Business & Economic Review 1995年05月号
【PERSPECTIVES】
低価格化進行下の消費動向
1995年04月25日 調査部 先浦宏紀
1. 低価格化の進行
(イ) 低価格化が進行している。わが国経済の全般的物価水準の動向を示すGDPデフレーターは、94年7~9月期に続き10~12月期でも前年同期比マイナスとなった。戦後わが国経済でGDPデフレータが低下した時期は、これまで、(1)神武景気後のなべ底不況といわれた58年の4~6月期から7~9月期の2四半期と、(2)円高不況直後の87年4~6月期から10~12月期までの3四半期、の2回しかない。さらに、今回は、前回円高期を上回ってGDPデフレータが低下している。すなわち、前回円高期では、(1)85年の1ドル239円から87年の145円への大幅な円高に加え、この間、(2)原油価格が1バレル28ドルから18ドルへ大きく下落する等、輸入コストが大幅に低下するなかで、GDPデフレータは、87年4~6月期から10~12月期まで順に前年同期比0.4%、同0.2%、同0.1%低下した。これに対して、今回は、GDPデフレータは94年7~9月期の同0.5%マイナスに続き10~12月期には同0.7%低下と一段とマイナス幅が拡大している。もっとも、今回の輸入コスト低下は小幅なものにとどまっている。すなわち、円相場については、90年半ば以降ほぼ一貫して円高傾向が続いているものの、その上昇幅は、円安のピークとなった90年からGDPデフレータがマイナスとなった94年下期まで46円/ドル(90年145円/ドル→94年下期99円/ドル)と小幅であるうえ、原油価格は総じて安定して推移している。
(ロ)さらに、今回の価格低下の推移をみると、従来と異なる動きがみられる。すなわち、卸売物価と消費者物価の上昇ペースの縮小である(図表1)。消費財価格の上昇率を、卸売物価ベースと消費者物価ベースで比較してみると、従来、消費者物価の上昇率は、卸売物価の上昇率を1~2%前後上回る水準で推移してきた。これは、卸売価格に、人件費をはじめとしたコストおよび一定のマージンを上乗せしたものを小売価格とする値付けが広く行われてきたためであった。しかし、価格低下傾向が強まるなかで、消費者物価と卸売物価との上昇率格差は93年以降縮小している。94年には、卸売物価が前年比▲1.0%低下するなかで消費者物価は同▲0.8%低下し、両者の乖離は0.2%ポイントまで縮小している。さらに、耐久消費財価格についてみると、卸売物価と消費者物価との上昇率の逆転現象が生じている。すなわち、93年半ば以降、消費者物価が卸売物価を上回って低下しており、94年には、卸売物価が同▲2.0%低下したのに対して、消費者物価は同▲2.4%低下し、消費者物価が卸売物価の下落率を0.4%ポイントも下回った。
2. 価格低下の影響
(イ)こうした価格の低下は、わが国経済に対して様々な影響を及ぼしている。まず、プラス面についてみると、以下の通りである。
わが国経済は93年10月を底として景気回復局面に転換し、緩やかな回復傾向を持続している。しかし、今回の景気回復は、従来型の景気回復、すなわち、まず設備投資が回復し、その後個人消費が持ち直すという景気回復ではない。こうした従来型の景気回復パターンは、企業収益の回復が、まず設備投資の好転に作用し、その後、個人消費に波及してきたことに起因する。これに対して、今回の景気回復期では、設備投資が景気が底を打ったとされる93年10~12月期以降一段と低迷するなかで、個人消費が回復傾向に転じており、いわば、戦後初めて個人消費主導による景気回復が生じている、といえよう。
こうした個人消費の回復には、様々な要因を指摘することができる。すなわち、(1)94年夏の猛暑効果によるエアコンや清涼飲料水等、季節商品の売上増加、(2)94年半ば以降の大型所得減税効果、(3)94年半ば以降の乗用車新車販売台数の増勢転換等、ストック調整進展に伴う耐久消費財需要の持ち直し、(4)94年半ば以降の所定外賃金や94年末賞与の増加等、所得環境の持ち直し、等である。しかし、これらはいずれも94年半ば以降の動きであり、これらだけで93年末以降の消費の回復を説明することはできない。やはり、消費者の低価格化志向が強まるなかで、93年以降進展した価格低下が、実質所得の増加を通じて消費回復に大きく寄与した点を無視できない。
こうした価格低下による需要増加の動きを、低価格化現象が本格化する以前の91年時点と、94年1~11月期とで品目別に対比してみると、次の通りである(図表2)。なお、ここでは、家計調査の調査対象のなかで、購入単価と購入数量が明らかな主要84品目の商品・サービスについて、その単価と数量の前年比増減率をみた。
まず、購入単価についてみると、単価が前年比マイナスとなった品目数は91年には11品目と全体の1割強にとどまり、単価が上昇した品目がを大宗を占めていた。しかし、その後単価の低下した品目数が一貫して増加し、92年の30品目から、93年に60品目、94年1~11月には84品目中67品目と過半を占めるに至っている。
次に、購入数量の動向を加味してみると、91年には、31品目の購入数量が前年比増加したなかで、価格の低下したものは4品目に過ぎず、一方、価格が前年比上昇したものが27品目に上っていた。しかし、その後価格が低下して数量の増加した品目が一貫して増加し、92年の15品目から93年に35品目となった。さらに、94年には、数量が増加した49品目のうち価格の低下したものが40品目と大宗を占め、91年と逆の状況に転じている。すなわち、現在では、価格の低下した商品・サービスが売上数量増加の中心になっているといえよう。
