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Business & Economic Review 1995年04月号

【PERSPECTIVES】
デリバティブ取引とリスク管理についての一考察-「リスクの時価評価」の先にあるもの

1995年03月25日 調査部 翁百合


英国のマーチャントバンク、ベアリングスの最近の破綻などにみられるように、デリバティブ取引の拡大等近年の金融環境の変化は、個々の金融機関によるリスク管理やディスクロージャーの重要性を一段と高めている。こうしたなかで時価評価の考え方が、これら新金融商品のリスク管理にきわめて重要であることは以前から指摘されてきたが、もはやリスク管理上時価評価を徹底するだけでは不助ェな状況となってきている。すなわち、リスク管理およびディスクロージャーにおいては、「将来のリスクの数値化」が必要条件とされるようになっている。こうした流れは、「現時点」のバランスシートの把握という会計の本来の役割に対しても、新たな課題を投げかけるものであるように思われる。

本稿では、デリバティブ取引のリスク管理を巡る動向を整理すると同時に、「リスクの時価評価の先にある課題」について考察し、そのうえで、デリバティブ時代における会計制度の役割についても検討する。

1. 近年のデリバティブ取引の動向

1980年代後半以降、金融派生商品(デリバティブ)取引が急速に拡大している。この背景には、(1)変動相場制への移行、各国の金融規制の緩和等によって、為替相場を含む金融資産価格の変動が大きくなり、グローバルな活動を行う企業や投資家が為替相場や金利の変動リスクから、自らを守るためのヘッジニーズが高まったこと、(2)米銀を中心として金融機関自身がフィナンシャル・エンジニアリング(高度な数理理論とコンピューターとを用いて、新金融商品の開発やリスクの分析を行うこと<中曽1994>)を強化させ、金融機関の商品提供が増大したこと、が指摘できる。

金融機関がフィナンシャル・エンジニアリングを強化した背景としては、(1)金利自由化に伴い、預貸金利鞘が縮小の傾向にあるため、金融機関が新たな収益源を見つけようとしたこと、(2)自己資本比率規制の導入により、分母のアセットを膨らませることなく収益を拡大できるため、オフバランスでの取引を志向する傾向が強まったこと、(3)コンピューター・通信技術の発達による金融技術の高度化から、新金融商品の開発やリスクを分析する技術が発達してきていること、等が指摘できる。

ちなみに、デリバティブの市場残高を想定元本ベースでみると、GAO(アメリカ会計検査院)の94年5月のレポートによれば、89年からの3年間で2.5倍に膨れ上がり、1992年末の段階で、想定元本ベースで既に12兆ドルを超えている(図表2)。また、BIS(国際決済銀行)によれば、93年末には14兆ドルを超えている。近年は、デリバティブ取引の種類が増加していることも特徴であり、カスタマーメイドのOTC(Over the Counter、店頭)デリバティブ取引が拡大し、全体の過半を占めるほどになっている。店頭デリバティブは取引所取引とは異なり、日々決済されないうえ、以前は「プレインバニラ」と呼ばれる簡単なスワップ等が主流であったが、最近ではエキゾチック商品と呼ばれる複雑な国「をしたものが多くなってきており、それゆえ、流動性が低くなる傾向にあるといわれている。このように、近年のデリバティブ取引の量的拡大、質的変化は、いずれも金融機関にとってリスク管理の重要性を高める方向に作用している。

ちなみに、デリバティブの想定元本残高は、銀行のオンバランス資産に比べ数諸{の大きさに膨れ上がっており(図表2)、まさに、米銀においては銀行の中核業務になっている。

2. デリバティブ取引に対する規制を巡る議論

(1) アメリカにおける議論の動向

(イ) 議会の動向

アメリカではまず94年前半、プロクター&ギャンブル等の企業が、デリバティブ取引で大きな損失を被ったことや、前述のGAOが5月に公表したデリバティブに関する報告書等を背景として、デリバティブ規制のあり方に関して議会で議論が盛り上がった。

