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Business & Economic Review 1995年06月号

【MANAGEMENT REVIEW】
PLとPS(Product Safety) -製造物責任法施行と製品安全

1995年05月25日 事業戦略研究部 立花敏男


1.はじめに

わが国においても本年7月より製造物責任法が施行される。製造物責任法の施行によってこれまで流通していた製品そのものの安全性が直ちに問題とされる訳ではない。しかし、損害賠償法の考え方のうえで企業の責任を問う根拠が「過失」から「欠陥」に大きく転換されるため、企業としても商品の企画、設計の段階から製造、販売、アフターサービスの段階に至るまであらゆる部門でこれに対応した体制の整備が必要になる。企業や業界によっては、すでにPL法への対応ガイドラインをとりまとめたところも出てきているが、現状では取扱説明書や警告表示についてのガイドラインにとどまっており、製品安全という観点からの取り組みまで含めた全社的なものとなっているケースはまだ少ない。

2.PL制度にいう「欠陥」とPS

PL制度は、製造物の「欠陥」を根拠に企業の責任を問う制度である。一般にPLの対象となる「欠陥」は、
● 設計に関する欠陥
● 製造に関する欠陥
● 表示に関する欠陥
の3つに大別される。

PL問題が企業経営に重大な影響を与えているアメリカで最もよく問題にされる「欠陥」は「表示に関する欠陥」である。製品自体の安全性が問われる場合は一般に「設計に関する欠陥」として取り扱われ、「製造に関する欠陥」については、欠陥の存在を証明することが難しいという訴訟技術上の理由で問題とされることが比較的少ない。

わが国の製造現場で広く行われているQC活動や製品の検査の徹底による「不良品」の削減は、「製造に関する欠陥」の削減には大きな成果を収めてきた。しかし、「設計に関する欠陥や」、「表示に関する欠陥」の削減にはつながらないため、PL対策としての実際上の効果を期待することはできない。

3.PSレベルとPL上の欠陥概念

アメリカのPL訴訟判例において欠陥の認定の際に使用される製品安全の基準は、法令やANSI(アメリカ規格協会)規格などの明文化された客観的基準ではなく、「消費者期待基準」、「危険効用基準」、「標準逸脱基準(主に製造に関する欠陥で使用される)」などにより漠然としたものである。

その結果、「わずかな費用でより安全な製品を製造できたのにしなかった」、あるいは、「(作業をしやすくするために)ユーザーが安全装置を取り外そうとするかもしれないことが予見できたのに簡単に取り外せるような方法で安全装置を取付けた」等の理由で「設計上の欠陥」が認定されている。したがって、製品自体の信頼性や安全性の面では、高いPSレベルの安全基準にしたがって設計・製造されていても、賠償責任を回避できるとは限らない。それだけでなく、アメリカには製造物が連邦安全基準に合致していたことを以て、製造者に対する懲罰的損害賠償請求を妨げるものではないとした判例もある。

一方、わが国の製造物責任法においては、「通常有すべき安全性を欠いている」ことを以て欠陥の定義としている。この表現だけでは欠陥の基準として必要な安全性のレベルは必ずしも明確ではない。立法の過程においては、「消費者期待基準」の採用を求める向きもあったが、結局上記の含みを持たせた表現に落ち着いた。わが国の製造物責任法上「欠陥」と判断されないためのPSのレベルがどの程度であればよいかは、今後の判例の蓄積に委ねられており、現時点では軽々に判断できない。

しかし諸外国の例では、製造物責任法制自体は国により多種多様であるにもかかわらず、安全基準を満たしていない製品はまず間違いな「欠陥」があると認定される一方で、安全基準を遵守していることが損害賠償回避の十分条件とはならないという点は一致している。わが国の場合も製品自体が安全基準に合致した形で設計、製造されているというだけで「設計に関する欠陥」や「製造に関する欠陥」が存在しないと認定されることはまずないと言ってよい。

PL法施行後の設計や製造段階におけるPSの目標水準は、安全基準をクリアすることではなく製品の特徴やユーザーの利用実態等も踏まえたより高いものとすることが必要になる。

