生活環境の悪化、既存商店街の活力低下、ひいては地域の治安低下などにもつながる現象が起こっているのである。
欧米のように宗教活動を中心としたコミュニティ感覚を元来持たない現代日本人は、コミュニティ自体の必要性を日常生活において切実には感じていない。このため、今のままの状態を放置していては、わが国におけるコミュニティ再生は期待できないのが現状である。
2.コミュニティ不在の都市計画的意味
コミュニティ不在の主たる理由は、まずはそこに居住する人間自体に起因するものであるが、都市の形態的な側面にも、その一因を見てとることができる。
誰しも飛行機の搭乗している折りなど、俯瞰的に街を見る機会があると思うが、そのような時に、改めてわが国と欧米のはっきりとした街づくりコンセプトの違いを見てとることができる。欧米の場合は、上空から見るとコミュニティ単位が一目瞭然である場合が多いのに反して、わが国の場合は、ほとんどが無秩序・虫食い状態に街が広がっている。スプロール現象という言葉があるが、まさに市街地を中心として、郊外に向かって乱開発が進んでいったさまを読み取ることができる。わが国の都市計画や地域開発の場合においては、狭い国土に起因する物理的・経済的な制約条件が最優先され、コミュニティづくりを意識した都市形態上の配慮は稀なのである。
一般的にコミュニティの発生する条件は、[1]目の届く範囲、[2]声の聞こえる範囲、[3]肌の触れ合う範囲の3つであると言われている。つまり、物理的なまとまりや位置関係は、コミュニティの形成に非常に大きな影響を与える。昨今のマルチメディアのような情報技術の発展により、上記3つの制約のうち、最初の2つは無限の拡大の可能性が広がるが、最後の「触れ合い」という条件はいかんともしがたい。
コミュニティづくりがそこに集まって住む人間を中心に展開される以上、人間の基本的な移動手段である歩行距離を重視するという考え方がある。つまり、コミュニティの中心となる施設・空間を囲んで、半径500メートル程度の歩行距離範囲(10分程度の歩行時間)をコミュニティの一単位とするような考え方である(図表1)。この考え方は、欧米などにおいては、コミュニティの中心を教会のような宗教的施設としてきたことに根源があると考えられ、彼らのコミュニティの幾何学な形状には、そのような思想的な裏付けがある。一方、コミュニティ感覚を喪失したわが国でも、このような都市形態上の工夫は考慮する余地があろう。
3.コミュニティへ回帰の必要性
ここまで、コミュニティづくりが必要であるという前提で論を展開してきたが、もう一度、なぜ今コミュニティなのか、もしコミュニティづくりが必要であるとしたならば、どんなコミュニティとすべきかが問題である。
わが国はアメリカやヨーロッパを追って、急速に成熟社会に向かいつつある。そのような社会では、家族形態の変化や高齢化などに伴い、居住環境に対する需要形態も変化する。
例えば、アメリカでは住宅ストックの67%が核家族(両親と子供数人)のための戸建て住宅である。そのような住宅は、父親が稼ぎ母親が家事の担当といういわゆる標準的な核家族を対象としているが、今日のアメリカでは、そのような家族形態は、もはや人口の4分の1に満たない程度になっている。むしろ両親とも働いていたり、片親の家族、老人のみの夫婦のような世帯が増加している。とくに、人口全体の高齢化が進み、60歳を超える老人達(人口のほぼ4分の1)の一人暮らしも年々増え続けている。つまり、居住環境へのニーズと住宅ストックとが、ミスマッチを起こし始めている。
今、社会が求めているのは、多様な家族形態に対応する居住環境の新しい供給システムと、そのような居住環境を維持運営していく主体とノウハウである。今なぜコミュニティの必要性を問い直すかは、後者の役割がコミュニティに期待されているからである。
4.新しいコミュニティ供給システム
家族形態やライフスタイルの多様化ニーズに柔軟に対応する、新しいコミュニティ開発方法としてアメリカを中心に注目されている「コハウジング」というシステムがある。
「コハウジング」とは、住民が自らのライフスタイルに照らし合わせながら、自分たちの住環境を自分達の手で創るという、ユニークなコミュニティづくりのコンセプトであり、現在アメリカのカリフォルニア州やコロラド州などを中心に、「コハウジング」によるコミュニティづくりの動きが活発になっている。