委員会サイドからは、デリバティブ取引を規制するための法案が次々と提出され、これに対し、連銀や金融機関サイドは公聴会等の場で、デリバティブ取引がシステミックリスク(金融システムに内在する何らかの業務上の支障が金融システム全体の混乱・動揺に波及していくリスク)をもたらさないよう金融機関がリスク管理を充実させ、取引の透明性の向上や市場整備を行っていくことの方が重要であるとの考えを明らかにしてきた(注1)。

この結果、94年の段階では、法案の成立は実現しなかったが、最近でも、94年12月、カリフォルニア州オレンジ郡の債券投資の失敗の一部に、デリバティブ運用が含まれていたことから、議会サイドが、デリバティブ取引の規制強化を目指したいとの意向をほのめかしている。もっとも、オレンジ郡の債券投資の失敗の主因は、1ファンドマネージャーによる金利予想の見誤りといった初歩的なものであり、デリバティブ取引は一部にしか用いられていなかったことには留意しておく必要があろう(注2)。

(ロ) 監督当局の考え方

連銀や民間金融機関がデリバティブ取引に規制を課さない方が良いと考えている理由は、次の4点に集約できよう。まず、(1)デリバティブ取引が金融市場の効率化に大きく寄与しているとみていること、(2)デリバティブ取引に規制を課しても、これを回避しようというループホール商品へのシフトの動きがかえって市場を歪める方向に作用する可柏ォがあること、(3)規制は市場の動きを後追いしがちであり、規制への対応コストがかかるにもかかわらず実効性に疑問があること、また、これと関連するが、(4)一律に規制を課す場合には、どうしても規制自体をリスク管理レベルの低いところに合わせざるを得ず、先進的な銀行にとっては不十分なものとなること、等の点である。

実際、監督当局サイドは、(1)規制を課すよりも、むしろ金融機関の自主的なリスク管理やディスクロージャーを拡充することでデリバティブ取引の弊害を取り除こうとしているほか、(2)最近では対顧客取引で問題が発生した個別行に対して、文書によって経営改善を促すといった姿勢も採っている。

第一の動きとしては、93年秋に、OCC(通貨監督庁)から国法銀行に対してデリバティブの様々な種類のリスク管理に関するガイドラインが公表されている。加えて95年2月8日に、OCCは、金利リスクに関するアドバイザリーレターを発出している。OCCは、デリバティブ等の金融商品は、リスク管理のための重要なツールであるが、同時に銀行全体のポートフォリオの金利変化に対する影響を捉えにくくしているとの認識のもと、とくにこれらの商品を保有する銀行は、金利の変化に伴う銀行のポジション全体に対する影響や将来のパフォーマンスを的確に把握する必要があると述べている。このうえで、ガイドラインは、金利リスク測定、モニタリング、および管理について次にような提案を行っている。まず、金利リスクの測定については、全ての国法銀行は、金利の変化にさらされるリスク量を測定するシステムを持ち、リスクエクスポージャーの大きさやその方向性を的確に捉え、これを定期的に見直すことが要請されている。また、モニタリングについては、金利リスクの大きさを担当のシニアマネジャーおよび取締役が定期的に評価し、予め設定した許容水準に満たされているかどうかチェックするよう求めている。さらに、リスク管理については、リスクの許容量について、取締役が担当シニアマネジャーと十分に連絡を取り合い、責任の所在を明確にすることが要請されている。

また、第二の動きとしては、94年12月にニューヨーク連銀が大手マネーセンターバンクであるバンカーストラストとの間で、デリバティブ取引に関する業務是正措置を書面上取り交わした。この措置の内容は多岐にわたるが、その骨子は「顧客がデリバティブのリスクと価格変動について十分理解する能力を有することを銀行サイドが確認し、十分な情報を顧客に対して提供すること」の義務付けである。バンカースは、デリバティブ取引に関しては最も先進的な銀行の一つであるが、顧客であるプロクター&ギャンブルやギブャ刀Eグリーティングから、バンカースが勧めたデリバティブ取引(レバレッジド・スワップが中心)で多額の損失を被り、訴えられるケースが多出したことから、個別に書面で約束を取り交わすことによって、業務改善を促したものとみられる。

