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Business & Economic Review 1995年04月号

【OPINION】
「人材の空洞化」を回避せよ

1995年03月25日  


今春闘では、労働側が様々な形で旧来型の要求方式の見直しを活発化させている。たとえば連合は、従来の率重視の平均賃上げ要求方式を額のみの要求方式に変更した。また、春闘の相場形成に大きな影響力を持つ電機連合は、実現は先送りされる見込みながら、これまでの平均賃上げ要求から年齢別に要求目標を設定する個別賃金要求方式へ移行するとの方針を打ち出した。こうした動きは、戦後のわが国の硬直的な経済システムが国「転換を迫られるなかで、春闘に代表されるわが国の従来型賃金決定方式がもはや時代遅れになりつつあることを示唆している。  

そもそも、わが国の春闘による賃金決定方式の基本的考え方は、業種・企業に関係なく平均的労働者の名目賃金を何パーセント引き上げるかということを重視するものであるが、これは右肩上がりの経済成長を前提としたうえで、成長の成果を労働者に等しく分配するという横並び的発想に基づくものである。個々人の実績・能力差を最小限にとどめ、年齢が上がるに伴い賃金が上昇する年功序列賃金も、個人レベルでの横並び的発想に裏打ちされたものといえる。このような業種・企業・個人を通じた全レベルにわたる横並び型賃金分配方式がこれまで曲がりなりにも存続してきたのは、個人よりも集団・組織を重視する日本的経営を効率的に推進するうえで、勤労者全体の所得を平等に底上げすることによって従業員のモラール高揚を図り、ひいては企業業績の向上に資するなど、労使双方にとって極めて都合の良いシステムであったためである。

しかし、右肩上がりの成長が終焉し、業種・企業間の業績格差が拡大するなかで、横並び型賃上げ方式の存立基盤は大きく揺らいでいる。すなわち、名目成長率が低迷するもとで従来通りの着実な賃上げを続けることは、多くの企業にとって耐え難い人件費負担となっている。他方、勤労者にとっても、産業・企業間の生産性格差を無視した現行の横並び型賃上げ方式は、景気低迷期にはどうしても全体の賃上げ率を低く抑える方向に作用するなどの問題があった。このように、連合等による春闘方式見直しの基本的背景には、労使双方が従来の賃金決定方式の限界を感じ始めたとの切実な事情があるといえよう。

しかしながら、産業・企業間の生産性格差以上に大きな問題は、グローバルな視点からみた個人レベルの生産性格差である。この問題は、国際的マーケットの大変化のうねりのなかで、わが国産業構造の変革が余儀なくされているとの文脈のなかで理解する必要がある。すなわち、欧米諸国へのキャッチアップ過程が終了し、アジア諸国の供給能力が急速に向上するもとで、わが国企業が熾烈な国際競争を勝ち抜くには、国内の高コスト体質を是正するとともに、他の追随を許さない独創的な商品・サービスを提供することが不可欠の要件になっている。高コスト体質の是正には人件費をはじめとするコスト削減に加えて抜本的な規制の緩和・撤廃が必要不可欠であるが、高付加価値の商品・サービスを生み出すには何よりも独創的な人材を確保することが必要であり、そのためには個人レベルでの生産性格差を反映した賃金システムの構築が求められる。

このようにみると、わが国の賃金システムを巡る問題は、マクロレベル、あるいは、産業・企業レベルでみた平均的な賃金水準を、一律に引き下げれば解決するという単純なものでは決してない。平均でみたドルベースのわが国賃金は世界一の水準にあるにもかかわらず、高度な専門知識を必要とする生産性の高い労働分野におけるわが国の賃金は欧米諸国対比格段に低く、一部の職種ではアジア諸国よりも見劣りするケースすらある。個人レベルでの賃金格差を助ェ認めない限りこうした歪んだ状況が続かざるを得ない。その行きつく先は、外国企業への優秀な人材の大量流出であり、いわば「人材の空洞化」を通じてわが国企業の活力・競争力が急速に減衰していく懸念が大きい。

こうした事態を回避するためには、業種・企業間のみならず、個人別の実力を十分反映した賃金決定を行うことが不可欠である。なるほど、一部の大手企業の間で年俸制等の能力給導入の動きがみられるが、能力の十分な評価に基づき正当な報酬が支払われているケースはそれほど多くない。本格的な能力給導入に必要なのはグローバルな視点であり、国内他業種・他社との比較ではなく、職種別にみた国際レベルとの比較において、各個人の賃金を見直すことが必要であろう。この意味で、現在行われている業種・企業間の生産性格差に着目した春闘方式の見直しは、わが国が取り組むべき賃金システム改革のほんの入り口に過ぎない。今春闘が、グローバルな視点に基づく能力主義賃金導入に当たって、労使双方が理解を深める場となることを期待したい。
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