Business & Economic Review 1995年03月号
【OPINION】
防災型社会システム構築へ向けた緊急提言-阪神大震災を教訓にして
1995年02月25日
阪神大震災は、私達の暮らす都市の物理的限界を明らかにしたと同時に、それを支える社会システムそのものの脆弱性を浮き彫りにした。このような大災害は、全国どこでも起き得ることを認識した今、日本における大規模災害、とりわけ都市型災害に備えた防災型社会の構築を、この大震災を教訓としてすぐにも開始しなければならない。
今回の大震災が提示した現状の社会的課題は、大きく二つの側面からとらえられる。一つは危機管理システムであり、いま一つは、災害発生時にそのシステムを支える経済・社会基盤の設計である。
(1)危機管理システムの課題
[1]行政の危機管理システムの機能不全
緊急時対応は、情報収集、分析、決定の3段階でなされるが、それらのいずれの機能にも不備が明らかになった。
情報収集段階では、とりわけ被害の正確な把握が何にもまして重要であるが、情報の一元化体制、収集体制、通信体制など、どれも機能を果たせず国民の不安増大と対応の致命的遅れを生み出し、被害を増大させた。
対応策立案のための分析には、現状被害の正確な把握とともに、事前の地震シナリオの準備が不可欠であるが、現状のような想定地震規模のみに基づく防災計画は、それ以上の災害の前には無力であることが明らかになった。
非常時における意思決定機構の曖昧さが明らかになり、持てる有効な防災手段も発揮できないところとなった。危機管理とは通常体制での運営管理が及ばないという意味で「管理の危機」であり、これを乗り越える仕組みを設置することの必要性は明らかである。
[2]民間企業の危機管理システムの不備
地震を基本的に想定していない地域における地震の発生が、準備のなかった企業活動の回復を遅らせている。また、あったにしても、想定地震の範囲内での対応であり、最悪状況を念頭に置いていなかったため、これまでの危機プランが役に立たなかったというのが実態である。企業はその存続に関わるあらゆる危機に対処しなければならない。企業経営への危機的影響を最小限にするという視点が欠如していたために、このような不備な危機管理システムができあがってきたと考えられる。
同時に、今回の大震災では企業活動の広域化、ネットワーク化の故に、健全であるはずの他地域の企業活動に対しても深刻な被害がもたらされた。いわゆる間接被害の発生である。このことは、企業危機管理の対象を、工場・事業所単位としてではなく、会社あるいは関連企業を含む企業活動全般としてこなかったことによる。また、社会的混乱、物流網分断など外部環境の急激な変化を想定しない楽観的な危機管理思想の欠陥も明らかになった。
(2)経済・社会基盤の設計
[1]防災都市構築のための設計理念の欠如
今回の大震災は、都市活動を支える社会基盤整備のあり方そのものに疑念を生じさせた。いわゆるライフラインの地震への脆弱さとともに、復旧へのシナリオの欠如である。また、避難所や防火施設などの防災拠点は基本的要件、機能に欠けたものであることが明らかになった。経済性追求のなかで、安全で住みよい都市設計の基本理念そのものが置き忘れられてきている。
[2]復興事業へ向けた基本理念の欠如
社会あるいは産業活動の復興事業が開始されるにあたり、上述の防災社会構築のための理念が検討されぬまま、旧来型の公共事業、都市作りが進められようとしている。財源確保のための議論が先行し、社会的合意としての復興の方向性の検討抜きでこれらのことがなされれば、震災からの学習が十分活かされない社会が再びできあがる可能性は高い。
このように、阪神大震災を通じて日本の社会システムそのものに様々な課題のあることが明らかになった。これを乗り越え、大災害に対してより安全かつ強靭な都市作りを目指して、さらには都市の機能や活動の迅速な回復を可能とする社会システムを構築するために、日本総研は次のような緊急提言を行う。
-緊急提言-
<基本理念―災害に強い社会システムの新たな構築>
行政側の危機管理システムが整備されたとしても、激甚災害時には、行政のみに依存した対応では限界のあることが明らかになった。行政の準備できる資源には限界があり、我々は持てる社会の資源全てを使って被害の最小化と災害緊急時の住民の安全、生活の確保を図らなければならない。
今後の危機管理システムは、自己責任を前提とした危機管理体制のもとに、組織や個人の持つ資源を積極的に活用できるものでなければならない。また、行政の機能を補完するものとしてボランティアや市民の役割もこのシステムの中で十分に位置づけ、きめの細かい迅速な対応が可能な、行政、企業、個人(ボランティアを含む)による三位一体型の危機対応を目指すべきである。
これらの理念は、アメリカにおけるFEMA(連邦危機管理庁)の思想にも通じるものであり、基本理念形成に当たっては大いに参考とすべきである。
<内容>
(1)危機管理システムの再構築
[1]新しい防災社会システムの構築