一方、会計当局も、94年10月、デリバティブ取引のディスクロージャーを充実させるための新たな基準を発表した(FAS119号)。アメリカでは、既にオンバランス、オフバランスを問わず金融商品のディスクロージャーが規定されているが、新基準ではさらに、オフバランスシートリスク(財務諸撫纒示されていない会計上の損失リスク、FAS105号で定義)を伴わないデリバティブ取引に対しても取引目的別に想定元本、公正価値等の情報開示を求めている。また、マーケットリスクについては量的情報のディスクロージャーも奨励している。

(2) G30等の動き

デリバティブを規制によってしばるよりも、リスク管理を徹底し、ディスクロージャーを進めていくという方向性は、国際的にも共通の動きであり、92年頃よりBISユーロ委員会、外為審議会、G30等も同様の内容の提言を行ってきた。

92年秋に公表されたBISユーロ委員会のプロミセル報告は、デリバティブに関する初めての国際的実態調査といえ、リスク管理を徹底するための市場インフラ整備の重要性が同時に提起された。わが国では、93年6月、外国為替審議会「国際金融取引における諸問題に関する専門部会」で、初めてデリバティブ取引のリスク管理の重要性が強調された(図表3)。

また、1993年7月には民間銀行の集まりであるG30から、デリバティブ取引のリスク管理の具体的な方法について、画期的な提言がなされた。その内容は、第一が経営陣の役割の明確化等の一般原則、第二がマーケットリスクの評価および管理、第三が信用リスクの測定および管理、第四が法的有効性、第五がシステム、事務、管理、第六が会計およびディスクロージャーについてである(注3)。ちなみに、この中では、第二のマーケットリスクの把握に関して、ディーラーは一貫性のある測定方法を用いてマーケットリスクを日々算出し、少なくとも1日1回はポジションを時価評価すべきことが提案されているほか、後述する『バリューアットリスク』という概念に基づくリスクの定量的把握や『ストレス・テスト』の重要性が強調されている。また、第六の会計およびディスクロージャーについては、会計基準を統一化することが望ましいが、そうした基準が採用されるまでの間は、取引を時価評価し、評価額の変化を各期の収益として認識する会計処理を行うことが提言されている。さらに、ディスクロージャーに関しては、デリバティブ取引を行うことの目的、取引規模、内包されるリスクの大きさ、および会計処理方法等を含める開示内容にする必要があるとされている。なお、この提言の遵守状況についてのアンケート調査が最近明らかになっているが、これについては後述したい。

プロミセル報告、外為審、G30等の提言に共通するリスク管理、ディスクロージャーの考え方に関する認識は、次のように集約できよう。

まず、デリバティブ取引の急拡大に財務会計基準が追いついていないが、このことはリスク管理上も問題であり、早急に時代に合うものにするよう検討する必要がある。しかしながら、会計基準の改正は、一朝一夕にはいかないため、第一に、個々の金融機関が内部的にリスク管理体制を整え、とくにトレーディング目的の取引については、マーケットリスク等を日々時価で把握することが求められている。

第二に健全性確保の一つのツールとして、デリバティブ取引の透明性を高めることがきわめて重要な課題であり、個々の金融機関にとって、時価を含めたディスクロージャー(情報開示)の内容向上が主要な課題となっている、ということである。

後者のディスクロージャーの拡充については、背景として、デリバティブ取引の拡大、複雑化によって、近年一段と市場参加者のバランスシートの透明性が低下していることに加え、金融機関自らが情報を開示するディスクロージャーという行為自体が、市場規律によって市場参加者の健全性を律していくうえで主要な手段であるとの考えが底流にあることはいうまでもない。

