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Business & Economic Review 1995年06月号

【INCUBATION】
バリアフリー社会の構築を目指して(2)

1995年05月25日 コミュニティ・インキュベーションセンター 筒見憲三


コミュニティ・インキュベーションセンター 筒見憲三
高度成長を成し遂げたわが国は、物質的に豊かな生活水準を獲得したが、精神的な豊かさを得るまでには至っていないと言われる。真の豊かさの実感のために、現在の社会システムを未来型社会システムへとパラダイム転換する努力が必要なことは、前回述べた。そこでは、まずわれわれの目指すべき理想の社会ビジョンを「バリアフリー社会」と位置づけ、その実現に向けた行動計画の必要性を示した。

バリアフリー社会とは、理想のビジョン達成の道程にあるバリアー(障害)が全て取り除かれた社会という意味においてバリアフリーであり、障害者や老人などに対してやさしい社会という狭義の意味のみではない。そのようなバリアフリー社会の構築と、住宅やコミュニティという人間生活の根源的・精神的な拠り所との関わりをテーマとして取り上げることが、当連載の目的である。 第2回目である今回は、居住環境のうちでも戸建住宅と並んで、重要な役割を果たしている「集合住宅(通常、マンションとも呼ぶもの)」を対象に、そこでの人間関係におけるバリアとは何か、バリアフリーに向けて、今何が不足し、今後何が必要なのかという視点で提言をおこなう。

1.集合住宅におけるバリアとは?

これから述べる居住環境におけるバリアは、単に床の段差をなくしたり、手すりを取り付けたりという狭い意味ではない。人間関係における精神的なバリアに対して、居住環境という物理的な器がどこまで貢献できるか、またその器づくりにおいてどこまで考慮すべきかという視点で捉えている。

集合住宅は戸建住宅と並び、われわれのごく一般的な生活の器である。むしろ、大都市圏の近郊においては、集合住宅での居住スタイルが一般的でさえある。集合住宅における人間関係のバリアという場合、先ず第一に家族と家族(世帯と世帯)の間のバリアが考えられる。つまり、同じ集合住宅に住みながら、隣人をほとんど知らない、挨拶も交わしたこともないというような、コミュニケーション不在の状態である。そのような集合住宅の現状に焦点を当てて、それを是正、取り除くために集合住宅の作り手と住み手として何を考えるべきかが大きな問題となる。

2.集合住宅へのあきらめと期待

集合住宅形式による居住空間は、元来、住み手からの要求ではなく、土地の高度利用という経済的な必然から生まれたものである。言い換えると、集合住宅は産業革命以後の工業社会を支えるために、都市への人口集中の効率的受け入れを目的として生まれた居住形式である。

都市に住みたいと思う人にとって、集合住宅の選択は、利便性・経済性と真に求める居住環境とのある種のトレードオフの関係にある。つまり、集合住宅の選定時に、すでに何かしらのあきらめを感じているケースが多い。「やっぱり戸建に住みたいが、通勤を考えると・・・」「土地が高くて、戸建には手が出ないので・・・」などという声はよく耳にする言葉である。

そのような集合住宅の購買層にとって、そこは定住の地ではなく、仮の住まいにすぎない。隣人とうまくつきあったり、助け合ったりというコミュニティづくりに向けた発想が生まれないのも頷ける。

しかし、われわれの国土の事情をみるに、今後、ますます集合住宅とのつきあいを重視せざるを得ない状況である。また、わが国は今急速な高齢化、少子化が進行しており、近い将来このような社会状況下における集合住宅のあり方、集合住宅における新しい住まい方が求められる。現状のような仮住まいとしてではなく、定住できる住宅としての集合住宅を考えていかねばならない。つまり、現代の価値観の多様化時代に応えられる、新しい集合住宅像の確立が急がれている。

3.集合住宅の盲点

集合住宅における一番の問題点は、それらを建設する事業の仕組みにある。ディベロッパーは、立地条件(地価、周辺環境、通勤時間など)を基に、住宅市場において売れる商品を提供する。自ずと価格帯・間取り・グレードは同じようになり、結果として年代も家族構成も似かよった世帯が集まり、集合住宅の画一化を生んでいる。

集合住宅の中に、真のコミュニティ感覚が生まれないのは、仮住まい感覚に加えて、入居世帯の画一化による均質的なライフスタイルによるところも大きい。本来のコミュニティでは、あらゆる世代の人々が集まり、それぞれの世代に応じたコミュニティ内での自然発生的な役割分担が生じるものである。 一方で、世帯構成も今後、大きな変化が予想される。夫婦と子供2人という核家族の形態は、依然家族構成のなかの大きなセグメントではあるが、同時に高齢者夫婦、老人の一人住まい、片親の家族、独身者などさまざまな世帯が増加しつつある。