4.求められるPL対策とその主体

PL問題を単純入製品安全の問題と考えて製造現場にPL対策の立案、実施の責任を負わせている企業も多い。

しかし既に述べたように、取扱説明書、警告表示等の製品自体の安全性とは違う部分が問題になるケースが多いことに加え、製品自体の安全性が問題になる場合においても、各種安全基準の遵守、QC、検査の徹底等の従来通りのPS的な手法だけではPL法上の責任追及を逃れることが困難である。したがって、PL問題をPSという狭い枠の中に閉じ込めて開発・製造現場だけに対応させることが企業にとって危険であることは明らかである。

PLに関しては、コーポレート・リスクの中の一つという観点から経営トップ主導の下に全社的な取り組みを行う必要がある。

PL問題をコーポレートリスクとして捉えるならば、
● PLリスクのアセスメント、モニタリング
● PLリスク発生原因(=PL事故)の削減
● PL事故によるリスクの発生・拡大の防止
がリスク・マネジメント上必要である。

PLリスクのアセスメント(評価)、モニタリング(監視)とは、自社がどのようなPLリスクを負っているかを発見し、リスクの状態を継続的に監視することである。

PLリスクのアセスメントのためには、自社製品関連の安全基準・規格等のチェック、フェールセーフ設計を行うための前提となるユーザーの誤操作、誤用状況の調査、部品メーカーが自社製品についてPL法上の責任を負うこと になるかどうかの納入先企業との契約内容のチェックなどを対策を行う必要がある。PLリスクのモニタリングに際しては自社製品に関するクレーム動向の把握(クレームを「お客様サービスセンター」限りで処理し、適切な安全対策をとらなかったということが明らかになればPL訴訟では極めて不利な立場となる)、自社製品関連の最先端の研究動向の把握(わが国のPL法では最先端の研究成果をもってしても危険が予見できなかった場合には欠陥があってもメーカー等が免責されるといういわゆる「開発危険の抗弁」を採用している。これは逆に、危険の存在を示唆するような研究レポートが公表されれた段階以降は、免責され得ないということを意味する)などが必要になる。

PLリスクの発生原因である事故そのものの削減のためには、より高いレベルの社内安全基準の策定、万一誤用、誤操作、故障等があっても重大な事故につながらないようなフェールセーフ思想に基づく設計、QC等による製造上の欠陥の削減、取扱説明書や警告表示などの適正化などすでに述べた対策のほかに、ユーザー教育の徹底等の方法による誤用、誤操作の削減等の対策がある。これらの対策はPLリスクのアセスメントやモニタリングの段階に於いて収集された情報に基づいて行うことは言うまでもない。

 仮に上記のような対策を実施したとしてもPL事故を100%予防することは実際には不可能である。したがって、PL事故が発生した場合の被害の発生、拡大防止のための対策も予め検討しておくことも重要である。

PL訴訟によって企業が被る損害は、損害賠償による金銭的なものだけではなく(これも場合によっては企業の存続を危うくするほど巨額になり得るが)、「欠陥」が裁判所で認定されることや、自社製品の「欠陥」を認めず迅速な対応をしなかったことによる企業イメージの悪化等、直接金銭で量れないものもある。このような金銭で量れない損害の発生を最小限にするためには、製品の安全性が実際に高いだけでは不十分で、当該製品の安全性が高いということを技術的には素人の一般ユーザーにも納得させることができるだけの社内体制および証拠資料を普段から揃えておくことが必要である。これは、企業イメージを守るだけではなく、PL訴訟を有利に導くためにも必要である。また事故発生時の対応についても種々の想定の下に緊急時の対応方法を予め検討したエマージェンシー・プランを立案しておき万一の場合にも迅速で的確な対応が出来るようにしておく必要がある。

そのほかにも、PL保険の付保や部品メーカーであれば、細かなスペックまで納入先企業にしてしてもらうことによりPL法上の責任を免れる等のリスクの転嫁方法も検討しておく必要がある。