3. フィッシャーレポートの含意

さらに、94年入り後は、リスク管理、ディスクロージャーのあり方に関する考え方について、新しい潮流が出てきた。その背景には、リスク管理、ディスクロージャーの理想形を考えた場合、会計制度の改善ではカバーしきれないところにまで一挙に現実の取引の高度化、複雑化が進んできているとの認識があるように思われる。こうした認識は、94年9月に発表されたBISユーロ委員会によるフィッシャーレポートに典型的な姿をみることができる。

(1) リスク管理ガイドラインにおける時価評価の重要性

フィッシャーレポートの内容をみる前に、デリバティブ取引に関する最近のBIS周辺の動きを概観しておくこととしよう。最近のデリバティブ取引に関する公侮送ソ等からみると、BIS周辺の対応には、5つの大きな流れがみてとれる。

すなわち、第一は、マーケットリスクを勘案した自己資本比率規制案の発表である(当初案は93年4月発普Aバーゼル銀行監督委員会)。これに関連して、信用リスク規制におけるネッティングの自己資本比率への適用や、デリバティブ商品のポテンシャル・エクスポージャーに関する計算手法の精緻化等の提案がなされている他、金利リスクの測定手法についても提案がなされている。第二は、デリバティブ取引のリスクガイドラインの発表などにみられるリスク管理の徹底である(94年7月発普Aバーゼル銀行監督委員会)。第三は、前述のフィッシャーレポートにみるデリバティブ取引のディスクロージャー拡充である(94年9月発普Aユーロ委員会)。さらに、これらの3つの流れの他に、デリバティブのマクロ経済と金融政策に対する影響についての研究(94年12月発普Aユーロ委員会)、および各国中央銀行が中心となって進めているデリバティブの統計整備による市場実態の把握に向けての動き(95年2月発普Aユーロ委員会)がみられる。

このうち、前者の3つが、デリバティブ取引の増大に対する金融機関の健全性確保にとくに関連した提言といえよう。ちなみに、第二の点については、1994年7月、バーゼル銀行監督委員会がリスク管理ガイドラインを発表した。この内容を検討すると、同委員会も、アメリカ監督当局の発言にみられる方向性と同様、直接デリバティブ取引に対して規制を強化するよりも、個別金融機関が時価で自行の経営実態を把握し、これをもとにリスク管理徹底を促す方向性を打ち出したことがわかる。

このリスク管理指針は、(1)リスク管理手続の監督、(2)リスク管理のプロセス、(3)内部管理と監督、の基本原則を述べ、最後に各種リスクに対する管理手法を具体的に示している。そのなかでもやはりマーケットリスクに関しては、金融機関は少なくとも日々、すべてのトレーディングポートフォリオの時価評価を行い、エクスポージャーを測定するとともに、これをもとにマーケットリスク・エクスポージャーに関するリミットを設定することを奨励している。

同委員会がこうした提案を行ったことは、同委員会がデリバティブ時代においては、金融機関の健全性を確保するためには、オフバランス取引を含めたマーケットリスク自己資本規制のような監督手法のみでは十分でなく、個々の金融機関による自主的なリスク管理が必要不可欠であるとみていると解釈することができる。

(2) フィッシャーレポートの内容

さらに、94年秋、BISユーロ委員会より発表されたいわゆるフィッシャーレポート(「金融仲介機関によるマーケットリスクおよび信用リスクのパブリックディスクロージャーに関する討議用ペーパー」)は、前述の通り「時価」の把握や開示の必用性をさらに推し進めたリスク管理およびディスクロージャーのあり方を提言した点で注目される。

