Business & Economic Review 1995年03月号
【論文】
家計の金融資産選択行動の変化と企業金融に与える影響
再論:わが国にはリスクをテイクする投資家はいないのか
1995年02月25日 新美一正
要約
バブル崩壊が企業金融に与えた深刻な影響、とりわけリスク・マネー供給ルートの閉塞という現状に対して、数多くの分析・提言が行われている。しかし、それらの多くは、成長企業に対する円滑なリスク・マネー供給の面にのみ集中するあまり、資金の出し手である家計(個人)サイドの分析は後手に回ってきた感がある。本稿では、近年の家計の金融資産選択行動の分析を通じた、わが国企業金融構造の問題点へのアプローチを試みた。
わが国家計の金融資産選択行動の特徴は、(1)絶対的な金利水準に敏感であること、(2)新登場商品・商品性の見直しには慎重であること、(3)リスク商品への投資にはきわめて慎重であること、の3点に集約される。こうした家計の極端なリスク回避志向が、企業金融ルート閉塞の背景にあることは注目されるべきである。
わが国家計は、住宅取得費用及び教育費支出の増大によって支出構造が硬直化している。この結果、実質的な黒字率は低下傾向にあり、貯蓄における裁量権・流動性水準の低下という問題を引き起こしている。したがって、極端なまでの家計のリスク回避志向は、こうした状況への対応として経済的には合理的な行動である。
家計が住宅取得・教育費支出に注力するのは、遺産を利用して老後の介護を子供にみてもらいたいという「利己的遺産動機」に立った場合、それらが事後的な自らの効用を増すという意味で経済的に合理的だったためと考えられる。例えば、持ち家の取得は子供の同居確率を高めるという実証分析結果が得られている。住宅ローン返済や教育費支出は、一旦、支出が開始されると容易には停止できないことを考え合わせると、わが国家計の支出構造の硬直化は当分維持される可能性が高い。すなわち、家計の金融資産は今後も容易にはリスク資産投資には向かわない。
以上の状況を踏まえて、家計の潤沢な金融資産をリスク資産投資に向かわせ、円滑な企業金融システムを実現するための方策として、以下の3点を提言したい。(1)個人向けファイナンシャル・プランニング業務の充実、(2)リスク・マネー供給役としての銀行の再評価、(3)直接金融サイドにおけるリスク・マネー供給体制の整備。