(ロ)もっとも、価格低下の進行はプラス効果だけを持つものではない。すでに、企業はこうした状況への対応に向けて、海外への生産シフトや開発輸入、さらに製版同盟等、商品開発・生産・販売システムの見直しにとどまらず、雇用・賃金システムや意思決定システム等、経営システムの根幹に関わる分野についても抜本的な見直しに着手している。すなわち、流通業が消費財価格の低下の影響に直撃されるなかで、卸売・小売業の就業者数が94年には戦後初の大幅なマイナスとなる一方(図表3)、電子メール等の導入を通じて社内情報伝達・意思決定システムの一段の効率化・迅速化が図られるなかで、管理的職業、すなわちホワイト・カラー雇用者が、同じく94年に大幅に減少している(図表4)。
3.今後の展望
(イ)それでは、今後の価格低下現象の行方をどのようにみればよいか。
まず、マクロ的にみると、現下の価格低下現象は、一過性のものではなく、構造的な動きであるだけに、今後も根強く持続する公算が大きい。すなわち、現下の価格低下現象は、単にバブル崩壊以降の深刻な景気後退や限界的な円高進行によるものではなく、(1)中国等旧社会主義諸国経済の自由化や、(2)NIEs・ASEAN諸国等東アジア経済の飛躍的発展、を主軸として世界的な大競争(メガ・コンペティション)時代が到来するもとで、規制等によって高止まりしているわが国国内物価水準が国際価格に収斂する過程と捉えられるためである。さらに、現下の戦後最高水準への円高進行は、価格低下の動きを一段と加速する方向に作用する可能性が大きい。
(ロ) こうした情勢下、ミクロ的には、今後の価格低下現象がどのように進展するとみればよいか。
この点をみるために、ここでは、消費者行動の面から、まず、これまでの財・サービス別動向、次いで地域別動向を振り返ってみた。なお、ここでは、購入数量と購入単価の明らかな家計調査対象の主要84品目の動向を中心とした。
まず、財・サービス別動向について、84品目を耐久消費財、半耐久消費財、日用品、サービスの4種類に分けてみると、サービス→日用品→半耐久消費財→耐久消費財、の順に購入単価の低下幅が大きくなる一方、購入数量の増加率も大きくなっており、価格低下現象が耐久消費財を中心に進行していることがわかる(図表5)。もっとも、商品価格では輸入品の活用等を通じて円高差益の還元が容易であるのに対して、サービス価格の場合、そのコストの中心が賃金や地価等であるだけに、商品価格対比、低下しにくい面は否定できない。しかし、リース料金等、対象が消費者物価ベースとやや異なるものの、企業向けサービス価格は93年10~12月期以降、急速に低下している(図表6)。それだけに、今後、消費者段階のサービス価格が、企業向けサービス価格と同様、低下傾向に向かう可能性を否定できない。 次に、地域別動向をみると、次の通りである(図表7、8)。 まず、91年から93年までの購入単価の低下した品目数の多寡を都市の規模別にみると、価格低下現象の中心が小規模都市から大都市へ移行している。すなわち、価格低下品目数は、91年では人口5万人未満の小都市が32品目と最も多く、92年では、人口5万人以上15万人未満の小都市と町村が41品目と最も多くなっている。さらに93年では、東京都区部等、人口100万人以上の大都市が61品目で最も多く、次いで、人口15万人以上100万人未満の中都市が59品目となっている。 次に、同じく91年から93年までの購入単価の低下した品目数の多寡を、地方別にみると、91年の東海地方、92年の近畿地方を除くと、91年、92年ともに、北陸、北海道、沖縄等、いわば地方圏が上位であった。これに対して、93年には、関東地方を筆頭に上位5地方に近畿地方、東海地方が入り、いわば、都市圏が価格低下傾向の中心になっている。さらに、各年1位となった地方の価格低下品目数をみると、91年の北陸地方が35品目、92年の沖縄地方が44品目であったのに対して、93年の関東地方は67品目へと大幅に増加した。 このようにみると、価格低下現象は、93年に入り都市圏で急速に進行する一方、地方圏では、その動き自体は都市圏に先んじて始まったものの、相対的に緩やかなペースにとどまってきた、といえる。
(ハ)これらを総合してみると、現下の価格低下現象は、必ずしも一律・一様に進展しているのではなく、商品・サービス別、地域別にその進行ペースには様々な格差がある。こうした格差は、逆にみれば、今後、価格低下が進展する余地の大小を示すものとみることもできよう。すなわち、財・サービス別にはサービス価格や日用品の価格、地域別には地方圏において、今後、価格低下現象が一段と進行する可能性がある。 地域別動向については、すでにこうした兆しが表れている。すなわち、地方圏への大規模小売店舗の出店増加である。94年5月、規制緩和の一環として売り場面積が1,000平方メートル未満の店舗出店が原則として自由化される等、「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(通称「大店法」)」の運用基準が緩和された。これを受けて、スーパーマーケットや大型ディスカウントストアの出店申請が、とりわけ地方圏を中心として大幅に増加している。すなわち、94年5月以降、出店申請数が緩和前のほぼ1.5倍のペースに達するなかで、地方圏での出店申請のウエートが、緩和前の4割から5割へ高まっている(図表9)。 このようにみると、価格低下現象は、わが国経済への一段の浸透や広がりとともに、商品・サービス別や地方別等の格差縮小を伴いつつ、今後も根強く持続していく公算が大きいと判断される。