同レポートでは、「すべての金融仲介機関が、それぞれ内部的に用いているリスク測定方法やリスク管理パフォーマンス評価システムに基づいて、金融取引にかかるリスクエクスポージャーに関する情報を継続的にディスクローズすること」が勧奨されている。その情報とは、「(1)関係ポートフォリオのマーケットリスク、およびポートフォリオに関するマーケットリスクの実際の管理パフォーマンス」と、「(2)トレーディングおよびリスクマネジメント業務から生じる信用リスクを同リスクの管理パフォーマンスを評価することが可能な形で示したもの」である。しかも、こうしたディスクロージャーは、デリバティブ取引のみに対象を限定すべきものではなく、ポートフォリオ全体を視野に置いて行うと最も意味のある内容となると考えられている。

マーケットリスクに関しては、「リスクの大きさおよび変動可能性に関する指標、および市場価値の変化幅の大きさとボラティリティーに関する指標から構成される定量的ディスクロージャー」を想定している。マーケットリスクの大きさを測定する具体的な方法としては、『バリューアットリスク(VAR)』(図表4)の利用が一般化しつつあるとしており、この方法が紹介されている。『バリューアットリスク』は、あり得べきポートフォリオの最大損失について統計的な信頼区間を示すものであり、例えば「保有期間1週間、信頼水準5%(95%)とした場合のバリューアットリスクは10百万ドル(平均的に20週に1週の確率で少なくとも10百万ドルの損失が発生する可能性がある)」という形で表現される。

この手法のメリットは、従来の手法と比べて、総合的にリスク把握ができる点にあろう。例えば、従来リスク管理によく使用されているセンシティビティー(価格弾力性)分析という手法によると、金利が0.1%変動した場合の時価変動と為替が1円変動した場合の時価変動は別のものとして算出される。バリューアットリスクの場合は、これらの価格変動リスクを関連付けつつ確率的に把握し、ポートフォリオ全体がさらされているリスクを金額として表示することができるといえる。

信用リスクに関するディスクロージャーについても、「トレーディングおよびリスクマネジメント業務から生じる信用リスクを当該機関のリスク管理パフォーマンスを評価することが可能なかたちで示したもの(定量的情報)を、定期的に開示すること」が求められている。信用リスクに関しては、現行のディスクロージャー方式では、現在のリスクの大きさを時価で把握することによって求められる『カレントエクスポージャー』に焦点が当てられているが、マーケットリスクと同様、これに加えて潜在的損失(ポテンシャルエクスポージャー)と、デフォルトの確率についても統計的に処理し、提供することが求められている。

4. 米銀等のリスク管理の現状

(1)G30によるアンケート結果の意味するもの

それでは、実際のところ各国の金融機関は、現在どのようなリスク管理体制をとっているのであろうか。最近、G30より、93年に発表した提言がどの程度各金融機関で実行されてきているかについてのアンケート調査(フォローアップサーベイ)が発表された。これを手がかりに最近の状況についてみてみよう。

G30のサーベイは、125のディーラーと99のエンドユーザーから回答を得ており、94年時点での日米欧の主要金融機関のリスク管理の現状が回答されている(図表5)。

まず、マーケットリスク管理の観点から、デリバティブのポジションを日々時価で把握しているかどうかについては、全体の91%までが既に実施している。また、設定した限度額と実際のマーケットリスクエクスポージャーを日々比較しているかどうかについては、全体の83%までが、実施していると回答している。さらに、「バリューアットリスク」アプローチによって、リスク管理を既に行っている先は43%にとどまるが、1年以内に導入したいと考えている先を勘案すると、80%に達している。信用リスク把握に関しては、現時点のリスクのエクスポージャーだけでなく、潜在的ポテンシャルエクスポージャーまで勘案している先が既に74%に上っている。また、デリバティブ取引を時価評価し、評価額の変化を各期の収益として認識する会計処理を行っている先は既に84%に上っている。

もっとも、これらのディスクロージャーについては、相対的に遅れており、例えば、マーケットリスクについて、時価によるグロスのリスクエクスポージャーを開示している金融機関はまだ25%、バリューアットリスクを開示している金融機関は12%にとどまっているといった状況である。