その開発事例には規模、所有形態、デザインなど様々なものがあるが、共通の特徴をまとめると、以下の3点が挙げられる(図表2)。
● 住民参加型の開発プロセス
● コミュニティづくりを促進する配置計画
● 共有施設・オープンスペースの活用方法
第一の特徴である住民参加は、「コハウジング」においても最もd視されるプロセスである。「コハウジング」によるコミュニティに居住を希望する者は、開発計画の初期段階、場合によっては敷地の選定段階から参加し、設計、建設の段階と、他の家族との話し合い、協調の基に、計画を進めていく。もちろん建築家などの専門家の助けは借りるものの、基本的には住民相互の協議により、全てを決定する。
今までの事例によると、住戸規模は標準的に15から30世帯程度であり、各家族が自らの主張をしつつ、他の意見との調整・協調を行い、開発を一つの方向にもっていく。これには相当な労力を要することが予想されるが、そのような困難を克服しながら計画を進めることが、住民相互間の信頼関係をより強固にし、コミュニティとしての絆を深めることになる。
第二の配置計画の特徴は、開発の当初から居住者の日常の接触を容易かつ促進するような施設配慮や域内動線を考慮することである。例えば、パーキングは、各住戸毎に設けるのではなく、敷地の端にもっていき、歩行者が路上で自由に会話を楽しめるというようなコミュニティづくりの基本であるコミュニケーション促進のための仕掛けが随所に見られる。
第三の特徴は、コミュニティ住人の全てが共同で利用できる共有施設やオープンスぺースを設け、それらを積極的な交流の場として活用するようなプログラムを導入することである。例えば、各住戸は完全に独立のキッチン設備を完備しているが、週に何度かはコモンハウスと呼ばれるところで共同で夕食会を催したりする。この住民の自由意思によって運営されるプログラムは、とくに共働き、片親の家族、老人居住者には人気があり、彼らの生活を援助するのみならず、単調になりがちな生活に幅と豊かさをもたらし、さらにコミュニティとしてのまとまりの醸成に役立っている。
5.バリアフリー・コミュニティを目指して
コミュニティに住まう家族(世帯)間のバリアのない、つまり家族のプライバシーの尊重を前提に、お互いが生活の一部を共生(シェアードライフ)し合うような、精神的豊かさを体感できるコミュニティを「バリアフリー・コミュニティ」と呼ぶならば、そのようなコミュニティをわが国に実現するためには、どのようなことが必要になるかを考えたい。
そこで、手法、システム、住民意識という三つの側面から、以下に具体的な方策の提言を行う。
まず第一の手法としては、物理的な都市計画に関わるコンセプトの問題である。街づくりを行う場合には、都市計画上様々な要素の検討が必要になるが、とくにコミュニティづくりという項目の優先順位を上げることが必要である。その意味では、欧米に見られる歩行距離を重視しるような、住まう人間を中心に据えたコミュニティづくりを進めることである。歩行を前提としつつも、快適性・利便性を損なうことのないような街、これが「バリアフリー・コミュニティ」の原点であろう。
次に第二のシステムとは、コミュニティづくりを促進する新しい居住環境供給の問題である。前述した「コハウジング」に類似した考え方として、わが国でも既に「コーポラティブ」や「コレクティブ」ハウジングなどの考え方があるが、効率的、経済的のみではなえ、そこに住まう人間を中心とした参加型の開発プロセスのさらなる普及・促進が必要である。そのためには、国として、居住環境の供給事業体(公共、民間)に対して、直接支援制度(補助金)や民間との共同事業を促進させる間接的な支援策(税制優遇など)を検討すべきである。また、国レベルにおいて、そのような開発プロセスをコーディネイトできる人材・組織の育成に努める必要がある。
最後には、コミュニティづくりを行うべき主体・当事者であるわれわれ自身の意識改革が不可欠である。つまり、自らの生活態度の冷静な分析のもと、他人との共生、ひいては環境との共生を図ること。個としての自立・確立とともに、他との相互扶助を許容すること。バリアフリー社会の構築に必要な取り除くべきバリアのなかで、最も困難なバリアはわれわれ自身の心の中にあること。それらの問題認識とその問題の解決に向けた不断の努力をわれわれ自身が一歩ずつ確実に行うことが、バリアフリー社会実現のための近道である。