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Business & Economic Review 1995年03月号

【論文】
より安全な都市の構築に向けての提言-阪神大震災の教訓から何を学ぶべきか

1995年02月25日 佐久田昌治


要約

1.1995年1月17日未明の兵庫県南部地震は、戦後最大の被害-阪神大震災-をもたらした。都市に生活する者の生命が守られることこそ都市づくりの大前提であり、この災害は、わが国の都市が必ずしもこの前提を満たしていないことを暴露した。


2.最近、世界の大規模地震で観測されている加速度、速度と比較するとこの記録は、決して稀なほど大きいものではなかった。わが国で放出されている地震エネルギーは世界の15%を占めていることを考慮すると、この規模の地震動がわが国でも起こり得ることは十分に予測された。


3.直下型地震に関する「安政江戸地震」、中米ニカラグアの「マナグア地震」、最近のロスアンゼルスの「ノースリッジ地震」などの経験から、直下型地震の被害に関する知見は備わっていた。阪神大震災は科学技術の知見の不足に起因するものではなく、これらの知見を実際の都市構築に取り入れるシステムが、決定的に欠落していたことに起因すると結論される。


4.災害の主要な原因は旧基準に基づいて、または規準の未制定時に建設された、木造住宅、マンション、商業ビル、土木構造物などがそのまま放置されてきたことである。一方、新耐震設計法以後の比較的新しい建築物や、埋立地に立つ高層住宅はほとんど被害を受けてない。これは、耐震性を考慮した設計がある程度、効果を発揮したとみるべきである。


5.わが国では、耐震設計のレベルが構造物の種別によって著しく異なっている。プラント類の設計では、プラントの重要度、危険度に応じて鉛直方向の揺れに対する配慮と、動的な解析が義務付けられている。一方、建築物の設計では、鉛直方向の揺れに対する配慮はされてないものの、大地震動でも骨組みの崩壊は避けるだけの配慮がなされていた。これに対して、土木構造物の設計ではいずれもが設計の考慮の範囲外となっている。この違いが震災の被害の程度に反映されている。


6.渋滞している高速道路の上には、橋脚1本当たり数十台の車が載っており、この1本の柱が崩壊することにより、数十人の犠牲者を生む。新幹線の橋脚は1,000人を超える人の命を預かっている。これらの崩壊によって想定される被害は、現在の都市においては、化学プラントの爆発と同程度、またはそれ以上である。耐震基準もこれらを反映したものに変えていく必要がある


7.構造物の設計において原則となっている「経済性の考慮」は実際にどの程度の経済的貢献をしてきたかを厳密に評価する必要がある。実際にはこの配慮はたかだか数%のコストダウンにしか貢献してこなかった。構造物の社会的意味を考えるならば、極めて小さな貢献しかしていないといわざるを得ない。


8.「安全性」と「経済性」のジレンマを解決する、おそらく唯一の解決策は、安全性とともに耐用年数を飛躍的に上げることである。耐震性の増加によって得られる耐久性の増加を積極的に活用することができるならば、上記のコストは決して後ろ向きのコストとはならない。この耐久性改善効果が、わずか数%のコストアップで実現されるのなら、極めて効率性の高い投資となる得る。


9.これらの論議を基として、(1)構造物の設計の在り方、(2)行政の在り方、(3)社会的コンセンサスの在り方に関する提言を行った。
(1)構造物の設計の在り方に関する提言
a.構造物の設計の前提となる考え方の見直し
時代の変換とともに構造物の設計の前提が変化している。従来は、一つの土木構造物や建築物の破壊が数百人の生命を奪うような事態は想定されていなかった。設計基準の見直しに際しては、構造物の社会的意味合いを含めて、設計の前提を洗い直さなければならない。
b.構造物の耐用年数の考え方の見直し
現在の設計の流れでは、まず構造物の耐用年数が想定され、この対応年数に従って起こり得る地震動が想定される。この際に、構造物の寿命が通常は50年程度と想定されるが、これでは結果として、安全性の高い構造物は生まれない。むしろ、安全性を前提として構造が決定され、これに基づいて耐用年数が想定されるか、あるいは耐用年数を設定するとしたら200年程度を想定すべきである。
c.設計における経済性の考え方の転換
構造物の設計においては「経済性の考慮」が原則となってきたが、この貢献はたかだか建設費の数%のダウンにすぎない。新たに耐震性を考慮した設計を行っても建設費のアップは同程度に過ぎない。まして安全性の確保は2~3倍のコストを要するものでは決してない。終戦直後であればともかく、現在の経済状況のなかではこの程度の経済性を引き換えに安全性を損なうことは合理的とはいえない。「経済性」の考え方を根本的に転換すべき時に来ている。

(2)行政の在り方に関する提言
a.既存の構造物の安全性の再検討
古い木造住宅、古い規準で建設されて現在に至っている鉄筋コンクリート構造物など、現在の知見に基づくなら安全性の不足が懸念される構造物が少なくない。これらに対する耐震性能の再検討を行政の主導で早急に実施する必要がある。
b.構造物の安全性にかかわる基本的情報の公開
構造物の安全性そのものに関する情報の公開をより徹底すべきである。この情報とは、設計の前提、個々の構造物の耐震性、安全性などに関する情報である。わが国の市民の防災意識が低いといわれる背景には情報の公開の程度が低すぎることが大きな原因となっている。
c.行政の継続性に対する認識の打破
これまでの耐震基準は地震災害のつど改定されてきたが、この改定を通じて貫かれた原則は「行政の継続性」、すなわち「新しい成果を盛り込みつつ過去の基準との整合性を極力保とうとする」ものであった。今後も各種の構造物の耐震基準の改定が行われるであろうが、この改定は過去の基準にとらわれることなく進められなければならない。

(3)社会的コンセンサスのあり方に関する提言
a.「構造物の耐震性」自体をオープンな競争の場へ
建築基準法を始めとした法および規準は本来「最低限の要件」を定めたものであったはずであるが、いつの間にか「目標」に変質した。実際の競争では、この目標を達せする範囲で、いかに低コストを達成するかに重点が移ってしまった。現実にマンションを購入する場合に、価格と広さと快適性は競争の対象になっても、耐震性などは競争の対象にはなっていない。この災害を機に耐震性(より広くは安全性)自体を商品の価値として競争するような条件を作ることを提言する。建物の設計条件をオープンにして消費者に選択してもらうことになれば、構造物の耐震性の水準は確実に上がることが期待できるし、耐震性に関する技術も飛躍的に進歩することになる。
b.安全性に関するタブーの打破
近い将来の都市リスクのうちで、直下型地震は最も大きなものの一つであるにもかかわらず、この影響に関する研究じれは極めて少ない。この傾向は、研究者の認識の低さというより、むしろこの課題を取り上げることに対するタブーの存在を意味している。このようなタブーは一刻も早く打破されなければならない。

(1995.2.15)
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