このように、G30の提言の遵守状況は、リスク管理の点ではかなり進捗しており、ディスクロージャーについては、リスク管理に比べてやや遅れている状況ということになるが、とくに目立つのは、ここ1年程度で導入をしたり、今後1年で導入を企図している先が非常に多いことである。このように、現在国際的にみて各金融機関は、リスク管理の充実・高度化をきわめて早いスピードで進めているということになろう。

(2) 米銀にみるリスク管理の状況

こうした流れのなかで、主要国の銀行のなかでもとくに米銀が、デリバティブ取引を積極的に推進しており、リスク管理においても先進的な動きを示している。リスク管理に関して、特筆すべき動きをいくつかみてみよう。

まず、米銀のなかでも、ホールセールに注力し、デリバティブ取引を推進している代蕪Iな銀行であるJPモルガンは、94年10月にリスク管理システムである「リスクメトリックス」を発表し、無料でこれを公開し、顧客に広く利用を推奨することを明らかにした。リスクメトリックスとは、「バリューアットリスク」アプローチによる、トレーディング業務におけるマーケットリスクの試算方法であり(図表6)、主要な金融指標のボラティリティーと金融指標相互の相関(共に過去のデータから推計したもの)の膨大なデータ体系からなるものである。モルガンは、これを公表したのは、「トレーダー、投資家、金融機関、および法人がそれぞれ抱えているリスクを数量的に予測し、個々の資産または資産クラスのリスク・収益をよりよく把握してもらうため」(グルディマン1994)としており、自行の顧客のリスク管理能力の向上や市場全体の透明性を高めたいとの考えに加え、最近のフィッシャーレポート等の動きをみて、モルガンが自ら使っているマーケットリスク管理手法(に準拠したもの)を提供していくことは、市場における同行のステータスアップにもつながるとの見方があるようにもうかがわれる。

さらに、臼杵(1994)等によれば先進的な米銀に特徴的な動きは、マーケットリスクと信用リスクを統合的に管理しようとしていることである。すなわち、マーケットリスクのみならず、定量化が難しいとされてきた信用リスクについても、社内格付け等を利用しリスクを数量的に把握する努力を行っている。信用リスクの数量的把握とは、ある格付けの債権の一定期間後の価値を確率をつけて推計し、バリューアットリスクを測定するものであり、これによって銀行は格付けに応じた必要スプレッドを満たしているかどうかを判断して、与信の可否決定に利用している。さらに、最終的には金融機関全体として、デフォルトと金利、為替レートの相関まで推計したうえで、市場リスクと信用リスクを完全に統合管理し、銀行全体としてのクレジットポリシーを考えることができるようなリスク管理体制を目指している。

このような動きは、従来の預金貸出ビジネスを土台として、リスクとリターンを勘案しつつ、デリバティブ等の新たな収益源を追求していく産業となりつつある銀行業にとって、総合的なリスク管理が不可欠のものとなってきていることを意味するものといえよう。

5. リスクの時価評価の先にある課題

(1) 時価評価の先にあるもの

フィッシャーレポートや最近の米銀のリスク管理手法の進展をみていると、「デリバティブ時代のリスク管理と金融機関の健全性確保」について、二つの重要なシグナルを読みとることができるように思われる。

(イ) ディスクロージャーによるリスク管理手法の向上

まず、第一のシグナルとは、リスク管理やディスクロージャーについては、規制によって統一的な手法を打ち出していくよりも、自らのリスク管理能力を、独自の方法で自主的な判断に基づいて開示し、これを競い合っていく方向性が明確になってきているということである(図表7)。

すなわち、よりディスクロージャーが充実しているほど、当該金融機関は高い評価を市場から得、資金調達コストが低下し、競争上優位に立つ。このように、ディスクロージャーのあり方が規制によって最低限画されるという従来の姿から、市場原理によってより高度なディスクロージャーを競い合うという姿になりつつあることは、画期的な変化といえる。モルガンのリスクメトリックスの公蕪凾ヘ、こうした潮流変化を的確に把握したものといえよう。