現状の画一的な集合住宅の供給システムでは、このような多様なニーズに対して、的確に応えていくことは困難であり、味気ない、人間味のない「コンクリート・ジャングル」が増える一方である。

家族間における一定のプライバシーを尊重し合いながら、一方で交流を促進し、豊かな生活を享受できるような集合住宅はできないものだろうか。少なくとも現状の集合住宅づくりにおける延長線上には、その解決策は見当たらない。今、バリアフリー社会構築を促進するような集合住宅づくりの新しいコンセプトとは何なのか。

4.マルチライフスタイル・コンセプト

精神的に豊かな生活を営むには、多種多様な階層、生活様式、価値観を持った人々が、一堂に集まった真のコミュニティづくりが不可欠である。子供たちは、親の世代以外の人との触れ合いの中で、新しい自分たちの価値観を築きあげ、親の世代も自分達と全くライフスタイルの異なる人々との触れ合いの中で、日常生活にダイナミズムを持たすことができる。老人は若い世代との触れ合いの中で、精神的な若さと生き甲斐を取り戻し、同時にコミュニティによる相互扶助により、老いの心配も軽減される。このようなコミュニティ感覚こそが、家族間の精神的なバリアを取り払い、交流を促進する原動力となる。

一つの集合住宅の中で、多様な家族や世帯を積極的に取り込むというコミュニティづくり促進の仕掛けを内包した器づくりの考え方を「マルチライフスタイル・コンセプト(MLC)」と呼ぶ。集合住宅の商品企画の観点から言うと、さまざまな世帯形態のニーズを満足させる住戸の平面、断面に対応できるような、集合住宅の構成・構造を取り入れることである。また、このことは将来の居住者のライフスタイルの変化に伴う間取りの変更や増改築ニーズに対しても柔軟に応えられることを意味する。

5.バリアフリー・マンションを目指して

MLCを取り入れた集合住宅を「バリアフリー・マンション」と呼ぶならば、それを実現するためには、以下の3つの視点からの新しい発想とその実現に向けた検討が必要である。

三つの視点とは、・生産者サイド、・行政サイド、・居住者サイドである。

まず第一の生産者サイドの視点とは、物理的に多様な平面、断面形態への対応策を検討することである。従来より、集合住宅を構造体と中身とに分離して設計する考え方はある。さらに、その考えを拡大していくと、構造体を一種の人工地盤として捉え、そこにニーズに合わせた住戸をつくるという発想が生まれてくる。この発想の問題点はいろいろあるが、その最大のものは、コスト・アップにつながることである。その問題点を克服し、こういった集合住宅づくりの方向性をより深化させることが必要である。

そこで徹底的な工業化を図り、コストをどこまで押さえうるかがポイントである。そのためには、設計段階における徹底的なモジュール化(寸法統一)と施工段階における二段階生産方式が不可欠である。つまり、工場生産できるものは、工場ですべて製作し、現場においては製品を組み立てるだけという、合理的な二段階建築施工システムである。

第二の行政サイドの視点とは、上述したような構造体を人工地盤として捉える場合、法的な取扱いをどのように処理するかである。集合住宅の場合、区分所有法により、明確に専有部と共有部を規定し、その規定が増改築などの最大のネックとなっている。

ここで大胆な発想の転換が必要である。例えば、構造体部分を道路や上下水道のような公共資産と見なすような考え方はできないだろうか。つまり、山を切り開いて、新規の宅地を造成するように、構造体をユーティリティの供給とともに公共が整備し、区画を分譲していくことである。そうなると各区画への廊下や階段は、土地に付随する道路と同じになる。端的に言えば、平面的な土地の造成ではなく、垂直的な新しい土地を生み出す手法である。それにより、都市圏でも広くて安い土地(人工地盤)が取得でき、定住人口の増加にもつながることになる。行政の今後の検討テーマとして、提案したい。

第三の居住者サイドの視点とは、高齢化社会を向かえる上での、居住環境に対するパラダイム転換の必要性である。今後の居住環境は、単に一家族が生活する場ではなく、多様な世帯の集合のもとに、お互いの生活の尊重と相互扶助の概念を基本にしたものになるべきである。なぜなら高齢化社会の進展に伴い、ますます増えていく老人は、明日の自分たちの姿であり、コミュニティで支えあっていく以外に方策はない。まずは、その最初の一歩として、共生(シェアード・ライフ)的ライフスタイルを実現するバリアフリー集合住宅をつくっていくことが考えられる。

以上のような三つの視点による新しい集合住宅づくりに向けた動きは、一部の専門家(開発事業者、都市計画家、建築家、建設会社など)の間のみで議論される問題ではない。むしろ、一般居住者であるわれわれ自身が積極的に住まいと住まい方について、確固たる信念を持つべきであり、バリアフリー社会構築の第一歩は、人間一人一人が自分の住まい方を直視して捉えることから始まる。
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