災害時における行政、企業、ボランティア、市民それぞれの役割を明確にし、それらの有機的な結び付きのうえに立った新しい防災社会システムを構築する。
a)行政は、災害時の人命救助、ライフライン・都市施設機能・情報機能確保のための第一義的責任を負う。このために、行政は、縦割り行政の弊害を排し、行政の持つ最大の能力が機動的に発揮できる横断的体制を新たに作る。また、地域を越えた広域的協力体制を構築する。
b)企業は持てる資源のうち、災害時あるいは復興時に活用できるものを平時より積極的に開示し、非常時にはそれらを提供することを前提として自らの危機管理プランを策定する。これらは物資の備蓄援助に留まらず、活動面における支援も含むものとする。
企業の持つポテンシャリティーを最大限に発揮するためには、企業市民としての考えを盛り込んだ企業理念の再構築や、災害発生時の企業間協力などが必要となる。このような活動を推進するため経済団体の機能強化を図るとともに、経済団体間での横断的な協議を行い、参加企業への支援を組織的に行うこととする。
c)地域に根ざした活動をしているボランティア(組織および個人)を防災計画の中に積極的に位置づけ、組織的で効率的な活動ができるよう平時より行政、企業が支援を行っていくこととする。
以上のような新しい防災社会システムの方向性を見極めると同時に、そのマネジメントを担う有効な組織のあり方を検討する際には、アメリカの FEMAを参考に議論することが望ましい。そして、従来型の省庁設立とは全く異なる目的重視型の組織設立を国民合意のもとに行うこと目指すべきである。
新防災社会システムを有効に機能させるためには、行政、企業、ボランティア、市民の参加よりなる常設機関を設け、地域防災計画の基本理念の構築と防災計画大綱の設定、実行性の評価、訓練の実施などを行うことが必要。
[2]企業のリスク管理体制の抜本的見直し
大災害においても企業活動の維持または早期の機能回復は、都市機能回 復、あるいは被災者支援に重要な役割を果たす。一方、企業は災害による被害を最小化し、自ら存続を図っていかなければならない。したがって、企業はいかなる時でもその危機を乗り越える自己プログラムと、その実行体制を用意することが求められる。このような観点から企業は、次のような抜本的なリスク管理体制の見直しを図るべきである。
a)従来のようなある想定規模の災害に対する応急対策ではなく、企業活動をいかなる危機の時にも速やかに維持・回復しうるよう、企業活動上不可欠な機能が一部なりとも失われることを前提とした企業リスク解析とリスク管理の導入を図り、経営的視点からの危機管理体制の構築と運用を行う。
b)災害時には、自社のみならず販売先、調達先など事業に関係する全ての会社、個人などについての被害把握ができる体制を整える。また、それらの機能喪失に伴う企業活動への影響の最小化を図る事前計画と被災時の行動計画を共同で策定する。
c)同時に、企業も企業市民としての役割を認識し、災害時における企業資産の活用や提供を通じた積極的な地域貢献と、個々の従業員の地域貢献を、企業理念あるいは企業行動規準の中で明確に位置づける。
(2)防災社会の基本的理念の明確化と経済・社会改革の実践
復興事業の速やかな実行が財源論議などによって遅滞することがないようにすべきである。しかしながら、復興事業を単なる経済へのてこ入れ策として、これまでと同様の発想で公共事業を展開することは許されない。復興事業は、新しい防災社会構築に向けた明確な理念のもとになされるべきであり、同時に、この事業を通じて防災社会にふさわしい経済・社会改革の実践を図っていくべきである。
a)今回の大震災は縦割り行政の弊害、地方分権の未成熟など現在の日本が抱える様々な課題を浮き彫りにした。これは、今後の復興と行財政改革を通じた新しい社会の構築が密接不可分であることを意味している。復興を通じて規制緩和、行政改革、対外開放、地方分権など経済社会改革を積極的に実践していくことが必要であり、災害を口実にして行財政改革を先送りすることは本末転倒である。
b)ライフラインの壊滅的損壊に直面した今回の震災を教訓として、構造物としてのライフラインの安全性の向上が喫緊の課題である。単に既存施設の修復・強化を行うにとどまらず、防災的見地からの社会基盤のあり方が検討されなければならない。安全性の向上とそのための社会的コスト負担はトレードオフの関係にあることは明らかであり、それぞれの情報公開を徹底的に行い、社会的合意に基づいてその安全性向上レベルを決定し、社会インフラの再構築を図っていくことが求められる。
防災社会構築に向けての基本理念の確立、横断的体制の整備、また緊急時の対応などは、事業別・機能別に運営される平常時の組織で行えるものではない。一定期間、権限を委譲されたプロジェクトチーム型の組織が、官民の区別のない視点から、学際的・業際的に取り組むべき課題である。こうした見地から私どもは、今後もその組織的機能を活かして、防災社会のあり方について様々なかたちで提言を行っていきたいと考える。