この背景にはデリバティブ取引の複雑化等により、リスク管理手法や望ましい姿については、銀行間、監督当局間で必ずしも合意を得ることはできなくなっていることがある。例えばG30レポートやフィッシャーレポートで推奨されているリスク管理手法である「バリューアットリスク」に関してすら、必ずしも最善の方法が考えられている訳ではない。ちなみにグリーンスパンFRB議長は最近、「バリューアットリスク」に関して、次のような多くの仮定が必要になると留意点を指摘している。第一にポートフォリオの価値に影響を与えるリスクファクターを特定する必要があること、第二に、各々の金融商品をリスクファクターに関連したキャッシュフローとそうでないキャッシュフローに分解する必要があること、第三に、リスクファクターのボラティリティーと相互関係を過去のデータに基づいて算出する必要があること、第四に、ポートフォリオに標準偏差の推計値を損失の推計値に置き換える際に、リスクファクターの変化が正規分布に従うことを仮定する必要があること、第五に、このアプローチでの測定は長期になるほど多くの仮定を必要とすること、等である。さらに、同議長は、短期のオプションのポジションなどを含むポートフォリオに対してバリューアットリスクアプローチを使うと、潜在的な損失の大きさを過小評価する可能性もあるとしている。

(ロ) 「将来のリスクの数値化」の徹底

また第二のシグナルは、デリバティブ時代のリスク管理には、個々の金融機関による金融取引における時価評価がますます不可欠となっているが、そうしたなかでもはや時価という会計情報だけではリスク管理上十分でなくなっているということである。すなわち、デリバティブ取引の拡大等によって、金融取引には金利リスクをはじめ様々なリスクが顕現化している一方、市場価額がリスクプレミアムを必ずしも完全に反映しないため、時価情報のみではリスクの大きさを必ずしも正確に利用者に伝達できない。つまり、たとえ時価で評価を行ってもリスク管理には限界があり、会計情報を補完するバリューアットリスクのような「将来のリスクパラメーター」を何らかの手法で把え、開示していくことが不可欠となっているということである。このことはマーケットリスクのみならず信用リスクにもあてはまり、フィッシャーレポートで信用リスクのカレントエクスポージャーのみならず、将来のリスクの大きさであるポテンシャルエクスポージャーが求められたり、米銀が将来の信用リスクの数値化向けて工夫していることにも、そうしたシグナルが見受けられるといえよう。

もっとも、こうしたリスク指標による補完の必用性は、時価評価を否定するものとして理解されるべきではなく、時価と補完指標が一体となって有用性を持つ。これは、時価はポートフォリオの現時点の姿を示し、例えばバリューアットリスクはその将来のリスクの範囲を示すものだからである。比喩的にいえば、時価は台風の「現在位置」を、バリューアットリスクは台風の進路の「予想範囲」を示す。現在位置と予想進路範囲を正確に認識することは、両者あいまってはじめて台風の被害を小さくすることができる。進路の予想範囲だけが示されても、台風がどこにいるのか正確にわからなくては災害対策のたてようがない。したがってフィッシャーレポートは、「時価評価」はそれのみでは万狽ナはないが、デリバティブ時代におけるリスク管理またはディスクロージャーには、不可欠の要素であることを確認する内容となっているといえよう。

なお、今後の金融機関のリスク管理は、将来のリスクパラメーターの把握、開示でも十分ではなくなり、G30の提言にもみられるように、ブラックマンデーのようなマーケットクラッシュ時の異常時におけるシミュレーション(ストレス・テスト)を行い、危機対策を講じて行くことが必要になっていくものと思われる。

