Business & Economic Review 1995年03月号
【OPINION】
『創造的空洞化』実現のために
1995年02月25日
わが国は1993年秋を底に2年半に及んだ深刻な不況を脱し、景気回復の歩調は緩やかながらも次第に確かさを増している。しかし、わが国の経済・社会システムの変革は喫緊の課題であり、1月20日召集された第132回通常国会では、阪神大震災で被災した地域の復興計画策定とともに、21世紀に向けたわが国経済・社会の道筋を具体化することが与野党に期待されている。というのは、わが国の前途には、次の3つの経路を通じた空洞化というリスク・シナリオの蓋然性が高まっているためである。
第1は、「産業の空洞化」である。未送Lの円高により、わが国の賃金水準は欧米を3~4割上回る水準に達するなど、国内立地に関わる経営コストは大幅に上昇している。こうした状況と東アジア諸国の急速な工業化が相俟って、わが国産業は内外の市場で厳しい競争にさらされており、今後、低生産性・低付加価値分野を中心に産業の空洞化が進展する公算が大きい。
第2に、「金融の空洞化」である。ただし、その核心は、不透明で競争制限的な金融システムのもとで、金融・資本取引が海外に流出していることだけでなく、産業の国「変革に不可欠な成長ファイナンスを担うべきリスクマネーの供給が先細りとなっていることであり、金融面から新たな産業台頭の芽を摘む懸念が高まっていることである。
第3は、「高齢化に伴う経済活力の空洞化」である。人口高齢化の根因である若年人口の減少は深刻であり、厚生省の推計によると、96年以降、コア労働力を形成する生産年齢人口(15~64歳)が減少に転じる見込みである。こうした高齢化に伴う人口面からの成長制約は、労働力不足という供給サイドからだけでなく、マクロ的な購買力の減少という形で需要サイドからも加わってくる。また、現行の社会福祉システムを維持した場合、高齢化に伴う社会保障負担の膨張が、国民負担率の上昇を通じて、経済活力を大きく損なう懸念が大きい。
仮に、現下の景気回復を奇貨として、こうした各種の空洞化リスクに理念なき場当たり的姿勢で臨んだ場合、わが国が斜陽化の途を歩むトリガーとなりかねない。このため、21世紀のわが国を支える座標軸を明確に打ち出し、それに沿って経済・社会システム全体の変革を進めていくことが不可欠である。具体的には、民間に対しては、政府規制への依存、企業間のもたれ合いと決別し、自らの責任において行動する経営・生活規範への変革が求められる。一方、政府は、こうした経済・社会システムのもとで、その役割を生存権の確保、公正な競争の実現等を保障する機狽ノ徹した「効率的で小さな政府」を目指すべきである。また、それによってこそ、治安、福祉、防災等、本来政府の役割が期待されている分野に対して、十分な資源投下が可能になる。
さらに、こうした座標軸に立脚して、前述の空洞化リスクには次のように対処すべきである。
まず、産業・金融の空洞化に関しては、規制、法制、税制等の国際的調和を図り、内外に開かれた経済・社会システムを構築することである。これによって、国内的には、新たな事業機会が創出され、それが空洞化によって生じた余剰資源を吸収する原動力となろう。また、対外的には、フルセット型の産業国「をハーフセット型へと転換することが可能になり、国際的な水平分業の深化を通じた拡大均衡が実現されよう。
一方、高齢化に対しては、経済・社会システムを自己責任型に転換することで対処すべきである。高齢者はすべからく社会的弱者であるという図式を想定したバラマキ的福祉行政はもはや許されない。経済の成熟化・ストック化が進展するもとで、高齢化への対応は各人の自助努力を基本に据え、高齢者と社会的弱者を峻別し、そのうえで、真に支援すべき人に対しては従来以上の公的扶助を尽くすという姿勢が求められる。また、公的部門が担う分野自体を極力限定し、その他は大胆に民間に「市場開放」することも必要である。これまで、年金、医療、介護を核としたシルバー市場は、主として公的セクターが担ってきた分野であるだけに効率化の余地は大きく、また、高齢化の潮流のなかで高い成長性が見込まれる市場である。規制緩和、行財政改革を通じてこうした市場が民間主導で開拓される環境を整備すれば、ニュービジネス台頭を促す格好のトリガーとなろう。
空洞化、それ自体はわが国にとって不可避の流れである。しかし、それを新たな産業を創出する起爆剤とする、いわば「創造的な空洞化」を実現することは可狽ナあろう。当総研は、今後、その具体的方策を提示していく所存である