PLリスクに対応するための主な対策を纏めると図表4の通りである。

上記のPL対策を対応の主体となるべき部門別に整理したものが図表5である。これをみてわかる通り、対応が必要な部門はほぼ全社に亘っており、PL対策には全社的な取組みが必要となる。

また、製品安全に関連し、開発・製造部門が主体となるべき対応策も、部門内部だけで対応することが可能なのは、QCや製品の検査のみで、製品設計・製造に関わる自社基準や設計指針の策定においては、開発・製造現場が主体となるものの、PLに関する判例や他社の動向、顧客の製品使用実態やクレーム動向等の情報を踏まえる必要があり、法務や営業等、他部門との連係が不可欠である等、個々の対策の実施に際し部門間の連係が重要になる。

5.PL問題への対応のポイント

以上、PL問題への対応についてみてきたが、とくに留意する点をまとめると以下のとおりである。

(1) 全社的なPL対策推進体制の整備

企業経営者の中には、PL問題を開発・製造部門など特定部門の問題として捉え、品質管理部等をPL対策部門として位置づけているケースも多い。しかし、図表4および図表5に示した対応策の多くは、複数の部門の協動がなければ効果的な計画立案・実施が困難である。また、計画立案・実施に際して中心となるべき部門も、対応策によって企画、法務、総務、財務などの本社部門、製造・開発部門、研究・開発部門、営業部門と多岐に亘っている。したがって、PL対策の立案・実施に当たっては既存の組織の枠組みを超えた全社的なPL対策推進体制を整備し、必要なあらゆる権限を付与することが重要である。

(2) ドキュメンテーションの徹底

PL事故が発生した場合のリスクを最小限度にとどめる為には、製品が現に安全であるだけなく、設計、製造、販売、アフターサービスにあたって社内制度上でも実際の運営面でも「安全性確保に万全を尽くしていた」ということを第三者が納得できるだけの証拠を確保する必要がある。例えば、実際には安全性に関する入念な検討が製品の設計段階でなされていたとしても、それを証拠づける書類が残されていなければ「安全性確保に関する検討が不十分であった」と認定される可能性が高い。このような事態を避けるには、社内のドキュメンテーションを徹底し、少なくともPL法上責任がある期間に関しては、製品安全に関するあらゆる資料を迅速に提供できるようにしておく必要がある(わが国のPL法上メーカーが責任を負う期間は10年とされているが、長期間の蓄積の結果被害が発生するものや、遅発性の後遺症のような遅発障害に関しては被害発生から10年とされている。)。

(3) 社内外との情報の共有化

設計や製造の際に社内安全基準を検討するに際しては、設計・製造部門はユーザー情報やクレーム情報、同種の製品に関する事故事例等の情報を他部門から提供を受ける必要がある。また、過去にも同種の事故やクレームがあったにもかかわらず放置していたことが明らかになればPL訴訟上極めて不利であり、自社製品の事故や安全に関するクレーム情報は直ちに設計、製造現場にフィードバックのうえで、追加的な安全対策の要否を検討のうえ、しかるべき対応をとることが不可欠である。したがって、安全に関連する情報については、常に設計・製造部門と営業その他の関連部門と情報の共有化が行われていなければならない。

安全基準の検討以外にも、警告表示の作成、セールスマンに対する安全教育、ユーザー教育、エマージェンシー・プランの策定等に際しても社内外との情報共有化が必要である。

(4) セーフティ・エンジニアの育成

PL問題に全社的に取り組むためには、技術者でありながら法務や営業的な分野も理解できるセーフティ・エンジニアが各部を調整し、指導して行く必要がある。例えば、製品安全関連資料のドキュメント化ひとつをとってみても、整備すべき資料の内容や範囲、資料整理の方法等、技術の内容と資料の法律的な価値を共に理解できる者でなければ適切な対応は難しいからである。

そして、セーフティ・エンジニアの育成は、PL問題への対応に必須の条件であるが、セーフティ・エンジニアは自然発生的に育成されるものではなく、ジョブ・ローテーションや社内の教育研修制度を通じて計画的に育成する必要がある。
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