(2) デリバティブ取引の拡大と会計制度の位置付け

デリバティブや最近の銀行業の業務の変化は、制度としての「会計」の役割、位置づけをも大きく変えつつあるように思われる。最後にこの点について言及しておくこととしたい。わが国の企業会計は商法、証券取引法、税法といった法律に規定されており、「処分可能利益算定機能」と「投資意思決定情報提供機能」を持ち合わせている(広瀬1995)。この二つの機能に分けて、変貌しつつある金融環境のなかで会計制度の位置づけを考えてみよう。

(イ) 会計の処分可能利益算定機能と空洞化問題

まず、現在問題になっている東京市場空洞化問題は、最近のデリバティブ急増などの環境変化によって、わが国の会計制度が「処分可能利益算定」機能を十分に果たせなくなっていることにも起因している。空洞化は、金融機関による東京市場回避の結果として起こっているが、こうした企業の行動を最終的に決定するのは、「ディスクローズ情報」ではなく、税や配当の基準となる「処分可能利益」である。その意味では会計制度は、企業行動を規定する一種のインフラストラクチャーであるといえる。わが国が環境変化を反映しない会計制度を採用し続ければ、金融機関が海外市場へと出ていくインセンティブを与えることになりかねない。したがって、いかに時価情報のディスクロージャーを進めたとしても、トレーディング目的のデリバティブ取引に関する取得原価主義の見直し等、適切な会計制度改善を行わない限り、東京市場の空洞化問題は完全には解決できないといえる。

(ロ) 会計の投資意思決定情報提供機能とリスク情報

しかし、一部時価主義会計に移行したとしても、会計制度は「投資意思決定情報提供機能」を完全に果たし得るであろうか。後者の機能が、「情報利用者が判断や意思決定を行うにあたって、事情に精通したうえで、それができるように、経済的情報を識別し、測定し、伝達する過程である」と考えると、「会計制度」がとくに投資家に対し提供できる情報範囲は、デリバティブ等の出現によって、一定の限界があることが、明らかになりつつあるといえるのではなかろうか。たとえ時価主義会計が一部導入されたとしても、「会計情報」のみでは、「将来のリスクの範囲」までは情報として提供できないからである。

したがって、将来予測に基づく「リスクパラメーター」を積極的にディスクローズすることによって、外部からの判断を仰ぐことは、会計制度の持つ後者の機能を補完する意味でも重要であろう。このように、会計制度の後者の機能は、会計基準を基礎としたリスク指標のディスクロージャーがあって、初めて機能するものに変わりつつあるように思われる(図表8)。 このように、デリバティブ等の新金融商品の出現による金融環境の激変のなかで、「会計制度」にどのような役割を期待していくかについても、広い視野から検討を行っていくべき時期になってきているといえよう。


(注1)94年には、監督当局の規制強化を支柱にしたゴンザレス、リーチ法案、銀行本体でのデリバティブ取引を制限するリーグル法案、証券、保険業におけるデリバティブ取引を監督すべきとするマーキー法案等が提出された。一方、グリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長やFDIC(連邦預金保険公社)、OCC(通貨管監督庁)等監督当局の首脳は、94年5月の下院公聴会等で相次いで発言を行っている。
(注2)オレンジ郡は、短期の借入金によって投機的なポジションを組成していた。すなわち、75億ドルの債券を購入していたが、これによってレポ取引や一部デリバティブ取引を行い、レバレッジ効果で200億ドルにまでエクスポージャーを膨らませていた(ウォールストリート紙、94年12月7日付)。そもそもこうしたポジション組成は、金利の低下をシナリオとしたものであったため、予想外の金利上昇によって結果的に逆ざやとなり、15億ドルという多額の損失を発生させ、更生手続の適用を申請することとなった。
(注3)今回のベアリングスの破綻は、シンガポール支店の1トレーダーが権限外の日経株価指数先物に失敗し、多額の損失を出したものといわれる。ベアリングスのリスク管理上の失敗はデリバティブ固有のものではなく、1トレーダーが先物ポジションをロングに膨らませすぎたことに起因しており、経営陣がこれを事前的にチェックできなかったという初歩的な問題であったとみることができよう。
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